【小説総選挙】多重夢、明晰夢

　純白の廊下にて、少女が目を覚ました。

　「うぅん…ふわぁ、あれ？」

　見知らぬ、不気味な場所に少女は困惑する。しかしすぐに納得したように頷いた。

　「夢ね、これは夢。よくあることじゃない」

　少女は夢を見ているとき、自身が夢を見ているということを認識できるタイプの人間だった。今の状態が夢であると判断した少女は改めて周りを見渡す。真っ白な廊下、何もない虚無と言うべき空間。

　「とりあえず進むかぁ」

　少女は白い廊下に歩みを進めた。

　廊下には色々なものが放置されていて、廊下を進むにつれてそれらの数が増えていくことに少女は気づく。

　おもちゃの汽車、音がなる玩具、ベビーカー、背負紐。どれも赤ちゃん関連のものだった。

　更に進むと赤い扉があり、リコーダー、ランドセル、好きだったアニメの筆箱が扉を囲うように置かれていた。少女懐かしさを感じて微笑んだ。

　少女が扉を開こうとすると、木がが軋む音が響き、扉が勝手に開いた。

―――――――――

　桜の花びらが舞う中、子供が小学校の前で親に泣きついている風景が広がっていた。

　「やだぁ！ママとはなればなれやだぁ！いっしょにきてぇ！」

　「こらぁ千佳、ママが困ってるぞ。大丈夫、友達もたくさんできるから、頑張っておいで」

　「そうよ、千佳。友達ができるの楽しみって言っていたでしょ？」

　「でもぉ、しんぱいだよぉ！こわいよぉ！」

　「ははは、大丈夫さ！千佳は優しいから自然に友達はできるさ」

――――――――――

　再び軋む音がしたと思うと、すぐさま扉は閉じてしまった。

　「これ私だ…」

　少女はポツンと呟いた。

　少女、千佳はまた更に奥へと進んでいった。自分の意思とは関係なく、導かれるように。

　奥へ奥へと進んでいくと、廊下の色はくすんだ灰色になっていき、破かれたノートや鋏、水の入ったバケツや暴言が書かれた紙が置かれるようになった。

　「また扉……」

　次の扉は不思議な扉だった。黒い扉だったが、中心にかけて白くなっているように感じた。

　扉が開く。

――――――――――

　「………」

　小学生中学年だろうか。女の子が机を泣きそうな表情で見ていた。鉛筆やマジックで書かれた暴言の数々。机の上に置いてあった紙切れには『先生が来るまでに消しとけよ』と書かれていた。

　「……っ」

　泣きそうになるのを堪えて女の子は消しゴムを動かす。背後からはクスクスとできる限り声を出さないように笑っている声が聞こえた。

　机から落書きを消しきった直後、女教員が教室に入ってきてHRを始めた。出席確認をした後、先生はハキハキとした声でみんなに声をかけた。

　「今日はみんなに嬉しいお知らせがあります！なにかわかる人！」

　先生の元気のいい呼びかけに、クラスで人気の□□が答えた。

　「転校生！」

　「正解！今日から新しいお友達が来るの。さぁ入ってらっしゃい」

　金属とゴムが擦れる音がして扉が開き、転校生が入室する。大抵、転校生というものは緊張している。しかし彼から緊張は感じ取れない。ただ『冷めている』、そういう印象だった。

　転校生は男の子で身長が高かった。　

　「江口君、自己紹介を」

　「江口陽一です。バスケが好きです。よろしくお願いします」

　人気者集団を中心に乾いた拍手の音が聞こえた。女子は転校生の見た目について話している。男子は身長が高いこと、バスケが好きな事について話していた。私はいつも通りの一人ぼっち。

　「じゃあ江口君も新しくクラスの仲間になったわけだし、席替えをしまーす！」

　先生がそう言うと、どっと言葉の嵐が巻き起こった。男子の中には嬉しさのあまり、大きな声で奇声を発している者もいる。

　先生は生徒なだめて席につかせると、くじを持って皆の席を回った。

　女の子は憂鬱だった。今の席は比較的いじめっ子から距離が空いていて、授業中に嫌がらせを受けることはなかったからだ。近づいてしまったら状態がさらに酷くなってしまう。

　(11番、11番)

