【小説】マイ・リトルレナ

3 2023/01/11 23:03

ある日を境に、レナがめっきりしゃべらなくなった。

元々、そこまでおしゃべりでもなかった。どちらかと言うと聞き手側だった。

「どうしたの?何かあったの?」と、問いかけても話さないので私は困っていた。

そんなとき、ふと、思ったのだ。

記憶を無くし、目も耳も声も失ったのだと。

我ながらバカげた発想だ。

でも、当時の私にはこのような発想にすがるほどの状態だったのだ。

私は、レナの失われた記憶を取り戻すべく旅に出た。

レナと一緒に行った場所だ。慣れない運転だったが、良くできたと思う。

楽しかった。たとえ、レナが一言もしゃべらなかったとしても。

「ここで最後。覚えてる?私たちが最初に会ったところ。加々美沢(かがみざわ)海岸。 自殺しようとしてたところを止めてくれたんだよね。」

「・・・・・」

相変わらずレナからの反応がない。

忘れてしまったのだろうかと、一瞬目頭が熱くなる。

鼻をすすり、目を擦り、海の彼方、水平線を見る。

「私は今ここにいる!!君に助けてもらったんだよ。そのおかげで今もこうして生きている。ありがとう。マイ・リトルヒーロー。君といるだけで世界が明るく見えた。私は、ずっとレナのそばにいるからね。もう二度と離さない。」

レナの心に届いて欲しいと願いながら叫ぶように言う。

レナをぎゅっと抱き締め、もう離さない。と、ぼそっと呟く。

「もう戻ろっか。」

と、駐車場に足をのばす。

「霧崎明日花だな。」

背中で誰かが低い声で私の名を呼ぶ。

心拍数が速くなるのが分かる。ゆっくりと後ろを振り返ってみる。

「楽しい時は、一瞬にして過ぎ去る」とはこの事か、と理解する。

「警察だ。」

世界がまた、暗くなった。

私は走った。走れないレナを抱えて走った。

カタカタとレナから音が立つ。

「ごめん。すぐ終わるから。もうちょっと我慢しててね。」

と、レナに囁く。

思考が鈍る。酸素が薄くなる。頭に血が回らない。

どうしよう。と、涙が溢れそうになる。

「あぅっ!!」

私の手からレナが落ちる。

砂浜に足をとられた。転んだ。起きなきゃ。逃げなきゃ。レナと暮らすために。

立とうとした瞬間、がくんと膝が重くなる。

足を見ると警察がしがみついている。

周りを見ると、鍛えられた体の警察たちがぐるっと私たちを囲んでいた。

逃げられないのが一瞬にして理解できる。

「離せこの野郎!!私のレナに触るな!!!」

体を押さえつけられる。髪のせいで周りがよく見えない。

レナは?レナはどこ?

見ると、声をかけてきたリーダー的刑事がレナを持っている。

頭から血の気が引いていく。

あいつらが私からレナを奪ったことは分かった。

そうして、私は捕まった。

その後の記憶はほとんどない。

でも、ひとつだけ覚えていることがある。

棺桶に入れられて冷たくなったレナの体。レナの顔。レナの唇。

美しかった。死んでいると思えなかった。

いや、死んでいなかった。

私の心の中でレナは生き続けている。

例え灰になろうと。皆がレナを忘れようと。

私とレナの記憶が消えることはない。

レナは今どうしているだろう。

三ヶ月も経ったのだから、もう墓に入ってしまったのだろうか。

涙が溢れて止まらなくなる。

逢いたいよ・・・レナ

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その他2023/01/11 23:03:11 [通報] [非表示] フォローする
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