>>23274
ベトナムは笑った 北爆が最高にイカれてるし、ちゃんとそれを番組も説明したしね
チャールズリンドバークが初めてパリに有人飛行をした時のニューヨークの狂気的な賞賛がめちゃくちゃ記憶にのこってる
映像の世紀は本当に神だからなー 個人的に一番好きなのは、・・・やっぱ世界恐慌前後だなぁ
>>13041
全部読んだ
そのうえでやはり感性は人間が作ってきたものではないと思う
人間がしたのは一般化と、理論家 そして発見
この話は最終的に「感性は先天的なものか後天的なものか」という話になる。
君はこれを「誰かが作った」といった。
ロボット工学 生物学 心理学の学識領域に「不気味の谷現象」というものがある。これは「不気味だな」と感じる対象の特徴を一般化した理論。不気味に感じるのもまた感性だが、不気味の谷現象は脳科学研究の中である程度の原因が導かれている 感性も、脳の処理にすぎず、何を美しい なにを醜く思うかは生命そのものの根本的な話にまで帰着する。これは同じ感性 というラベリングで、音楽にも同様に言えるのではないか? 誰かが作った のは、人が「この和音を美しいと思う」ように人間の脳を変えたのではなく、(感性とはあくまで脳処理上の問題なので)この和音を美しいと思う 一般的な人間の感性に気づき、それを体系化した という事だと考える これを「道を見つける」とした。道ができた時を考えるのであれば、それは人類の脳の進化とともに時間の流れが作ったものだと思う シェーンベルクの12音技法だって確かに実践より論理提示が先だった しかしこれも決して0から創造されたものではない
大分ややこしい話になったが、君の主張を全部読み検討もしたが、人間の感性は人間の手によって変えられたものではなく、あくまで脳の構造上の先天的な問題だと思う
無理ですね。一人暮らししましょう。録画して深夜に見るくらいです。
中学の保健体育の授業
6年前当時とっくにトート民だった私はやけに疑義的な性とピュアを持ち合わせていた
授業後に「なぜ男性の体内にあるものが女性の体内に移動するのか」「そしてなぜそれが我々に説明されないのか」の説明を望んだ 当時バスケ部員だった私と、その顧問との 後になると、ただただアホだっただけの会話
>>6490
今まで荒らしで辞めた人をそれなりに見てきたからリスクの可能性を示唆したけど
どうなんだろ リターンが大きいと思うのは君なりの根拠がある感じ?
>>6488
でも変なのが入ってきたら流出することになる
それをリスクと呼んでる
#まじでキチゲ溜まった時大声で[シックスセブン‼️😆🤌]って叫んでる‼️ンギモチイイイイ‼️‼️
シ○ク○ナ○ンでもシックスティーセブンでもなく
>>6484
でも今までトートにいた何万というユーザーが突破できたなら厳密「すぎる」ことはないんじゃない?杞憂だと思う
>>6482
万博なんかの入場ゲートがあるでしょ
あれなくなったら確かに入りやすくなるかもしれないし、利用者ももしかしたら増えるかもしれない。でも抑止力が何も無い 園内に変なやつが紛れ込むかもしれない 結局ゲートがあろうがなかろうが入ってくるやつは入ってきて園内で事件を起こすこともあるけど、どうだろう 入場ゲートは撤去するべきだろうか
>>6480
今はつぶやき機能を使うにも同様の期間を開ける必要がある その期間を撤廃すること 確かにタグは作成できないままかもしれないがタグを呟けるようにするということはつぶやき機能も利用できるようになるということ 野獣時報BOTみたいなのがみんつぶに湧いたら? そういうリスクを考えなきゃ
>>6477
タグ作れないって制約で抑制できるのは「タグ作成による荒らし」のみやろ
でもご存知の通り荒らしのリスクはそれだけじゃない
>>6476
タグ作れないって制約で抑制できるのは「タグ作成による荒らし」のみやろ
でもご存知の通り荒らしのリスクはそれだけじゃない
#運営さん二日間タグ呟けないの割と欠陥だと思います。新規離れにつながると思います。荒らし抑制のためなら「2日間タグを作れない」で良いと思います。
うーん、、、
いや2日という期間はいると思うなぁ
「2日呟けなかったら辞める層を入れる」メリットと、「アカウントを作ったその瞬間に、荒らしができる」デメリット
なんか他のところでも言った気がするが、その柵がなんのために作られた柵か分かるまでその柵を外すな
