なんでも屋、始めました!
―ジリリリリ
5月の朝、うるさい目覚ましの音で目が覚めた。眠たい目を擦りながら、目覚まし時計を確認する。
「まだ6時じゃないか……」
俺はそう呟き、隣の布団を見た。そこには1人の男が心地よさそうに眠っていた。その男は白くて長い髪を後ろで束ね、黒くて可愛らしい角を尖らせていた。そんな彼の名前は風月紫庵(ふうづきしあん)という。俺は紫庵を起こさないように、そっと自分の布団を畳んだ。
俺は寝室を出て、食堂へと向かう。するとダイニングテーブルには、金髪が目立つ京本弥生(きょうもとやよい)が優雅にコーヒーを飲んでいた。
「おっ!さっちゃん、今日は早起きだね〜!」
「弥生さんはいつも早起きですよね」
俺は弥生さんの隣に座る。俺の名前は花条咲久(かじょうさく)。みんなからは〝さっちゃん〟と呼ばれている。俺はこの家の主だ。この家は、昔親父が調子乗って買った別荘。使わなくなったから、今は俺が主としてシェアハウスをしている。この家には、俺含めて4人住んでいる。
俺、紫庵、弥生さん。もう1人は五月雨ジョージ(さみだれじょーじ)。黒いうさぎ耳が特徴だ。
俺は弥生さんとコーヒーを飲みながら、世間話をする。
「ねえ、さっちゃん。最近どう?紫庵くんと」
「どうって……。楽しいですけど、紫庵と仕事」
俺は先月、紫庵と一緒に仕事を始めた。その仕事とはいわゆる〝なんでも屋〟。きちっとした仕事が苦手な紫庵のために、俺が作った。
客は1日に3人くらい。結構ハードな依頼も多く、案外疲れる。
「弥生さんはどうなんです?社長をやるとかなんとか……」
「ふふっ……。上手くいってるよ、色々と」
弥生さんは見た目とのギャップが凄い。金髪とピアスで一見チャラそうに見えるが、本当は凄く真面目で社長を務めるほど。
「ジョージくんはどうなんだろうね」
「さあ……。ジョージのとこは俺にもさっぱり……」
ジョージには謎が多い。昼頃から家を出て、俺達が眠る深夜に帰ってくる。ジョージは何の仕事をしているかさえ分からない。
「なになに?ぼくの話?」
そう後ろから話しかけてきたのは、ニヤリと笑うジョージだった。
「おう。ジョージって何の仕事してるのかなーって」
ジョージは眉毛をピクリとさせる。
「それはねえ……、企業秘密だよ!」
「……そうかよ」
このように、ジョージは俺達に何も教えてくれないのだ。
「そういえばジョージ、また絆創膏増えた?」
ジョージはいつもどこかに絆創膏を貼っている。ジョージ曰く、よく転んで怪我をするらしい。
「そう……?あ、そんなことより紫庵起こさなくていいの?時間やばそうだけど」
俺は時計を見る。
「え……?やべっ……!」
―俺は急いで紫庵を起こす。
「おい!紫庵起きろ!!」
紫庵はとろんとした目で俺に訴えかける。
「もっかい寝ちゃだめですか……?」
「だめ!!」
―俺達は、なんでも屋の準備を始める。
「さっちゃんさん、ネクタイ曲がってますよ」
「本当だ。ありがとな、紫庵」
なんでも屋には、制服がある。この制服は、弥生さんが手作りしたものだ。俺は白のシャツに黒ネクタイ。紫庵は黒のシャツに白ネクタイ。この制服には、夏用と冬用があり、いつでも着られるようになっている。
「あ、時間やばい……!」
気づけば、いつも家を出ている時間だった。
「さっちゃんさん、行きましょう!」
―――
「あのー……」
「ん、なんだ?」
俺達の職場、なんでも屋は広々としたログハウスだ。これも弥生さんの手作り。こんな立派な建物も、軽々作ってみせるのが弥生さんだった。
……そんなことは置いといて、今はこっち。
結局俺達は遅刻してしまった。だが、朝イチからくる客も少なく、俺達2人でやってる店なので、少し遅れたくらいでは特に問題はなかった。そのため今は、紫庵とまったりしていた。その時、紫庵が俺に話し掛けてきたのだった。
「すみません……!遅刻しそうだったので、髪が結べていなくって……」
「お、おう……。今結べばいいんじゃないか……?」
紫庵が俺と目を逸らす。なにか言ってはいけないことを言ってしまったか……、と不安になる。すると、紫庵が予想外のことを言った。
「さっちゃんさん、私の髪を結ってくれませんか?」
「お、俺が?」
一紫庵の髪、綺麗だなあ。紫庵の髪をときながらそう思う。
「私、1回さっちゃんさんに髪を結って欲しいと思ってたんですよ!」
「な、なぜ……?」
「さっちゃんさんって、お洒落じゃないですか!」
その言葉に少し照れる。でも弥生さんとかの方が、髪を結うのは得意そうだけどな……。
「はい、できたよ」
俺は紫庵の髪を、高い位置で1つに結んだ。
「わあ……!ありがとうございます!これからはずっと、さっちゃんさんに髪を結ってもらいたいなあ……」
「言うほどか……?」
「はいっ!」
俺は紫庵の顔を見て、なんとなく笑顔になった。
―――
客がやって来た。薄い桃色の髪を靡かせた女性は、一言俺達に言う。
「あの、ここはなんでも屋と聞いたんですが……」