JAL123便に何が起きたのか
1985年8月12日午後6時56分に日本航空JAL123便が墜落しました、しかしなぜ墜落したのか?解説します
離陸12分後に爆発
524人を乗せた日本航空123便は離陸12分後垂直尾翼が爆発、爆発してすぐにパイロットはスコール77という緊急事態を示す信号を管制部に送りました。垂直尾翼はなぜ爆発したのか?それは機内の気圧を保つための圧力隔壁が突然破損してしまい客室の空気が尾翼に流れたことが原因です
パイロット達の努力
パイロット達は羽田に帰ろうとして機体を操作しようとしましたが翼をコントロールするための伝達システム(油圧)を垂直尾翼の爆発で全て失っていて機体はコントロール不可能に近い状況でした。操縦不能になり激しい横揺れなどが起きていましたがパイロット達は諦めずにエンジン、車輪、フラップ(揚力装置)だけで操縦しようとしていました。
機関士が空気抵抗を増やすため車輪を下ろすことを提案、そのおかげで高度が下がり始めましたが機体は必要以上に急降下を始めてしまい、大きく右に傾き急旋回し一回転していました。すぐ近くに横田飛行場があったので緊急着陸の受け入れ準備が整えられましたが機体は激しい横揺れだけではなく激しい上下運動が始まっていて左に旋回し山間に入って行きました。コクピットはなすすべを失ってきました。パイロット達は乗客を羽田空港に帰そうとするため諦めませんでした。
その後
パイロット達はどこにいるかさえわからない状況でも諦めずに操作しようとしていました、しかし機体は急降下
音声には
機長 パワー!パワー!!フラップ!!
副機長 あげてます!!
機長 ストールするぞ!!(制御不能になること)
機長 頭上げろ!!頭上げろ!!(機首上げろ!!)
機長 パワー!,,,
警報 pullup!!pullup!!(墜落を防ぐための地面などに近づいた時の警報)
機長 もうダメだ❗️
爆発音
という音声が残っていました
1985年8月12日午後6時56分JAL123便墜落
墜落の原因
死者520名、生存者はわずか4人墜落の原因は1978年の伊丹空港での尻もち事故の際の圧力隔壁修理ミスと判明しました。自分達に出来ることはこの事故を忘れずこの墜落事故を風化させないことです。

