深夜テンションのかたまりです。
もう限界だ、私には居場所が無い。守ってくれる奴も居ない。どこか人の居ない場所を求めてただひたすら走っていると、なんと山の下にぽっかり穴が空いていた。恐怖なんて胸の奥に押しやって半ばやけくそで加速する。やがて穴の中の暗闇を通り抜けると、一面の花園が広がっていた。私は極楽へ行けたのだ。
そう確信した途端に全身の力が抜け、私は柔らかい地面に倒れ込んでしまった。
「いらっしゃい梓ちゃん、煎茶とあんみつが出来ましたよ。」
私の名前どころか好みまで把握しているという事は、豊さん…?いや豊さんはこんなねっとりとした声ではない。だとすると誰なのか、意を決して目を開ける。
私は畳に横たわっていた。そして頭上には花にまみれた毛髪の持ち主…猫顔の人間が見える。外見からも声からも性別は分からないが、黒くて細い洋袴を着用しているのでとりあえず男という事にしておこう。そして体のあちこちに恐ろしい程かかっている花冠は無視しておこう。
「どうも庵と申します、ここで喫茶店もどきを経営している者です。さぁどうぞ煎茶とあんみつをお上がり下さいませ!」
「いや…そもそもここどこ…というか今お金持ってない…」
「ご安心ください梓ちゃん、代金は体で支払ってもらいますから。」
訳のわからない事をつらつらと述べながら笑顔を崩さない猫顔。とうとう私は現在置かれている状況の理解を放棄し、ここに来てしまった経緯を思い出していく事にした。
昼飯時、味噌でも塗りたくったような色と香りの建物が並ぶ宿町。規模の割には混んでいる。
「へいらっしゃいらっしゃい!新鮮な菜っ葉売っとるで〜!」
賑やかな通りの向こうから響いてくる陽気な声は豊さんのものだろう、八百屋が昼時に新鮮を売り文句にするなと叫び返してやりたいのを堪えながら一年前まで茶屋だった所の軒下へ急ぎ、手ぬぐいを被り直す。蜘蛛の巣が張り巡らされている所でも人に顔を見られるよりかはマシなのだ。
…私は生まれつき髪が赤い。血縁に渡来人はいないはずなのに赤い。普段は手ぬぐいをすっぽり被っているのでそれを知る者は家族と豊さんぐらいだが、やはり人と外見が違うというのは忌みの対象になるものなのだ。
それに顔の皮膚も爛れている。私が赤ん坊の頃に起こった小火騒ぎのせいで火傷を負ったのだ。意外にも内側から外は見えるものなのでさほど困りはしないのだが、稀に顔を覆っているのを不快に思う輩もいる。それが世間一般の考え方だなんて百も承知だが、見せられないものは仕方が無いじゃないか。
「おっかさん、戻ったよ。」
「ああ梓!今日はどこをほっつき歩いてたんだい、ちょっとは家の手伝いもせえ!」
それはごもっともだが、私にどう手伝えと言うんだ。顔が見せられないから客の相手も出来ない、おっとさんみたいに櫛作りの腕も無い。加えて炊事も洗濯も掃除も全く出来やしない。誇れるものなんて武芸ぐらいだ。
「そういえば勉学もからっきしだな。」
「いきなりどうしたんだい、あんたは女だよ?武芸も勉学も要らないだろう。」
「私も頑張ってはいるんだよおっかさん。けれど何度飯を炊いても丸焦げじゃどうしようもないじゃないか…」
「自覚があるんならそんぐらい直しゃあ!」
「どうやって…」
…バニラか、抹茶か。
迷う、これは非常に迷う。芳醇な香りとコクの我等が聖母と大大大好物のパラダイスのうち一つしか選べないなんて神様は残酷だ。是非是非二つとも買いたい所だがそうすれば夕食がお腹に入らなくなってしまう!嗚呼私はどうすれば!
頭を抱えて座り込んでいると、後ろから地味に痛い蹴りが入った。女子数人のものと思われる聞き慣れた嘲笑が遠のいて行った後、熟考を再開する。
「…よし、決めた。バニラだ。」
意を決してボタンを押す。だがいくら待っても自販機から円錐形のアイスは出てこない。それもそのはず、私はお金を入れ忘れていたのだ!
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