>>12948
なら遠慮なく
複雑な話だから(音楽的な問題ではなく、あくまで言語表現として)比喩を用いるけど、俺が思うのは、感性は変進歩していなくて、その感性に適応するように理論が「開拓されているのではないか」というもの。人間の、音楽に関係する感性は、先天的に存在していて、その滅茶苦茶広い 感性 っという、例えるなら、道を少しずつ照らしながら歩いている ような感覚 たしかに見え方で言えば光が当たるにつれ道が伸びているように見える。けど実際は道はずっとそこにあって、我々が音楽にすることによってそこに灯りがあたって「こんな道があるのか」とわかるだけ 確かに、理論(ここで言う光)は伸びている。より遠くまで灯せるようになっている。だけど、感性(道)は最初からそこにあった 純正律中心主義も、トライトーンの否定も、絶対論的なアフェクト理論その他音楽史の中で批判されてきた理論は、決して間違いだったんじゃなくて、ずっとその先に続く道を照らす前にここが行き止まりだとしていた。という事。時代と共にその先に道ができたのではなく、無数の音楽が生まれる中でその先の道に光が当てられ、「あ、この道はここが行き止まりじゃなかったんだな」となった。
まぁもちろん、後天的に、嗜好の変化は起こるだろうけれど、それは一般論的には語れないものだ。
かなり、単純な比喩を用いたから幼くだらしない話になっていないか心配だけれど、こう思う。
>>12940
ほんまごめん こういう事いいたいわけじゃなかったんやけど、誰かの考えとか見たらそこにどうしても私見をもって話し合いたくなる性なんだ 特にこういう興味のある分野は 君がおもろいこと言ってたから
1990年代の現代文解きたいヤツはエヴァンゲリオン見ろ
あの時代に書かれた評論文はだいたいエヴァと同じこといってる
だいたい は誇張。でも役には立つ
高3の秋同級生が誰か○ませたとかで2人とも消え、存在しなかったかのように2人の名前が学校から消えたのは最高に笑った
私は〇〇だから家にいるべきなんだ。私は〇〇だから時間がいるんだ。だから結果として学校に行けない の方が理路整然としている。勿論正当性などいらない人もいる、それはそれでいいがその場合「私が学校に行かない理由」を大人に言うべきではない 私が家にいる理由を探そう
だから、学校の必要性を、重要性や有用性を検証しても無意味。学校に行かない自分を正当化するのであれば、学校に行く必要のない理由をいうのではなく、家にいるべき理由を探した方がいい
行かなくても誰彼はこうだった。行かなくても彼はこんなに成長して成功した。
という反証は実は本質的に無知への論証的な論理誤謬を抱える
全くの詭弁
学校がいい所だとは思わんし成長に必要だとは思わんけど(もちろん成長するが)、社会で生きていく上での免許証みたいなものではあるねんな
「必要」だから「行かなきゃ行けない」という大人のロジックの「必要」への反駁は目にするけど、実態はそんな簡単な話じゃなく「必要」じゃなくても「行かなきゃ行けない」んだよな
文セというガチの謎行為を1回でも嗜もうとした経歴、嗜んだことのある人物とは根本的に分かり合えないのでわ。
高層ビルといえばアベノハルカスってイメージだったけど麻布ヒルズなんだっけか?
東京なぁ……
いつからトート始めた? みたいなタグ見て思うけど なんだろ、増えてはいると思うよ。 見えるところには少ないんかも。
でもねー うーん…後天的なものだと思うんだけどなぁ…々
後天的っていのをアポステリオリなんて言う横文字で書くカスは1回死んでくれ
>>6415
要はラベリングの問題で、荒唐無稽な暴言の応酬もあればレスによる建設的な議論もある。どこまでがレスバ って扱いになるのかは難しいところだけど、所謂「頭がいい人」のレスバは建設的なものになるんじゃぁないかなぁ…だから一概に 無意味かどうかは、自明とは言えないかも?
しっかりとした考え方があれば論理で負けることは絶対にない 将棋みたいなものかもしれない
#限界音楽オタク兼作曲好きの音楽を聴いているときの脳内晒してみた
ワシ音楽狂やけどきゅうくらりんは進行が凝られてて好き
階音でいうとサビAmからの半音下降で王道進行に入る流れとAメロのCDEからのG#が好き
Ты тупой идиот, которому нечем заняться. Сдохни, сдохни.
