現代版どろろと原作版どろろはどっちが好き?

現代版どろろ
現代版どろろ

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原作版どろろ
原作版どろろ

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タグ: 現代版どろろ 原作版どろろ 好き

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アニメとゲーム2019/05/26 09:16:26 [通報] [非表示] フォローする
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1: 2019/06/07 14:38:17 通報 非表示

「原作漫画に1票です」
1週間近く前に「原作版どろろ」に1票投じたのですが、このスレッドの画像のことで引っ掛かりがあります。というのも画像が原作の手塚先生の絵ではなく「旧作アニメのもの」だから。私は“原作の『どろろ』に1票入れたつもりだった”のですが、このスレッドは実は“旧作アニメ版と新作アニメ版、どちらの方が好き?”ということなのでしょうか?

そこら辺の定義がハッキリしていないと、投票しづらいと思うので、ハッキリしていただきたいです。現に、いまだに4票しか集まっていないですもんね。

旧作アニメは百鬼丸役の野沢那智さんの声も演技も好きだけど、百鬼丸が原作と違って見た目がマッチョ過ぎで、年齢も上がっている点がちょっと…。それと性格が暗い。
旧作はシリアスな大人の鑑賞にも堪えるアニメを目指していたのではと思わせる作りなのですが、その分、全体的に重々しく、ナレーションや男性コーラスも“はい、ここで感動して!!”と言わんばかりに畳み掛けて来るので、ちょっと引いてしまう。
面白い話は確かにあったけれど、重くし過ぎた点がマイナス。

それと、旧作アニメの妖刀のときの、どろろの残虐行為(無数の野犬を斬り捨てる行為)がやり過ぎだと思う。幾ら妖刀に操られて嫌々やったことだとはいえ、見ようによっては、人じゃなければ幾らでも斬っても良いみたいに見えるので。あの場面は絶対、どろろにとってのトラウマになったと思うし、視聴者にとってもトラウマになると思う。
刀を持つことの恐ろしさを伝える為の表現だった訳だけれど、この旧作アニメオリジナルシーンは、やり過ぎで胸が悪くなった。原作も暗かったのだが、この辺りのさじ加減のバランスは、原作漫画が圧倒的に勝っていると思う。


13: 13コメさん 2022/03/03 16:20:51 通報 非表示

>>1
どっちもいいよ


16: 16コメさん 2022/03/18 23:37:49 通報 非表示

>>13
どっちもって、具体的には何のこと?
どろろのことを言ってるのはハッキリしているけど、
貴方が言いたかったのは旧作アニメと原作のこと?
それとも、旧作アニメと現代版アニメのことかな?
それか、原作と旧作アニメと現代版の全部を言っているの?

主語を抜かすと話の焦点がぼやけてしまうし、誤解を招くこともあるので、コメントする以上は、ちゃんと書いた方が良いよ。

>>14
では「なげぇ」とかヤジ飛ばしたり、15コメでもヤジ飛ばしているけどあなたの文章力や理解力も決して高いとは言えないよね。


2: 2019/06/07 14:39:27 通報 非表示

1の続き。
で、新作アニメの百鬼丸はというと、ほとんど喋らない。
声を取り戻してからもなかなか喋らない。ともかく喋らない期間が長過ぎた。
ばんもんの巻から、やっと まともに話し出すのだけれど、声を取り戻した直後にまったりしたアニメオリジナル回7話、8話を入れた所為で、余計に話が間延びしてしまったのもマイナスだったと思う。

それと、やっと百鬼丸がまとも話せるようになったのに、百鬼丸の話をまともに聞こうとする人が、今作ではあまりにも少ない。
21話までが放送された現在、どろろだけが、やっとまともに聞こうとするようになったきらいがあるけれど、展開があまりにも遅過ぎた。そもそも原作を消化し切れず大切な場面をことごとくカットしていることが不満。他に描くべき物語はまだまだあったので、オリジナル回はいらなかったと思う。どうしてもというのであれば、オリジナル回は放送しないで円盤購入特典として付ければ良かったと思いますね。


14: 13コメさん 2022/03/03 16:20:59 通報 非表示

>>2
なげぇ


3: 「原作版どろろ」派 2019/06/12 11:42:52 通報 非表示

現代版のよさがいとつもわからない


5: 「原作版どろろ」派 2019/06/13 11:49:49 通報 非表示

>>3
原作アニキの方が圧倒的にかっこいいし、素敵だと思いますね。

現代版は性格変わりすぎだし、(アニキ)感はまるでない。

原作の百鬼丸の性格では絶対しないような所業しでかして唖然としました。


15: 13コメさん 2022/03/03 16:21:18 通報 非表示

>>3
日本語ダイジョブですか?


