___負け犬にアンコールはいらない___
ܰ 前世 ܱ
目の前には箱が在る。
掌に収まるほどの、角の取れた立方体で、
中に何が入っているかは見当がつかない。
足で突き転がしてみると、何かの音が聞こえた。
もう一度転がして耳を欹てると、凛とした鈴の音が残響して、確かに鳴っている。
やけに淀みのない音がしていた。
成る程、どうやら箱には鈴が入っている。
箱ならば、当然蓋が有る筈だ。足で転がして隅まで確認するものの、
どうも蓋が開くような仕掛けは見つからない。
口を開き、箱に歯を突き立て、力を込めて噛り付く。
開かない。開かないのでまた齧る。
齧るたびに鈴の音が鳴り、それがまた期待感を煽る。
これほどに良く鳴る鈴だ。
存外見て呉れも素晴らしいに違いない。
噛り、齧り、転がし、噛り、鈴が鳴る。鈴が鳴ればまた齧り付く。
齧れば鳴る。
どれ程の時間が経っただろうか。
頑として箱は開かず、あれだけの力を込めたのに傷一つ表面に残してはいない。
このままでは悪戯に顎を疲弊させるだけだ。
漠然とそう思った。
ようやく諦めのついた頃、下げた目線の先に砂で汚れた前足が目に入った。
ふと、自分が人間だった頃のことを思い出した。
ܰ 落下 ܱ
最近、よく夢を見る。
夢の中で自分は一匹の夜鷹だ。
高く、遠くへ飛びあがろうとするも、ある時は雲を抜けた辺りで、
ある時は月にも触れそうな頃に、羽ばたく腕はついに力尽き、下降を始める。
逆さまの地平線と鱗雲を、夕日が赤く染めている。
その直前に、僕は盲目の少年で、いつか聴いた歌を口ずさんでいる。
頬を撫でる夏の風と、世界に溢れた音だけを頼りに街を歩く。
歩き疲れて腰を下ろすと、如何してか私は、妙に覚えのある停留所に座っている。
抱えているものは何だろうか。
蓋のない箱のようだ。ただただ四角いだけの箱。
ならば、中身はなるべく庸俗でない方がいい。
爆弾でも入っていることにしよう。
顔を上げると、視界に入るのは椅子だけが二つ置かれた部屋だ。
立ったまま、目の前にいる誰かと、二人で、何か大事な話をしている。
何処か全てを懐かしく憶う。
きっと、此れらは前世の記憶だ。
長く、深い眠りについた先の夢の中で、僕はただ、遠い過去の自分を垣間見ている。
今ここにいる僕も、いつか誰かの前世となるのだろうか。
夏の匂いがする。
ܰ 夏、バス停、君を待つ ܱ
ただ夢を見ている。
目には見えない何かが、少しずつ夏草の陰に隠れていく。
そんな夢を見ては、早く生まれ変わりたいと零している。
そればかりが頭にある。
鼻の効く生き物なら何でもいい。
誰を探していたのかも、もう覚えていない。
それでも見つけなければと、
もう一歩だけ歩かなければと、そればかり考えている。
箱の開く音がする。
そんな夢を見ている。