オムニバス形式小説SHORTS フォールスな副業
《フォールスな副業》始まり始まり〜
本編↓
1
「申し訳ございません!」
東京の街中にそびえ立つ一つの会社、「村上商事」の部長室にそんな声が響いた。
「一体何度言ったら分かるんだ!一回ならいいが、この前も同じミスをしてただろう?」
また始まった…
謝りながら、中多は心の中で溜息をついた。
今回のミス、実は係長の指示通り作ったものが原因なのだ。
自分のせいではない、と何遍も主張した。
でも部長はまったく信じようとせず、係長はひたすらとぼけた。
「誠に申し訳ありません!」
「黙りなさい!キミの謝り方は見ているだけで腹が立つ!」
なんで謝って怒られないといけないんだよ?
中多は心の中で突っ込んだ。
部長の頭を見る。
バーコード頭は蛍光灯の光に反射し、キラキラと眩しく輝いていた。
いつでもこの頭を見れば口の端が笑いを堪えるためにヒクヒクしてしまう。
そんなことを考えている内に、中多はいつのまにか部長室を出ていた。
「あれ、中多、またお小言か?今度は何をしでかした。」
「係長の指示通り資料を作って、部長に出したら怒られた、それだけさ。」
「ハハ、それはとんだ災難だね。」
背後から話しかけて来たのは、同僚、遠藤だ。
「また煽りに来たか。」
「そんなバカな、俺は朗報を持ってきてやったんだぞ?」
遠藤はそういうと、スマホを取り出そうとした。
だが中多はそれを制し、言った。
「待て、話は昼休みに聞く。仕事中だぞ今は。」
中多は時計を指して言う。
「ああそうだったな!じゃあ頑張れよ。」
遠藤はそう言って去っていった。
数分後、中多がパソコンから顔を上げると、もう昼休みの時間だった。
大きく伸びをしていると、いきなり遠藤が背後から肩に手を置いてきた。
「うわっ、びっくりした。」
「昼休みだぞ、話を聞け。」
聞きたいのは山々だったが、人間たるもの、ご飯を食べなければ生きていけない。
俗に言う、「腹が減っては戦ができぬ」というやつだ。
「まてそう焦るな同僚、メシを食いながら話そう。」
「同僚じゃなくて遠藤。」というツッコミを無視して中多は続けた。
「ほらここ、ここにあるんだけど。」
「ここ?何が『ここ』にあるんだ。」
コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら中多が聞くと、遠藤は驚きの表情をして言った。
「何がって、副業を受けれるとこがあるんだよ。」
中多は遠藤が差し出したスマホの地図を見た。
赤いピンが刺さった場所の名前は、「偽りのカフェ」。
明らかに怪しい。
なぜかというと、「偽りのカフェ」があるところは、ビルなのだ。
怪しいオーラが溢れでている。
普通なら、ビルの中に隠して建てなくても、堂々と店を出すはずだ。
「いやこれ絶対詐欺だろ。」
「おいおい何言ってる、ここは信憑性100%だぞ?」
「お前こそ何言ってる。どうしてそんな言い切れるんだ。」
すると遠藤は誇らしげに胸を張って言った。「なぜかと言うとだ、俺が試しにやってみた。そしたら、むっちゃよかった、それだけだ。」
「それだけだろ。あと語彙力どうにかしやがれ。」
「アンタは口を慎め。」
「おい。」
「とにかく、ここのホームページ送っとくから見てみな、絶対やりたくなるから。」
遠藤はそう言ってそそくさと昼食を買いに行ってしまった。
中多は椅子に背中を預けて溜息を吐いた。
本当に信じられるだろうか。
そして、中多には一つ不安なことがあった。
「あいつ、間に合うのか?」
中多の見つめた先にある時計は、昼休み終了の5分前を指していた。
2
仕事終わり、遠藤は真っ先に中多の方に来た。
「どうだ?やる気になったか?」
「ホームページ見てるわけないだろ。」
「あ、それもそうだな。」
中多は遠藤から送られた「偽りにカフェ」のホームページを開いた。
デザインは、白と黒を基調としており、なかなかにしゃれている。
活動内容に目をやると、不可解な内容が書かれていた。
「『活動内容は一つだけ、副業していることを他人に知られないようにするだけです。』?どういうことだ?」
中多が言うと、遠藤は当たり前のことかのように言った。
「最初はヘンに見えるけど、ホント単純、副業してることを他人に知られなきゃいいってわけ。」
「失敗したら?」
「給料が9.5割減る。」
「うわあハイリスク。」
「でも成功したら2000円。」
「うわあハイリターン。」
まさにハイリスクハイリターンである。
隠し通すことができれば2000円とかなり大きい。
それを毎週成功させれば、かなりの額になる。
ひょっとしたら会社より稼げる。
だが、失敗すれば約210円。
そんなことになれば、夫婦共々破産である。
中多はゴクリと唾を飲んだ。
「さあどうする?」
「行く。」
「ようし、なら店に行くぞ!」
中多は遠藤の行った道の後をついて行った。
さて、どう隠し通すか…
3
遠藤について行くと、あるビルについた。
遠藤が地図で赤いピンを指していたあのビルだ。
おそらくこの中に「偽りのカフェ」はあるのだろう。
不自然に風が吹き始めた。
その一つ一つは冷たく、まるで二人の元気を掻っ攫っていくようだった。
震える足を抑え、遠藤は足を一歩前に出す…
……いやいや、なにこの緊張感!?聞いてないって!