17: 16コメさん 2022/03/18 23:38:40 通報 非表示

>>15
3コメさんの文章は、ローマ字入力で“hitotumo(ひとつも)”とタイピングしたつもりが、キーボードの調子が悪かったのか、押し方が弱かったか何かでhが抜けて“itotumo(いとつも)”になっただけでしょうよ。

日本語を理解している人が読めば、3コメさんが何を書きたかったのかは充分伝わるので全く問題ない。

揚げ足取りするほどの間違いじゃないと思うね。


4: 2019/06/12 15:04:08 通報 非表示

現代版は中身がない

まさに見た目だけ


6: 2019/06/14 14:03:27 通報 非表示

「原作版派!」 最初は現代版も面白かったし、子どもの頃、テレビか何かで江戸時代の生き人形を観たときに、実際に百鬼丸をビジュアル化したら、こんな顔になるんじゃないかとか、刀を腕に収めるのは無理があると思っていたので、その疑問点を両方クリアして来た現代版アニメを観たときは「おお!!」と、感動した。

原作版の百鬼丸の義足に焼水を仕込める設定は面白かったけれど、あれはうっかり漏れたりすると百鬼丸自身の体が蝕まれそうだし、調達が難しそうだと思っていたので、現代版で設定が無くなってしまったのもやむなしと思った。

だけど、まさかここまで様々な感動シーンや切ないシーン、主役二人のお茶目なシーンがカットされるとは…。そしていらん設定やらキャラがどんどん増えていった。
時代に合わせて設定が変わるのは仕方ないけれど、もっと「心」を描いて欲しかったと思う。

現代版のばんもん回はメインキャラが挙動不審者ばかりだったんで、ばんもん自体がハリボテみたいに見えて、みんな台本片手に真顔で、お芝居してるみたいに見えて引いた。
百鬼丸が人と鬼の境界にいるなんていう鬼神ネタ、これが一番いらなかった。
醍醐と百鬼丸の人格をいじりさえしなければ、新作版はもっと面白くなったと思う。
そもそも原作のあにきのキャラは最高なんで、人格を変える必要なし。以上。


7: 「原作版どろろ」派2019/06/28 15:34:04 通報 非表示

現代版は雰囲気モノなだけでつまらないや


8: 2019/06/28 15:56:25 通報 非表示

両方おもしろくないです。


9: 2019/06/30 20:54:36 通報 非表示

原作版に1票

旧作は前後二話の1クールが躍動感あって好き。黒澤明の映画みたいな…

絵は現在の物がキレイかもしれない。

しかし悲惨な残酷なシーンを只緻密に描けば良い物でないと思う。

逆にコミカルにラフに描く事で伝え易い事もあると思う。

1話を見比べてみたが、旧作のどろろを見ると戦後直後の浮浪児はこんな物であったのかなと納得する様な演出が感じられる。

悪態をつきながら飢えた坊さんにメシを持ってくるシーン好きだな…

そして死を迎える迄の坊さんの独白は戦前の大人達が戦争に導き、荒廃をもたらした懺悔の様にも聞こえる。

あと最終回も人の心を失い魔神に息子を生贄にした父との対決が見せ場だったのに…

化け物と化した父を刺した時の百鬼丸の涙。

私は百鬼丸が最後に取り戻した物は心であり、それはある意味失われ、どろろとの別れになったと思う。


10: 10コメさん 「原作版どろろ」派2020/01/25 14:19:21 通報 非表示

原作の方が、キャラクター達が生き生きしています。

男気があって頼りになって、人情家で優しい百鬼丸の兄貴。

その弟分で、兄貴に頼るだけでなく妖怪にも石を投げるたくましいどろろ 。

体を取り戻し、溢れんばかりに喜ぶ百鬼丸と、我が事のように喜ぶどろろ。

泥棒癖のあるどろろにお説教しながらも、どろろのへこたれない心を偉いとほめ、認める百鬼丸。

どうして、魅力ある二人の性格をこんなにも変えてしまったのでしょうか。

百鬼丸とどろろの性格をここまで変えてしまうのなら、原案どろろにして、タイトルも登場人物達の名前も変えて欲しかったです。

それなら、原作の面影を追わなくて済んだのに。


11: 11コメさん 2020/01/27 18:46:11 通報 非表示

ゲームのが一番かな。

ちゃんと完結してるし。


12: 12コメさん 2020/04/18 14:14:56 通報 非表示

未完とは言われているけれど原作漫画が一番好き。
(ゲームはやっていないのでよくわからない…ので、ゲームについてはノーコメントで。)

百鬼丸は、原作、旧作・新作アニメといずれもどろろの前から去って行くけれど、原作漫画の百鬼丸は、最後までどろろの「あにき」を貫いていたので、そこにぐっとくる。
どろろの将来を案じ、道しるべと再会の約束を残していくのが、実に、あにきらしい。

死霊に憑りつかれ行く当てもない天涯孤独な百鬼丸が、どろろに向けた「完全な体になったらまた会おう」という原作ラストの言葉は、もしかしたら強がりだったのかもしれない。けれど、百鬼丸はどろろには、いつも希望を抱いていて欲しいと願っていたし、再会を約束をすることで、それを言霊とし自分への希望と励まし、目標にしたのではないだろうか。

旧作アニメの百鬼丸が、どろろに何も言わずに去って行ったのは、確約できないことは口にしないという優しさなのかもしれず、どろろには、ちゃんと「こちら側の世界に仲間がいること」を自分で理解してもらいたかったし、自立して欲しかったのだろうと思う。
新作アニメの百鬼丸がどろろのもとを去って行ったのは、己は精神的にまだ不完全で、心が人間にはなり切れていないと考えたからなのだろうし、人に戻った体で、自分の過去を全く知らない人たちを通してゼロから自分を取り戻していきたい、と考えたのかもしれない。

三者三様の百鬼丸がいても良いわけだけれど、「あにき」という姿に着目したとき、泣き言を言わず、どろろに目標と希望を授けて去って行った原作の百鬼丸が一番「あにき」だったなと思う。

新作アニメには、どろろとの再会を予感させるシーンが描かれているのが良い。だけど、ラストは醍醐自身や、領民の姿と国の復興を絡めた話を掘り下げて欲しかったので、あと一話は欲しかったな。


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