Nの皆さんへ⑦
ナカ村という、灰灯の拠点近くの村は、妙に生々しかった。
復興の途中。
壊れた家屋と、新しく組まれた木材が混ざり合っている。
ソラは、その光景をどこか他人事のように見ていた。
「……間に合わなかったな」
ぽつりと呟く。
今朝、機械人間に襲撃されたという情報があった。
ソラとラカールはとりあえずナカ村に向かった。
「当たり前だろ」
ラカールが肩をすくめる。
「情報が届く間に、村は壊滅する。これが現実さ」
「……機械人間か」
「そうだ」
短い会話。
フジ村で、どうにかNo.2を撃破した。その力と経験を持ってすれば、ナカ村を守ることは容易だったかもしれなかった。
そのときだった。
「おや、珍しい顔だな」
軽い声が割り込む。
ラカールの足が止まった。
「……お前か」
そこにいたのは、整った身なりの男だった。
笑っているが、目は笑っていない。
「久しぶりだな、ラカール」
「死んでなかったのか、サクノ・ハルマ」
「つれないねぇ。昔はよくつるんだ仲だろう?」
空気が一気に冷える。
ソラは黙って二人を見る。
「……何してる」
ラカールが低く問う。
「見て分からないか? 商売だよ」
ハルマは顎で後ろを示す。
移動式の店が立っていた。
そして檻の中に、人影。
ソラの視線が動く。
顎に黒髪がかかっている少女が、立っていた。
一歩、前に出る。
「人がかなり死んだ。復興するにも人が足りない。そこで、奴隷の出番になる。レンタルもできるぞ」
ハルマはそう言った。
親友だぞ。挨拶ぐらいしろ、とハルマに言われ、少女は一歩進んだ。
「ハズミ・アルトナイン」
「まだ名字を名乗るかねぇ」
ハルマは呆れた口調で言った。
「……なんで」
絞り出すような声。
「なんで、私は…」
男は一瞬も迷わない。
「冤罪だったから、か」
「冤罪?」
ラカールが興味深そうに言う。
「正確には、“冤罪と証明できなかった”から、だな」
淡々とした説明だった。
「証明できない無実は、有罪と同じだ」
ハズミの呼吸が止まる。
「そんなの……」
「ルールだ」
男は軽く言う。
「この世界のな」
沈黙。
重く、逃げ場のない沈黙。
ハズミは、まっすぐ顔を上げる。
その目には、さっきまでとは違う光があった。
「……私は、絶対に戻る」
ぽつりと。
だが、はっきりと。
「キョートシティに」
ラカールの眉が動く。
ハルマはわずかに笑った。
「ほう」
「アルトナイン家」
彼女は続ける。
「私の家」
ソラがハズミを見る。
初めて聞く言葉だった。
「全部、取り戻す」
その声は震えていない。
怒りでも悲しみでもなく、もっと硬い何かだった。
ハルマは肩をすくめる。
「できると思うか?」
「やる」
即答だった。
「私はアルトナイン家の人間だ。帰る権利がある」
風が吹く。
誰もすぐには言葉を返さない。
やがてラカールが口を開く。
「……キョートか」
思案するように。
「西方の中心都市だが、面倒な場所だぞ」
「関係ない」
ハズミは言い切る。
ソラは黙っていた。
だが、頭の中には別のことが浮かんでいる。
(中心都市……)
紅剣。鞘。制御。
(……あるかもしれない)
可能性は、ゼロじゃない。
「ラカール」
「ん?」
「キョートって、もしかして理式師多いのか」
「ああ。特にな」
少しだけ間を置く。
「紅燐祭も近いしな」
その言葉に、空気がわずかに動く。
だがソラはそれ以上聞かなかった。
まだ、決めていない。
決めたくないのかもしれない。
ハズミが前を向く。
「私は行く」
小さく言う。
誰に確認するでもなく。
ただの宣言。
ラカールはそれを見て、ため息をついた。
「……まぁ、我々には関係ないことだしな。ハルマはどうだ?奴隷も、キョートならこんな田舎より売れるかもしれないぞ」
だが、その声はどこか諦めている。
ハルマが笑う。
「どういう慈善事業だそりゃ。この子のわがままを聞けというのか?しかも遠いし」
「でも、ここじゃ奴隷を買える人間はいなそうだな」
崩壊した建物。涙を流す人々。
さまざまな意味で、無事な者はいなかった。
ソラは、ゆっくりと空を見上げた。
灰色の空。
どこへでも続いていそうで、どこにも行けなさそうな空。
(いいかソラ?動かなければ、何もできない。それがこの世界だ)
草原で、昔父が言った言葉だ。
ソラはそれを軽く思い出した。
父は、その後家を出て行った。音信不通となり、行方不明となった。今は生きているのかすらわからない。
でも彼は、動いたのだ。
それが正しかったのかは知らない。
だが、今。
ソラも状況は、確実に何かが動き始めていた。
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