まおとゼラチンの百合小説
第一章 ぎこちない出会い
四月の朝はまだ肌寒く、校門をくぐる新入生たちの吐く白い息が、春だというのに冬の名残を感じさせていた。
真新しい制服に身を包んだ少女たちが緊張と期待を胸に抱きながら校舎へと入っていく。その中に――まおの姿もあった。
まおは人混みの中でも凛とした雰囲気をまとっていて、黒髪のセミロングが風に揺れるたび、周囲の生徒がちらりと振り返った。本人は気づいていないが、彼女の整った顔立ちとやや気高い雰囲気は、目立たずにはいられない。
ただし、本人の性格はそれをよしとはしていなかった。
(はあ……また見られてる。めんどくさいったらないわ)
そんな独り言を心の中でつぶやき、少し早足で教室に向かう。
一年一組。新しい教室に入ると、すでに何人かの生徒が席を決めていた。まおは窓際の後ろから二番目、できるだけ目立たなそうな場所に腰を下ろす。机に教科書を置き、ふぅと一息。
「……やっと静かになった」
小さく漏らした言葉に反応したのか、ガラリと扉が開いて、ひとりの少女が勢いよく飛び込んできた。
「おはよー! あっ、ここ空いてる? いいかなっ?」
元気いっぱいの声。ぱっと振り向いたまおの目に飛び込んできたのは、柔らかそうな明るい茶色の髪をツインテールにまとめた少女だった。大きな瞳はキラキラと輝き、表情は無邪気そのもの。
「……好きにすれば」
まおはそっけなく答え、目を逸らした。
「わーい! ありがとっ!」
少女は弾むように隣の席へ座り、荷物をガサガサと机に突っ込む。筆箱を落として中身をばらまいたのも気にせず、「あははっ」と笑いながら拾い集めている。
まおはため息をひとつ。
「……落ち着きがない子ね」
思わず口をついて出た言葉に、隣の少女はぱちっと顔を上げた。
「え? あ、わたし? ごめんごめん、ドジなんだー。えへへ」
まったく悪びれずに笑うその顔に、まおは返す言葉を失う。
「わたし、ゼラチン! よろしくね!」
「……ゼラチン?」
「そうそう! 本名はちょっと長いから、みんなからそう呼ばれてるんだ~」
屈託のない笑顔に、まおは思わず眉をひそめる。
「食べ物みたいなあだ名ね」
「でしょでしょ? かわいいよね!」
「……自分で言うんだ」
会話が噛み合っているようで、まるで噛み合っていない。まおは心の中で「やっかいな子が隣になったかも」と感じていた。
昼休み。
教室のあちこちで弁当を広げる声が聞こえる。まおは一人で窓際に弁当を置き、静かに食べようとしていた。だが――。
「まおちゃん! 一緒に食べよっ!」
ゼラチンが元気よくやってきて、当然のように隣に座った。
「ちょ、ちょっと……あたし、別に一緒に食べたいなんて言ってないけど」
「えー? でも隣の席だし、一緒のほうが楽しいじゃん!」
「……そういう問題じゃないの」
ぷいと横を向くまお。しかしゼラチンは気にせず、自分の弁当を取り出してぱくぱく食べ始める。
「ん~、お母さんの卵焼きおいしい! あ、まおちゃんは何食べてるの?」
「……ただの、普通のお弁当」
「見せて見せてっ!」
「ちょ、近い!」
ゼラチンがぐいっと覗き込んできて、まおは慌てて弁当箱を引っ込めた。
「……あんた、距離感って言葉知らないの?」
「距離感? あー、難しい言葉だなぁ。えへへ」
まおは頭を抱えた。
放課後。
まおは部活動の勧誘を避けるため、そそくさと教室を出ようとした。しかし背後から声が飛ぶ。
「まおちゃん、帰るの? 一緒に帰ろっ!」
「……なんであたしと」
「だって、友達だもん!」
「はぁ!? まだ一日しか経ってないでしょ!」
「でも隣の席だし、一緒にご飯食べたし、もう友達だよ!」
笑顔で断言され、まおは言葉を失う。
その後、ゼラチンと並んで歩く帰り道。沈みゆく夕日が二人の影を長く伸ばしていた。
「ねえねえ、まおちゃんって好きなものとかある?」
「……別に。なんでもいい」
「そっかー。わたしはプリンが好き! ゼラチンだからかなっ?」
「あんた……ほんとに単純ね」
思わず吹き出しそうになったが、まおは慌てて咳払いをした。
「べ、別におかしくないし」
夕焼けに赤く染まる頬を隠すように顔を背ける。その様子を見たゼラチンは、なぜかにっこりと笑っていた。
数日が経った。
ゼラチンは毎日のようにまおに話しかけ、弁当を一緒に食べ、帰り道も当然のようについてくる。その無邪気さにまおは振り回され続けた。
だが――。
「まおちゃん、今日もありがとう!」
「な、何がよ」
「一緒にいてくれて! すっごく楽しいんだ」
真っ直ぐな瞳でそう言われると、まおは胸の奥が少し熱くなる。
(……なんであたしが照れなきゃいけないのよ)
ツンとすまし顔を作るが、心の中は穏やかに揺れていた。
ぎこちなかった出会いは、いつの間にか少しずつ色を変え始めていた。
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