障がい者、障がい児への徹底した寛容や理解は必要?不必要?


近年やたらと強要される精神や知的障碍者への公共の場や社会内での理解や寛容。障碍児の親が描く漫画やエッセイ。障害者が書いた自己啓発本などが溢れ、社会的に弱者へはサポートや理解を、不快に感じるなんて非人道的、迷惑をかけられたと感じるなんて理解が足りない!寛容しろと騒ぎ立てる外野たち。
24時間テレビなどが障害者を見世物にして金稼ぎと叩かれる反面、日常エッセイなどで身内の生活を切り売りして金稼ぎをして気に食わなければ人権や誹謗中傷をネタに裁判して犯人を晒しあげ正義面で金を毟る。
自分達が寛容できる、庇護して気持ちよくなれる程度の障害に関しては周りには許容を強制し、電車広告でも理解しろ、我慢しろと告知し、実際に加害を受けても責任能力なし、障碍者を裁くなんて非人道的と被害者が叩かれる世の中。
反面、健常者に見えるだけの人たちの暴行や暴言や性的暴行には徹底的に袋叩きにしているが、あれも一種の障碍であるにも関わらず、障碍の診断を受けてないか受けているかだけが免罪符にり理解も寛容もしようとはしない。
奇怪な行動や突然の奇声や大声、暴れたり騒いだりするのを障がいの可能性と寛容や理解を矯正され、突然自分の身に被害が降り注ぐ恐怖に耐え、被害を受けても寛容に慣れと叩かれる可能性で泣き寝入りを矯正される。
本当にこんな理不尽なレベルの理解や寛容って必要だと思います?
>>2
日本がこれだけ不景気で健常者ですら生きるのがどんどん困難になってるのに、障碍児や障碍者のために税金からサポートをして、さらに一般市民にまで理解や寛容を強いて、生活気力や安全を奪うとか…この手の障碍者擁護正義マンや障碍者アピールみたいな人たちって社会に本当に悪影響だと思うんですけど。
近年本当にこういう宗教染みた障碍者擁護増えましたよね。
ナチスが共産主義者を連れさったとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。
彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかったから。
彼らが精神障害者を連れさったとき、私は声をあげなかった。その時私は障害者ではなかったから。
彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった。
ドイツのルター派牧師であり反ナチ運動組織告白教会の指導者マルティン・ニーメラーの言葉に由来する詩より抜粋
>>9
共産主義者が叩かれたとき、私は共に叩いた。彼らは私が認める社会的弱者ではなかったから。
社会民主主義者が叩かれたとき、私は共に叩いた。彼らは私が認める社会的弱者ではなかったから。
労働組合員らが追い詰められたとき、私は声をあげなかった。彼らは健常者で自分達で身を守るべきだから。
野放しの障害者が他人に迷惑をかけたと叩かれた時、私達は全力で被害者を吊し上げた。障害者は守るべき社会的弱者であり純粋な存在であり健常者は彼らや彼らの身内や私たち支援者が快適に生活をおくれるように、恵まれたその環境を有事の時くらいは融通し、障害者達が起こした被害くらいは我慢すべきだから。
私の意見が非難された時、私のために擁護をする健常者は誰一人残っていなかった。彼らは差別的で、理解もない無知で、寛容もできない心の狭い非人道者だからである。
今の世の中はむしろこれですね。
>>11
私や私の家族が精神障害者に暴行、性的虐待、迷惑をかけれたとき、私のために声をあげる人はいなかった。
でもいいかもですね。
助けるかどうかはその人の裁量で決めることです。一人の障害者の自由のために複数の健常者にボランティア精神で時間を拘束することは正しいですか?
「もちろん私はフワちゃんを診察したわけではありません。しかし、報道によると、遅刻、忘れ物、そして遺失が相当頻繁に起きているようです。また、出演したバラエティ番組を拝見しても、若手のお笑い芸人として求められている役割なのかもしれませんが、他の芸人さんのトークに対して被せるようにして喋っています。率直に申し上げて、落ちつきがない印象を受けます」(同・岩波氏)
「大人の発達障害」という表現が散見されるが、成人してADHDやADSを発症することはない。ADHDの場合、アメリカ精神医学会のDSM-5は「症状のいくつかが12歳以前より認められる」という基準を明記している。
フワちゃんはインタビュー記事などで自身の幼少期を振り返っているが、その中にはADHDの可能性を窺わせるエピソードがある。
「もちろん私はフワちゃんを診察したわけではありません。しかし、報道によると、遅刻、忘れ物、そして遺失が相当頻繁に起きているようです。また、出演したバラエティ番組を拝見しても、若手のお笑い芸人として求められている役割なのかもしれませんが、他の芸人さんのトークに対して被せるようにして喋っています。率直に申し上げて、落ちつきがない印象を受けます」(同・岩波氏)
「大人の発達障害」という表現が散見されるが、成人してADHDやADSを発症することはない。ADHDの場合、アメリカ精神医学会のDSM-5は「症状のいくつかが12歳以前より認められる」という基準を明記している。
フワちゃんはインタビュー記事などで自身の幼少期を振り返っているが、その中にはADHDの可能性を窺わせるエピソードがある。
https://news.yahoo.co.jp/articles/229a4561aba931e87d15fd92cbb09e5b78fd24b4?page=3