　くじに書かれていた番号を確認し、女の子は荷物を持って11番の席に向かう。机に荷物を入れていると軽く肩を叩かれ、女の子は驚いて少し声を出してしまった。

　「わっ」

　「おっと！はは、驚きすぎだよ。俺もびっくりしちゃったよ」

　転校生―江口君―だった。肩を叩いた人物がいじめっ子ではなかったことに女の子は安堵した。

　「番号11？俺5番なんだ。これから隣だね。よろしく。ところで君名前は？」

　「う、うん。松田千佳だよ。よろしく…」

　転校生だから人集まるよなぁ、そんなことを考えながら女の子、千佳は返事を返した。

　昼休み、案の定江口の机に沢山の人が集まった。男女問わず他のクラスからも沢山の人が来た。千佳はゆっくりとその場を離れ、教室の隅でお弁当を食べた。

　帰りのHRが終わり千佳は1人で帰路についていた。

　先生には間違って溢したと伝え誤魔化した、べっとり墨を塗られたランドセルを背負い、悲しそうに重い歩みを進めていた。すると――

　「おーい」

　江口君が走って近づいてきた。家の方向が同じなのかな。

　「1人で変えるなら一緒に帰ろうぜ。隣だから仲良くなりたいし」

　「でも江口君家の方向大丈夫？まっすぐ帰らなくて」

　千佳は正直彼との会話が面倒くさかった。人と話すのはそこまで好きじゃなかった。

　「俺？大丈夫大丈夫！走るの得意だからさ。あとこの先の公園の近くだしこの方向なら家との距離はそこまで離れないでしょ」

　「え！？公園ってよもぎ公園？私もそこの近くだよ？もしかして江口君の家ってこの前工事してた青い屋根の家？それなら隣だよ」

　「マジで！？じゃあこれから一緒に帰らない？」

　「う、うん…」

―――――――――

　ここで白い扉は閉じた

　(これやっぱり……)

　千佳は扉が自分の思い出だということを確信した。

　(確か江口と一緒に帰ったり遊ぶようになってからいじめはなくなったっけ。あいつ様々だな)

　千佳はまた進みだした。

　暫くは何もなかった。しかしトランペットや参考書、写真や卒業証書から時がかなり経ったことは分かった。

　更に進んでいくと黄色い扉があった。周りは靄でよく見えない。

　扉が開いた。

―――――――――

　「陽一、期末大丈夫？全教科20点以上取れる？」

　カフェだろうか。高校生になった千佳が陽一に笑いながら話しかけていた。

　「んんん…まぁだいぢょうふっしょ」

　陽一はフレンチトーストを頬張りながら答えた。

　「なんでそんな楽観してんの？あんた生物以外ボロボロじゃん。今だってだいぶピンチじゃないの？」

　陽一はうつむいて何も言わなくなった。

　「え？陽一？どうしたの、おーい？もしも―――」

　「千佳」

　もしもーし、と言おうとした千佳を遮り陽一が話しだした。

　「なによ」

　「なんで『ピンチはチャンス』って言うか知ってる？ピンチの時に人間は真の全力を出せるからだよ」

　陽一は真剣に千佳に伝える。

　「え？なにそれ。今考えたの？」

　「そうだよ」

　陽一は少しニヤついて答えた。やはり真顔は演技だったようだ。　

　「はは！なにそれ哲学者みたいじゃん。でもこんなアホな哲学者いないか」

　「え？酷くない？」

　千佳は口を隠しながら笑い、陽一も釣られて笑い出す。

　「でも本当だと思うよ。俺だって課題とかテスト勉強は当日の朝が一番捗るし、あれ、何だっけ…そうそう走馬灯！最大のピンチの時に時間がゆっくり流れる感じがするってやつ。あんな感じ」

