【SS小説】ガルテン #1
パチリと目が覚める。何度か瞬きをし上半身を起こす。肩まで掛けられた布団が重力に従いぽふっと落ちる。視線を手元に移し暫くぼーっとする。何も考えずただそこを見つめるだけ。吐息を吐き、ベッドから降りる。素足がひんやりと冷えた床を感じとる。ベッドが暖かく冷たい空気にぶるりと身体を震わす。歩く毎にギシギシと床が軋む。窓から外の様子を伺うと朝焼けがにじむように東の空にひろがりはじめるのが見えた。まだ街は眠っているため鳥の囀ずりが大きく聞こえる。窓を開ければ冷たい風がふわりと吹き、漆黒の髪が風に遊ばれサラサラと靡く。寝ぼけていた脳がその冷たい風により覚醒する。
「そろそろ街を起こさないといけないな…」
スゥーっと赤い目を細め、其処に建っていたであろう家々の瓦礫を見てそう言う。低く、落ち着いた声が街にストンと落ちる。窓から離れ、身支度をしに中に戻る。顔を洗い、歯を磨く。朝食を済まし、椅子に掛けてある外套を羽織り外に出る。空は青く完全に夜が明けていた。その場で深呼吸をしフードを深く被り目的の場所へと歩みを進める。ひたひたと石畳を歩く音が街中に響く。瓦礫の山しか見当たらず人の気配が一切しない。それはそう、既にこの街は数百年前に滅んでいる。何故滅んだのかは分からない。ずいぶん前に滅んだことしか情報がない。しかも、周辺の街や国もこの事を知る者は片手で数えるくらい少ない。時の流れによって記憶が風化していったのか、それともただ知っている者が少ないだけか。
「久しぶりのお目覚めだ。掃除してから起こすか…」
目的の場所は小さな教会だった。大きな扉を押し開け中に入る。長年使われておらずあらゆる場所に埃が溜まっていた。埃を吸い込んでしまい咳き込む。埃まりれの教会に居ても気分は良くない。埃叩きや箒、雑巾、バケツなどの掃除用具を用意する。そして、すべての窓を開け、空気の入れ替えをする。時折風が吹き埃が舞い上がり咳き込んでしまう。手の届かない天井に空気が行き埃を落としてくれるため我慢する。水が入ったバケツを窓の近くに置き、雑巾を濡らす。水は冷たく指が赤くなる。雑巾を硬く絞り窓を拭く。砂埃で汚れていた窓は本来の透明で綺麗な姿に戻る。ステンドグラスを綺麗にするのも忘れずにする。この街が信仰していたであろう神の石像も水を浴びせ、綺麗に磨く。椅子の埃を落とし床を磨き、掃除を終わらす。
「さあ、目覚めの時だ。おはよう、みんな」
掃除用具を片付け、石像の前に背を向けた状態で座る。そして、口ずさむように歌い始める。優しい歌だが何処か悲しさが隠れている歌でもあった。世界がぐにゃりと形を歪め始める。原型を止めない程に歪んだと思えばだんだん元の形へと戻り始める。完全に戻る前に突然視界が暗くなる。どれぐらいの時間が経ったのか分からないがパチリと目が覚める。視界に写るのは教会ではなく何処かの建物の天井だった。身体を起こし周りを見れば見知ったものが多くあった。ここは自宅の寝室だ。ベッドから降り、外の様子を見ればかつての街があった。子供たちは外でキャイキャイと遊び回っている。大人たちは洗濯物や買い物など各々がしなければいけないことをやっている。
「これがいつまでも続けば良かったのに……今日の仕事を始めるか」
外の様子を見て深い溜め息をつく。願わないことを願っていてもしょうがない。この幻覚の微調整や勘づいた人々の回収をしないといけない。仕事の開始時間が早ければ早いほど直ぐに終わる。身支度をし外に出る。扉を開ければどっと街の賑わいが押し寄せてくる。耳を澄ませば『外套を着た人物には気を付けろ』や『悪いことしたら外套に食べられちゃうよ』など外套を着た人物の噂が聞こえてくる。この街で外套を着ているのは自分以外誰も居ない。街で噂されているのは自分自身のことだった。しかし、この街の秘密に勘づいたたり気づかれたりしたら教会に連れていくが食べることはない。変な噂を回されて眉をしかめる。誰だって根も葉もない噂を回されて、其れが本当のことだと勘違いされたら気分が悪くなる。
「さて、残りは教会だけだな…」
一通り異常がないか街中を見て回った。今のところ異常は一つも見つからなかった。勿論、勘づいている人も居なかった。このまま教会の方を確認して異常がなければ定期的な街のパトロール以外仕事が終わったことになる。そしたら、最近挑戦し始めた菓子作りや今まで手を付けてこなかった料理をする時間を確保できる。しかし、このまま異常がないのも良いが何か心寂しい感じがする。何か起こらないかな、なんて事を考えながらフードを深く被り直し教会へと歩みを進める。
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