【小説】マイ・リトルレナ
ある日を境に、レナがめっきりしゃべらなくなった。
元々、そこまでおしゃべりでもなかった。どちらかと言うと聞き手側だった。
「どうしたの?何かあったの?」と、問いかけても話さないので私は困っていた。
そんなとき、ふと、思ったのだ。
記憶を無くし、目も耳も声も失ったのだと。
我ながらバカげた発想だ。
でも、当時の私にはこのような発想にすがるほどの状態だったのだ。
私は、レナの失われた記憶を取り戻すべく旅に出た。
レナと一緒に行った場所だ。慣れない運転だったが、良くできたと思う。
楽しかった。たとえ、レナが一言もしゃべらなかったとしても。
「ここで最後。覚えてる?私たちが最初に会ったところ。加々美沢(かがみざわ)海岸。 自殺しようとしてたところを止めてくれたんだよね。」
「・・・・・」
相変わらずレナからの反応がない。
忘れてしまったのだろうかと、一瞬目頭が熱くなる。
鼻をすすり、目を擦り、海の彼方、水平線を見る。
「私は今ここにいる!!君に助けてもらったんだよ。そのおかげで今もこうして生きている。ありがとう。マイ・リトルヒーロー。君といるだけで世界が明るく見えた。私は、ずっとレナのそばにいるからね。もう二度と離さない。」
レナの心に届いて欲しいと願いながら叫ぶように言う。
レナをぎゅっと抱き締め、もう離さない。と、ぼそっと呟く。
「もう戻ろっか。」
と、駐車場に足をのばす。
「霧崎明日花だな。」
背中で誰かが低い声で私の名を呼ぶ。
心拍数が速くなるのが分かる。ゆっくりと後ろを振り返ってみる。
「楽しい時は、一瞬にして過ぎ去る」とはこの事か、と理解する。
「警察だ。」
世界がまた、暗くなった。
私は走った。走れないレナを抱えて走った。
カタカタとレナから音が立つ。
「ごめん。すぐ終わるから。もうちょっと我慢しててね。」
と、レナに囁く。
思考が鈍る。酸素が薄くなる。頭に血が回らない。
どうしよう。と、涙が溢れそうになる。
「あぅっ!!」
私の手からレナが落ちる。
砂浜に足をとられた。転んだ。起きなきゃ。逃げなきゃ。レナと暮らすために。
立とうとした瞬間、がくんと膝が重くなる。
足を見ると警察がしがみついている。
周りを見ると、鍛えられた体の警察たちがぐるっと私たちを囲んでいた。
逃げられないのが一瞬にして理解できる。
「離せこの野郎!!私のレナに触るな!!!」
体を押さえつけられる。髪のせいで周りがよく見えない。
レナは?レナはどこ?
見ると、声をかけてきたリーダー的刑事がレナを持っている。
頭から血の気が引いていく。
あいつらが私からレナを奪ったことは分かった。
そうして、私は捕まった。
その後の記憶はほとんどない。
でも、ひとつだけ覚えていることがある。
棺桶に入れられて冷たくなったレナの体。レナの顔。レナの唇。
美しかった。死んでいると思えなかった。
いや、死んでいなかった。
私の心の中でレナは生き続けている。
例え灰になろうと。皆がレナを忘れようと。
私とレナの記憶が消えることはない。
レナは今どうしているだろう。
三ヶ月も経ったのだから、もう墓に入ってしまったのだろうか。
涙が溢れて止まらなくなる。
逢いたいよ・・・レナ