___負け犬にアンコールはいらない___

6 2021/09/19 08:14

‎ ‎ ‎ܰ 前世 ‎ ܱ

目の前には箱が在る。

掌に収まるほどの、角の取れた立方体で、

中に何が入っているかは見当がつかない。

足で突き転がしてみると、何かの音が聞こえた。

もう一度転がして耳を欹てると、凛とした鈴の音が残響して、確かに鳴っている。

やけに淀みのない音がしていた。

成る程、どうやら箱には鈴が入っている。

箱ならば、当然蓋が有る筈だ。足で転がして隅まで確認するものの、

どうも蓋が開くような仕掛けは見つからない。

口を開き、箱に歯を突き立て、力を込めて噛り付く。

開かない。開かないのでまた齧る。

齧るたびに鈴の音が鳴り、それがまた期待感を煽る。

これほどに良く鳴る鈴だ。

存外見て呉れも素晴らしいに違いない。

噛り、齧り、転がし、噛り、鈴が鳴る。鈴が鳴ればまた齧り付く。

齧れば鳴る。

どれ程の時間が経っただろうか。

頑として箱は開かず、あれだけの力を込めたのに傷一つ表面に残してはいない。

このままでは悪戯に顎を疲弊させるだけだ。

漠然とそう思った。

ようやく諦めのついた頃、下げた目線の先に砂で汚れた前足が目に入った。

ふと、自分が人間だった頃のことを思い出した。

‎ ‎ ‎ܰ 落下 ‎ ܱ

最近、よく夢を見る。

夢の中で自分は一匹の夜鷹だ。

高く、遠くへ飛びあがろうとするも、ある時は雲を抜けた辺りで、

ある時は月にも触れそうな頃に、羽ばたく腕はついに力尽き、下降を始める。

逆さまの地平線と鱗雲を、夕日が赤く染めている。

その直前に、僕は盲目の少年で、いつか聴いた歌を口ずさんでいる。

頬を撫でる夏の風と、世界に溢れた音だけを頼りに街を歩く。

歩き疲れて腰を下ろすと、如何してか私は、妙に覚えのある停留所に座っている。

抱えているものは何だろうか。

蓋のない箱のようだ。ただただ四角いだけの箱。

ならば、中身はなるべく庸俗でない方がいい。

爆弾でも入っていることにしよう。

顔を上げると、視界に入るのは椅子だけが二つ置かれた部屋だ。

立ったまま、目の前にいる誰かと、二人で、何か大事な話をしている。

何処か全てを懐かしく憶う。

きっと、此れらは前世の記憶だ。

長く、深い眠りについた先の夢の中で、僕はただ、遠い過去の自分を垣間見ている。

今ここにいる僕も、いつか誰かの前世となるのだろうか。

夏の匂いがする。

‎ ‎ ‎ܰ 夏、バス停、君を待つ ‎ ܱ

ただ夢を見ている。

目には見えない何かが、少しずつ夏草の陰に隠れていく。

そんな夢を見ては、早く生まれ変わりたいと零している。

そればかりが頭にある。

鼻の効く生き物なら何でもいい。

誰を探していたのかも、もう覚えていない。

それでも見つけなければと、

もう一歩だけ歩かなければと、そればかり考えている。

箱の開く音がする。

そんな夢を見ている。

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暮らし2021/09/19 08:14:55 [通報] [非表示] フォローする
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