こんなにとーと民についての長文書けるお前もすげぇよ
外野から
#とーと民ってすごいよね、うん
自分には何もできないよ。
騙されやすいとも言い換えられるが、(自己だけではない)肯定感が高すぎるせいで人がしていることすべてうまくいくように感じてしまう。
人のパワーって思ったよりすごいように感じる。
某改革なくして成長なし総理のキャラを支持する層、いわば社会について熟考のない流され層は少ないよね。自調自考・探求で素晴らしく感じてしまう。
自分で何かものを創る。すごいな
しかしこれは大人が子供の工作(子供レベルの工作という意味ではない。夢重視であることの例え)を見るときの感覚かもしれないね。夢の中に具体性や現実性があるからすごいのかも
とーと民は探求がすごいけど探究ではない。
この思いは大人が子供の夢にあふれた作品を見るのと同じ感覚の延長線にあって、その作品がやけにすごいから動揺しているのだ。
はっきり言って自分の精神年齢は大多数の熱がある陽キャみたいなとーと民より上だと思っている。しかしそれは成熟と未熟の2項ではなくて、瑞々しさと衰弱の違いである。私はよく物事を切り捨てる。何かSNSを創りたいとなっても、自分にする時間はない、どうせ誰かする、htmlを知らないというように、「自分に合わない」として切り捨て、逃げることを自分で行っているのだ。これ単体は全くわるいものではない。むしろ効率的な生存戦略ではある。しかしながら好奇心を身につけるべき16歳の少年にとっては少なくとも要らない要素であろう。

