ELGAMA #30 アリゴ編 #9
「エリ…」
レイスがそう呼びかけることのできる時間はなかった。
ブレデウルは今度はレイスに矛先を変えた。
レイスはブレデウルの攻撃を咄嗟に剣で防いだ。
剣は甲高い音と共に小刻みに震えた。
レイスの手は痺れ、剣を握る力が弱まった。
ブレデウルは次々に攻撃を繰り出す。
そしてレイスは次々に攻撃を防ぐ。
だが、次第に攻撃を防ぐことができなくなってきた。
無理もない、レイスよりブレデウルの方が体力は断然上だ。
しかも、レイスよりも剣捌きが上手いエリントが負けたのに、勝てるはずがない。
剣を握る力が弱まってしまったせいもあり、相手が有利な状況に陥った。
ブレデウルの攻撃で、ついに剣がレイスの手を離れた。
剣はカランカラン、と虚しく音を立て、転がった。
ブレデウルが再び剣を持ち上げる。
レイスは目をギュッと瞑った。
ザクッと音がなり、胸から腹にかけて、激痛が走る。
幸いにブレデウルの剣は、昔からずっと使っているせいか、切れ味が悪かった。
そのため、体が真っ二つに切れる、なんて悲劇は起こらなかった。
三人中二人がダウン、という最悪な状況で、しかもミア一人で、どうやって勝てというのだろうか。
目を開ける体力も残っていないため、レイスはじっと辺りの様子を聞くことにした。
すると、ブレデウルの声が聞こえた。
「汝らの実力、計り知れた。汝ら三人のうち、二人は我が倒した。もう戦う必要はない。」
沈黙が訪れた。
ミアの息遣いがここまで聞こえてくる。
「去れ。」
ブレデウルが言い放った。
力を振り絞り、目を開けると、もうブレデウルの姿はなかった。
タタタタ、という足音が聞こえた。
「エリント、大丈夫?エリント?」
エリントの応答は聞こえなかった。
「レイスも大丈夫?」
「うん、なんとか。」
「よかった、エリント、ちょっと待ってね。」
突然、レイスの閉じた目蓋の隙間から光が入り込んできた。
と思うと、すぐに消えてしまった。
「エリント、具合はどう?」
すると、驚きの答えが返ってきた。
「ああ、ありがとう。なんとか大丈夫だ。」
それは、エリントの声だった。
レイスが混乱していると、また足音が聞こえ、大きくなっていった。
ミアが近くにきたようだ。
「レイス、歩けそう?」
「いや、歩くどころか動けない。」
「分かった。今治してあげるから…」
________『治す』?
レイスの中で疑問が起こる。
エベウプでも持っているのだろうか。
すると、頭を誰かに持ち上げられた。
そして、なにか柔らかいものの上に置かれた。
ミアが何かを呟いた。
すると、また強い光が発生した。
先程より眩しく、まるで神殿から外に出たようだった。
そしてまた、すぐに消えた。
「もう大丈夫?」
頭をそっと持たれ、また硬い地面に置かれると、ミアが言った。
レイスは立とうとしてみた。
すると、あっさり立てた。
目も開けてみた。
あっさり開いた。
「すごい!治ったよ!」
だが胸元を見下ろしてみると、まだ切られた後が残っていた。
「でも、ここの傷はこのままなんだね。」
「ああ、そこは、私が力不足で治せなくて…ごめんね。」
力不足、ということはエベウプを使ったのではなさそうだ。
「どうやって治したの?」
すると、ミアは苦笑いして言った。
「えっと、昔なんだけど、ちょっとだけ回復魔法を教えてもらって、完全回復まではできないけど、少しだけなら回復できるようになって…」
「えっ?そうなんだ。いいな。」
ミアと話していると、後ろから足音が聞こえた。
「お二人さん、オレを忘れないでくれよ。」
エリントだ。
「良かったなレイス、ミアに膝枕されて。」
エリントがニヤニヤしながら言った。
「え?膝枕?」
レイスは咄嗟にミアの方を見た。
女の子に膝枕をしてもらうというのはさすがに照れる。
「あ、あれは、ただ…近付けないと、近づけたかっただけで、あ、そ、その…」
ミアがしどろもどろに言う。
「知ってる、さ、早く出ようぜ。陽の光を浴びたいだろ?」
エリントの言う通り、出た方がよさそうだ。
またブレデウルが出てきてしまっては大変なためだ。
レイスたちは神殿の扉(いつの間にか開いていた)を開き、外に出た。
辺りが真っ白になり、何も見えなくなったかと思うと、陽が差し込む森の風景が再び現れた。
「う〜〜〜ん、は〜、やっと外だ。」
エリントが大きく伸びをして言った。
「さて、ここからどうすりゃいいと思う?」
エリントが後ろを振り返り、言った。
「どうするって、まず傷を治さないといけないんじゃない?傷があったら戦おうにも戦えないし。」
「それはそうだが、この辺にエベウプが生えてでもしないと、無理だろ?」
それはそうだな、とレイスは同感した。
「なら、フェルグの家で手当てしてもらえば…」
「へぇ、あの無様な負けっぷりをフェルグに報告できるんですかねえ。しかもフェルグにも迷惑だろ。」
レイスはさらに考え込んだ。
「でも、一番いいのはエベウプを探すことだとオレは思うな。フェルグだけは勘弁してくれ。」
「ならどこを探せばいいの?」
「それは分からん。」
エリントがあまりにもきっぱり言うので、レイスたちは驚愕した。
「じゃ、どうすれば…」
「まあ、一か八かその辺を探せばいいだろ。」
そして、途方もないエベウプ探しが始まった。
痛む体を引きずり、エベウプを探すも、見つからなかった。
するとレイスは、あるものを思い出した。
ポケットから、ある本を取り出す。
いつかに手に入れた、エルガマ辞典だ。
無意味に登録されただけではなく、何か機能があるはずだ。
レイスは辞典を開いた。
登録されているのは、エベウプとエベラントの二つのみだ。
探るように辞典を弄っていると、急に辞典から光が溢れた。
「な、なんだ?何してる。」
光に目を細め、
エリントが言った。
光は空中に飛び出し、辺りに散った。
よく見ると、辺りの植物に向かって飛んでいる。
レイスはすぐ側にあった光った花を見た。
それは、エベウプだった。
「エリント!これ、エベウプだよ!」
「おいおい……そんな訳が…マジかよ、嘘だろ?」
エリントも側にあった光る花を摘んだ。
それも、エベウプだった。
「お前な、そういう便利なモン持ってんならもっと早く言ってくれよな。」
収穫したエベウプを使い、レイスたちは治療を完了させた。
「おお!体が軽い軽い!」
エリントが嬉しそうに言った。
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