【和風総選挙】「大願成就は春を告ぐ」
3月23日 5:27
ザッザッザッザッ
砂利を踏み急ぎ歩く音が境内に響く。その音の主は神多 彦翔(かんだ ひこと)、紛れもない僕である。その音に反応して、絵馬掛所の側面にもたれかかっていた白髪の同世代の女性が駆け寄ってきた。その女性は、雨富(アマトミ)さんという名前であり、今からちょうど1年前に知り合った人であり、それからは週一でこの神社で会っているのである。
「久しぶり!…って思ったけど、実際は一週間ぶりか!もっと会えたらいいのにね〜」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないですか…僕だって部活とかで忙しいんですから…そもそも、なんでここでしか会おうとしないんですか?それに、いっつも暇そうですし」
そう。雨富さんと会うのはいつもこの神社であり、他の場所で会ったことは一度もないのだ。その上、いつも僕を待っているときは、ずっと前から居たかのように待ち構えているのだ。それを疑問に思っていた僕の質問に対して、雨富さんはこう答えた。
「し、失敬な!?私だってたっくさんやることがあるんだよ!?それも、この町にとーっても役に立つことをね!!」
「へー、そっすか。」
「ほーんーと!ほんとだからね!?」
僕の素っ気ない態度に雨富さんがオーバーリアクションをする。僕達にとってはこんな会話が日常であり、とても大切なものなのだ。今の話題に対して僕があまりにも無関心だったことを気にかけてなのか、雨富さんは話を大きく逸らした。
「ところでさぁ…彦翔くんは、好きな子とかいないわけ?日曜日はいーっつもここにいるけど、別に、好きな子とデートに行ってもいーんだよー?」
「います…けど、わざわざそんなことする必要はありませんよ。そもそも、僕が来なかったら寂しがりますよね…絶対…」
「そ、そんなことはないよ!?ていうか、必要がないっていうことは、私のことが好きだったりするのかな〜?」
「どうでしょうかね。そうだといいですね。」
「もぉ…もうちょっと照れるなりなんなりしてくれればいいのにさぁ…」
素っ気ない態度を取る僕に対して雨富さんは悲しみと困惑が混ざった表情で話している。と思えば、雨富さんはまたもや話を変えた。
「きょ、今日って私達が出会ってからちょうど1年なんだよね…でさ、なんか…覚えてること…ないかな?」
「え?いや…特には…」
「そっか…覚えてないんだ…じゃあさ、一年前のあの日、自分が何を願ったのか…覚えてる?」
そんな言葉を口に出すとともに、暗くなっていく雨富さんの姿を見た僕は、必要以上に考え始めた。その刹那、稲妻のように僕の脳裏にはあの日の鮮明な光景と絶対に忘れてはいけなかった願いが蘇った。
あの日の僕は今日と同じように急足で神社へと向かっていた。外へ出るどころか、外を見ることすら本当に久しぶりだった。学校で居場所もなく、家ではそんな僕を責める家族、被害妄想でしかないと分かっていてなおも、何も変えられない僕。そんな僕が初めて助けを求めて走っていた。これが通じなければもう終わりでもいい。そんな気持ちで足を進めていた。賽銭箱の前に着くが、入れる金は持ってきていなかった。ほんの少しの後悔がよぎる中、僕は無茶で生意気で強欲な願いを浮かべた。
助けが欲しい 助けになるような友達が たった1年だけでもいいから
と。こんなどうしようもない現実をよりにもよっているはずもない神様に解決してもらおうなどと考えていた。僕の指針と矛盾していたそんな状況に少しの寒気さえ感じ、肩を落とす。
『こんなところで何を願っているのかな〜?賽銭も入れずにさ〜』
ここに来た時、誰もいなかったことは確かに記憶していた。だとしたら… そう考えるたびに都合が良すぎる現実に目を逸らしながら、声のした方へと体を向けて、
『誰ですか?』
と、冷たく聞く。僕が向いた先にいたのは、他の誰でもない雨富さんであった。
『私は雨富!気軽に雨富さんって呼んで…で、一体どんな願い事をしたのか教えてもらおうか~?』
『なんでわざわざ言う必要があるんですか?僕ら他人ですよ。』
僕は雨富さんの態度に引き続き怪訝そうにした。今になって考えてみれば、僕らのやり取りは傍から見れば今も昔も変わらなかった。ただ、その中にある気持ちは変わり続けていた。そして、僕はそんな日常に救われたのだろうと深く思う。
『全くぅ…冷たいもんだねぇ…ま、私なら言われなくてもわかるんだけどね~』
『どういう意味ですか…』
そこからの会話はあまり覚えていないが、ただひたすらにその時間が大切だったという事実は覚えている。
「思い出したみたいだね…彦翔くんが願った一年は、私も楽しくて…本当によかったよ…」
「そんな言い方やめて下さいよ…」
雨富さんの悲しげな声はこれが僕達の別れであることを確実なものにしていた。1年。これは僕の意思で決めていた時間だった。ただ、後悔はない。自分の心の整理をしているうちに、雨富さんが口を開く。
「まぁ、私が誰なのか…とか、大体分かったかもしれないけどさ…ならさ、奇跡を信じてみなよ。きっと、この別れは永遠じゃないって…またいつの日か会えるって…ずっと思いながら生きて欲しい…だからさ…私は…彦翔くんにはもう、『死にたい』なんて思わないでほしいんだ…とにかく、今までありがとう…」
雨富さんがそう告げるとともに、境内にはわざとらしく強風が吹き、僕は思わず目を閉じた。目を開いたのちに見えた光景は、僕以外には誰もいない境内とポツリと音を立てて落ちていた涙だけだった。雨富さんが泣く姿は想像できなかった。したくもなかった。状況を飲み込んだ僕は、
「─────────」
一旦の別れの言葉を告げ、賽銭箱の前へ迷いなく向かった。
もしも僕の考えることが正しいとするなら、他のどんな願いも今はどうでもいいと思えた。僕が恋したあの人が本当の意味で奇跡を起こしてくれた恩人なら…強欲さえも関係なくそんな想いでひとつの願いを浮かべた。
もう一度あの人に会いたい あの人といつまでもどこまでも一緒にいたい それがどんな間違いでもどんな正解でもいいから
と。この願いが春を告げることを深く祈りながら僕は思い出した。この神社に祀られる神の名を。雨富神(アマトミノカミ)という名を。
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