　「あのねー陽一、課題とかテス勉は朝やるもんじゃないし、走馬灯はあれだよ？死ぬ直前に自分の人生が断片的に流れるってやつ。てか見えた時点でほとんどアウトだから」

　「た、確かに！」

　「もぉ陽一バカすぎだよ。ふふふ！」

　他愛もない会話。二人は幸せそうだった。

　「じゃぁ今度走馬灯見えた時、動けるか実験してみるよ」

　「陽一はいつも見てるんじゃないの？課題忘れを鬼奴に言いに行くとき」

　「あ、それはひどいぞ！」

　「ははは！」

　ここで靄がかかり、場面は暗転した。

――――――――

　「陽一！大丈夫！？」

　千佳が必死の形相で部屋に入ってきた。病室のようだ。

　「あ、千佳。大丈夫だよ。なんとか」

　「走馬灯の話しして2時間もしないうちに車に跳ね飛ばされるって何してんの！？本当に心配したんだから！」

　千佳は半分泣きながら言った。

　「ははごめんごめん。相手の車にサイドブレーキがかかってなかったみたいでさぁ。こう、ビョーンって感じで飛んでっちゃったよ。幸い打ちどころは良くて腕と足が折れただけだから」

　「あんたこの前の試合終わったからってボケーってし過ぎなのよ！全く……」

　千佳は涙を拭って、他人事のように話す陽一に呆れていた。

　「あと千佳、やっぱり走馬灯が流れると動けないんだね」

　「え？あんた見たの？」

　「あぁ、なんか引っ越す前の家が見えて、その後にじっちゃんとばっちゃん達、俺の親父と母ちゃんが思い浮かんで最後は………」

　ここで陽一は黙ってしまった。

　「もしもーし？もしかして『昨日見た美人なお姉さん』とでも言おうとしてるの？本当に馬鹿なんだか―――」

　「好き」

　「へ？」

　「千佳のことが好きなんだ。友達としてじゃなくて、それ以上に……」

　突然のことに千佳は呆気にとられてしまった。陽一は恥ずかしいのかベッドの上で体をよじらせる。

　「轢かれたときにさ、本当に走馬灯が流れたんだけどほとんど千佳のことだったんだよ。家族が3割ぐらいで残りが、そう。それで気づいちゃってさ、千佳のことが好きだって。楽しそうに笑ってる君が好きだって」

　陽一はまっすぐ千佳を見て言った。千佳はまだ呆然としている。

　「すぐじゃなくていいから、返事。今度会う時にさ、返事ちょうだい」

　陽一は顔を赤らめながら千佳に言った。千佳は何もないところを見つめながらコクンっと頷き、ふらふらとよろめきながら病院を出た。今一番入院すべきは千佳自身だろう。

　家へ帰る道の途中、千佳はずっと考え込んでいた。

　(あいつが私のことが好き？？エイプリルフール？いやいやもう12月、いくらあいつでもそこまで馬鹿じゃない。なら………)

　陽一のことを考える。一緒に帰ったこと。からかわれていた時に助けてくれたこと。二人で海に行ったこと。応援に行った試合でシュートを決める陽一がかっこよかったこと……

　(あれ？"かっこよかった"？)

　気づいたら千佳頭の中は『陽一のいいところ、かっこいいところ』で埋め尽くされていた。

　信号が赤信号に切り替わる。立ち止まった千佳はうずくまり、絞り出すように呟いた。

　「あいつ……好きになっちゃったじゃん……」

――――――――――

　扉が閉じた。

　扉が閉じたあと、夢の中の千佳も顔を真っ赤にしてうずくまっていた。自分自身以外誰もいない夢の中なのに、声を抑えようとして声にならない声を出した。

　体感で5分くらい経った後、落ち着いた千佳は先を見る。しかし、その先には先ほどとは異なり廊下はなく、扉が一つあるだけだった。

　千佳が扉を開けようとしたノブに手をかける。扉が音を立て開き、先の景色が見える刹那、千佳はあることを考えていた。

　（陽一が引っ越してこなかったら私どうしてたんだろう）

　（家族にはどうやって伝えようか…）

　（改めて思うと陽一ってイケメンだなぁ。よく今まで彼女いなかったな。アホだからか）

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　（私、あの後どうしたっけ）

　扉が開く。

なにかが砕けるような鈍い音と、誰かの叫び声が聞こえた気がした。