石畳の街の時計守

9 2026/03/21 17:28

石畳の街ヴィルネには、古い時計台がひとつだけあった。

街の誰もがその時計を頼りに暮らしていたが、百年以上も止まらずに動き続ける理由は、誰にもわからなかった。

ある秋の日、見習い細工師のエリオは、師匠から奇妙な頼みごとをされた。

「時計台の内部を、一度見てきてくれ」

時計台は固く鍵がかかっており、普段は誰も入れないはずだ。

しかし、なぜかその日は扉がわずかに開いていた。

中は薄暗く、古い歯車がいくつも積み重なっていた。

その奥に、小さな机と、椅子がひとつだけあった。

そこでエリオは、一人の老人と出会う。

灰色の服に、静かな目をしたその人は、まるで何十年もそこにいたかのように自然だった。

「いらっしゃい。時計の調子を見に来たのかい?」

「あなたは…ここで働いている人ですか?」

老人は笑い、机の上の懐中時計を布で磨いた。

「私は“時計守”。街の時間が乱れぬよう、ここで時を整えている」

エリオは初めて聞く言葉に戸惑った。

老人は続ける。

「時間というものは、不思議な生き物だよ。油断をするとすぐに遅れたり、急いだりしてしまう。

だから、誰かがずっと寄り添っていなければならない」

その言葉を聞きながら、エリオは老人の指がわずかに震えていることに気づいた。

長い年月の重さを、その指先が語っているようだった。

「…大変なお仕事ですね」

「いや、好きでやっている。だが、そろそろ代わりが必要かもしれない」

老人はエリオの手を取り、静かに言った。

「君は器用だし、街をよく見ている。もしよければ、時計守にならないか?」

突然の提案にエリオは言葉を失った。

自分が街の時間を預かるなど、あまりに大きな役目だった。

「僕なんかに務まるでしょうか」

「務まるかどうかは、時間が決めるよ」

老人はそう言って、懐中時計をエリオの手にそっと渡した。

そのとき、外の鐘が鳴った。

気づけば老人の姿は消えており、机の上には一枚の紙だけが残されていた。

『次の時計守へ。時間を、頼んだよ。』

エリオは慌てて外へ飛び出したが、石畳の街に老人の影はどこにもなかった。

ただ、時計台だけがいつもより静かに、正確に時を刻んでいた。

その日から、時計台の扉は再び固く閉ざされた。

けれど街の人々は気づいていた。

以前より時計の音が、ほんの少しだけ若くなったことに。

いいねを贈ろう
いいね
9

このトピックは、名前 @IDを設定して、メンバー申請しないとコメントできません

名前@IDを設定する
画像・吹き出し

タグ: 石畳

トピックも作成してみてください!
トピックを投稿する
その他2026/03/21 17:28:39 [通報] [非表示] フォローする
TTツイートしよう!
TTツイートする

拡散用



まだコメントがありません。最初のコメントを書いてみませんか?
画像・吹き出し
タグ: 石畳

トピックも作成してみてください!
トピックを投稿する