>>6398
そう
ソウル大学は京城大学との流れを否定してるけど、学部、建物とかは当時の流れをくんでる
#旧帝國七大学とかいう恐らく日本で一番格好いい文字列
帝国大学は元々8つあった。今旧帝 と呼ばれる大学群と、韓国のソウル大学(かつて日本の統治下だった為) これはアジアトップクラスの大学
150年前の日本が作った大学群が今でも最強なのめちゃくちゃかっこいいよな
人によってはこれを「七帝」と読んだりする かっこよすぎてイカれてるな
むしろ休む方が健全。普通の高校じゃ履修範囲が受験に間に合わんから、自分のペースで勉強したらええ
不登校、なんも心配いらんで
高校のサボりはちょっとはあれかもやけど おん。でもまあ一般で行くのなら全然問題ない
#では、やめまーす
社会学上、自己成就言、ラベリング理論なんかであるように
そうなると思われることで、本当にそうなる方向へ周囲が動いてしまう現象はよくあるねん
君みたいに「辞めるよ」と宣言しても辞めないと、そりゃ1部は「なんでやめないんだろう」「早く辞めろよ」と、君を「辞めるべき人」としてラベリングするようになる。
辞めるのを止めます という勇気か、本当に辞める勇気。どちらかが必要 ダラダラいると前述のような環境で君が疲れるだけかもしれない
なんかタグになってた
>>17186
学タブの場合は先生のタブレットでガッツリ一覧で監視されてるから気をつけてな
Zoomみたいな監視のされ方してる
数学が悪かろうが英語が悪かろうが、受ける試験全てにおいて国語が満点ならば無問題
共テも二次も期末テストもなんでも無敵
な、世界で行きたかったワシ
この認識強すぎて変わってることに気づかんかった
たべられるしょくぶつだよ
全部平仮名なのがまずいい。
我々は 「小さい子に話しかけてるのかな」という印象を抱く。
そして話の内容。小さい子に諭すのは「この植物は可食である。」というもの。野山や道端で見かけたのか、店先に並べられた野菜なのか。基本的に店先に並べられる野菜は全て可食性は担保されている。故に「たべられる」などと言って取り上げる必要もない。(塩水だよ と言われて海を想像しないのと同じ)
これは野生の植物を見かけた時に「これは可食である」と漢字の読めない子に教えているのだ
しかし見落としては行けない これはあくまで名前である。食べられる植物が彼女自身であるならば、この植物の対象化は解釈誤謬である。植物は主体。
野山にさく野生の植物が語りかける「わたしはたべられるしょくぶつだよ」
なるほど、全くわけがわからん
たべられるしょくぶつだよ
とかいうみう鳥とハム美味くらいキャラおもろいやつおる
中学生まで、ずっとソプラノのエースしてました。高校3年間 ずっと男性パート なぜや 15歳の春に何があった
こうね、中途半端な認識と、解釈と定義認識だけで吹っ掛けてくるのはやめていただきたいね 相応する知識と、論理建設能力をもって反駁してほしい 無知蒙昧の相手をするのは非常に疲れる
>>6339
もう滅茶苦茶な持論吹っ掛けてくんなよー
返信の前に、ひと呼吸おいてね
>>855
冷笑 ではないですよ。むしろ、トートに真摯に向き合うために「時に」トートに疑義的になっているだけです。冷笑 という言葉で定義しないでいただきたい
>>6331
ネガティブなことしか言わない→やめた方がいい
というのはそもそも論理的誤謬がある。ネガティブかどうかは君のただの主観だし、ルールで禁止されているわけでもない。むしろ、そんな自身の解釈で他人に辞めることを提案する方が問題なのでは?
>>6333
道の途中で花を愛でても構いませんし、自転車にのって気持ちよくなってももちろんいいです。それが、お金を稼ぐだったり、好きな人をとことん愛する ことです。では、その道中、何も見えない というのは足を止める理由になるでしょうか。なりません。足元が茨の意味だった場合、歩くの苦痛で苦痛で、そういう人は歩くのをやめます。自○という奴です。しかし、そうではない 意味がないから歩くのを辞めるのってなんてもったいないことでしょう 多少足裏がチクチクして居てても、それで死ぬ奴は愚か者です。人にしかその痛みはわかりませんが、それは逆も然り。あと1M歩けば何か変わるかもしれない でもその可能性を排除する。この道はね、一本道じゃないんですよ 人が一生で行う決断は1億にも上るそうです。道は合計1億に分岐しています。そこを、多少ちくちくする程度で辞めるのは、歩く力 ここでいう生きる力のない人間です。つまらん奴です。 隠喩パートがずいぶん長くなりましたが、畢竟そういう事です。ありがとうございました。
という、「意味は自分で決める。でも意味なんてなくてもなくてもいいんだよ」という意味を私自身が定義していない話を綴るという、高度なボケです。適当に突っ込んでください。
>>6332