中多は心の中で叫び、天を仰いだ。
明らかに只者でない感じのオーラするんですけど。
え、ここヤクザのアジト?
ヤーさんの匂いがプンプンするよ?遠藤さーん?
そう思いながらビルのエレベーターに乗り込んだ。
チーンと音がなり、ドアが開く。
そして目に前にあったのは、これまた小洒落たお店だ。
遠藤がドアを開けると、来客を知らせるベルが鳴った。
さすがは店名が「偽りのカフェ」なだけある。
中には、いかにも紳士といった感じの男性と、女性がいた。
どちらも、ウエイターのような格好をしている。
「ああ、これはこれはいらっしゃいませ、お客様。」
「どうも、僕たち、仕事を貰いたくて。」
「分かりました、それでは明日から始めていただいてよろしいでしょうか。」
「はい。」
「かしこまりました、それではおやすみなさいませ。」
紳士はそういうと、まるでお手本のようなお辞儀をした。
店を後にすると、遠藤が口を開いた。
「じゃ、明日からがんばろうぜ。」
「あれだけなのか?もっと手続きみたいなのは…」
「あれだけさ。あと、一日に一回店から電話がかかってくる。それさえバレなければオッケーだ。でもかかってくる時刻は不明さ。」
「そうか…」
妻に見つかったとしても、事情を説明すれば大丈夫そうだ。
さて、明日から頑張るか…
4
翌朝、俺、中多は目覚めた。
今日から例の副業が始まるのだ。
気を抜いてはいけない、特に、電話に。
一日一回の電話がバレなければとりあえず安心だろう。
「おはよ、今日は休みなのに早いね。」
「ああ、たまにはね。」
妻、美亜が驚きの声を漏らした。
いつもなら10時ごろにしか起きてこないためだろう。
時間はどんどん過ぎていった。
他愛もない話をしながら朝食を食べ、テレビ番組を眺め、昼食を食べる。
今まで一切電話はかかってこなかった。
こないのかな…
そう思った途端だ。
スマホに着信がかかった。
「もしもし。中多です。」
「もしもし、こちら「偽りのカフェ」です。」
キ、キターーーー!
俺は心の中で叫んだが、表情はもちろん真顔だ。
相手は女性の店員だ。
「すいません、敬語じゃなくていいでしょうか。」
小声で言うと、厳しい返事が返ってきた。
「ダメです。」
う、たしかにそうだよな…
「何のようですか。」
「一日一回の確認電話です。」
「わかりました、ではさよな________」
「待ってください。」
「はい?」
なぜか引き止められた。
少しの沈黙のあと、あの店にいた紳士らしき人と相手が変わった。
「それでは、今日の朝から順に、今日の出来事を言っていただいてよろしいですか?」
「えっ。」
これは長くなりそうだ。
すると________
「誰と話してるの?」
美亜が話しかけてきた。
これはマズイ。
「か、か、会社の、えー、社長だよ。」
スマホを高いにあげて言った。
これがさらに怪しさを増したのか、美亜はもっと寄ってきた。
「じゃあなんでそんなに手をあげるの?」
「いや、これは、その…」
美亜が手を伸ばすが、背は俺の方が上である。
美亜の手は俺の手の少し下に止まっていた。
これで大丈夫だ、と安心したそのとき、美亜は、驚異のジャンプ力で俺のスマホを奪い取った。
おい、お腹に赤ちゃんいるんだよな?
そして美亜はスマホを耳に当てて話した。
「誰ですか?」
「はあ…」
俺の気分は落ち込んだ。
今週の給料、210円だよ…
その後、なんとか説明をして、分かってもらった。
今回でこの副業の難しさがよく身にしみた。
だが噂によるとあの店は閉店したらしい。
理由は、最低賃金を支払っていなかったため、だとか…
みんなも、怪しい副業には注意してね!
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