人間は生まれながらに矛盾を抱えている なんて浅はかな事を大迎に述べるつもりもありません。私なんて生きている意味がない・・・と病んでいる人を掬し、憐憫し、「そんなことないよ」と言うつもりもありません。でも、道徳の教科書みたいに、無条件で自身が肯定される事に違和感を覚えた人は一回考えてみてほしいと思います。まぁあえて人生に答えを出すのであれば、それは「物理法則」です。19世紀まで心理学とは学識領域としては理系に近いものでした。物理法則のように条件とそこから得られる答えが正確だと思われていたからなんですよね。AをしたらBになる。しかし現実はそうではない。AをしてもCにもDにもなる。このAの事を寄与条件と呼びます。結果に影響を与えはするものの確実な答えはないのです。それが今の心理学です。「物理法則」だとしたのは、こういう性格と確かに反している気がしますが言っていることはもっと基盤「生まれたら死ぬ」です。始まりのあるものには終わりがあります。逆に、始まりのないものに終わりはありません。宇宙でさえ、始まりがあり、終わりがあります。大きくみたらそんなものです。「生まれたら死ぬ」だけは、重力下でモノを落としたら重力の方向に向かって、最終的に物体は吸い寄せられる。と同じです。だからあくまで物理です。シンプルイズベスト ですよね 真理は思っているより単純なのかもしれません。人生は、物理法則 結果は決まっている 旅行と同じものです。じゃぁその旅行を、クルーズで行くのか、徒歩で行くのか、飛行機でいくのか、とげの道を四つ這いで進むのか。人生とはそういう違いです。立ち止まったら、立ち止まったところがゴールラインになります。飛行機で行けば、綺麗な景色を沢山見れる。電車で行けば、そこに住む人達の生活を近くで感じれる 徒歩で行けば、疲れるが進んでいる実感を得ることができる。茨の道では、歩きづらいし、進みづらい そういう違いです。この道を進む行為に意味などありません。目的地にあるのは死のみなんですから。何回も言っている実存主義 自分で自分の人生に意味を見出すという事は、その旅の目的を作るという事です。
>>6329
意味を見出せないのなら生きている価値はないのか。という反駁があると思います。自分の生きることに意味を見出せない。もちろんそういう人も多いでしょう。しかし、「意味が見いだせないから意味がない」というのはまた無知への論証 ここにも論理的誤謬が生じています。生きたい から生きる これでいいんです。生きたい という過程 そこに因果関係を示す「から」 そして結果として「生きる。」これでも十分理由と結果としては正解しています。これはある大学の研究ですが、左脳と右脳を分離した人を用いた実験で、人間はいつ行動に意味付けをしているのか という研究がありました。右耳に「立ってください」と指示した。すると被験者は椅子から立ち上がる。そしたら今度は左耳に問いかけるんです。「なぜ立ったのですか?」すると被験者は答えます。「ジュースを買いたかったからです。」人間というのは時々、意味よりも先に行動します。行動に後から意味付けをする場合もあるのです。「無意味」コスパだとかタイパだとかくだらないことを恥ずかしげもなく標榜する人には理解しがたい感覚かもしれませんが、無意味も需要していいんです。先ほどの実存主義と少し反発しそうな持論ですが、何も矛盾していません。サルトルの実存主義は、「意味がないのなら○ね」などとは言っていないからです。意味は正当化の道具です。結果導出のプロセスです。しかし、正直人間が生きるのにそんなものはいらないんです。もともと賢くはない生き物です。意味を持つ記号の羅列を覚えるのに長い年月をかけて、イルカとたいして変わらない脳のより機能を持っただけの生き物に、自身の存在を正当化もその理由も考える必要はないんです。これを証明するにはプログラム規定説などという悪魔の証明を解く必要が出てきます。
トートに居座る意味はない ことはないです。絶対的な意味は、そりゃないでしょうけど、それを言うならこの世に絶対的意味なんて存在しませんから。じゃぁなぜ意味はないことはない という表現になるかっていうと、それを自分で決めるからなんです。自分で、意味を決める そりゃそうでしょう。目的も用途も違うのに、全員に同じ意味が与えられていた方が怖いです。えぇ。つまり、意味なんて自分で見つければいいんです。テルは実存主義者なんで、そういう考え方を持っています。まぁ有神論じゃでもあるのでなかなか厄介ですけどね 神は形而上のものであって、法則そのものを神とするような考え方が一番無難かな と思っています。まぁいいでしょう。話がぶれましたが、とりあえず、意味は自分で決める物です。それは何事においてもそうで、勉強の意味も、遊びの意味も、なんだったら人生の意味も全部自分で決めます。自身の生きる意味を定義できるのは自身だけですよ。皆さん。第三者が「君の生きる意味はこれだ」というのは、第三者が定義した自身の「価値」なのであって、それは意味ではありません。もちろん価値は意味にもなり得ますが。でも絶対的価値もないので、やはりそれは貴方自身の意味にはなりません。
子供用プールくらいしか深さないけどな
>>1650
🫵😄これで死んだら自○補助でガッツリ有罪やでおめでとう犯罪者!
7年か・・・ トート始めた年に生まれた子が小2になって、当時小6だったのが大人になるくらい・・・

