産移ツギハギ細工・産移屋に聖夜来たる(1)
パッチワーク形式の小説もどき、初回はスノーステッチでお送り致します。
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「ねえねえ、ソラ、サンタさん、ちゃんと来るかな?」
「全く何度目だ…大丈夫、ちゃんと来るよ。」
「ここ、煙突ないけど、来る?」
「来る。」
「どうやって?」
「だから、来るったら来るってば!」
これは九歳と三十五歳の会話である。
…サンタさんが来るかどうか心配しているのが三十五歳、来ると答えているのが九歳である。
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港の駅から一駅戻り、少し歩くとある通り。治安が良いとはお世辞にも言えないが、別に凶悪犯が潜んでいるわけではない。道端で素行の悪い学生がたむろしていたり、スリが多発する程度だ。
その通りにある時計屋の上には、目が眩むほど鮮烈なスカイブルーが乗っかっている。建物の二階部分だけ恐ろしく鮮やかに塗ったのだ。
そこの看板には、なぜかHGP行書体でこう書いてある。
なんの説明もなく、ただシンプルに、『産移屋』と。
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矢部翔は絶句していた。
一面銀色に輝く怪しすぎる扉を叩いて、中から子供の声がした時点でおかしかった。だが、これは想像以上だ。
まず内装がしっかりクリスマスなのだ。外から見れば近未来、中に入れば温かい色の照明。壁を彩るライト。天井近くまであるクリスマスツリー。…扉の外にもクリスマスを取り入れるという発想はないのだろうか?
「お客様、本日はようこそお越しくださいました。」
目を閉じてぺこりと一礼するのは、十歳ぐらいの子供。ワイシャツにネクタイが異様に似合っている。
「あ、あの…えっと…」
「ん…? ああ、すみませんね。ここはスタッフ募集の際、自由な空気を売りにしていまして。」
子供が示すのは部屋の向こうの大人二人。真緑に染めたものの色落ちしてきた髪の女性が、白い長髪の中性的な方を大乱闘ゲームでボコボコにしている。
…いや、そこもだいぶツッコミどころがありそうだけど。
「あの、そうじゃなくて…まあそこもそうですけど…き、君、子供だよね…?」
「はい、ですがご安心ください!この中では一番大人です。」
外壁に負けず劣らず鮮やかな瞳でそう言われ、諦めの境地に達する。
「…そっか。じゃあ、依頼があるんだけど良いかな?」
「はい。もしかして、心中の事ですか?逃げた恋人さんを探して欲しいと?」
え?
いとも簡単に言い当てられ、頭が真っ白になる。
「な…なんで?」
なんで。どうして。
…そうだ、俺の罪は?警察に通報されるのか?嫌だ。そんなの嫌だ。ナナだって、結婚できないぐらいなら俺と死にたいって…
子供が冷め切った瞳で俺を見る。青いホログラムのスマホを取り出し、その画面を見せる。…俺が書き込んだ掲示板だ。
「『彼女と心中しようとしたら逃げられた。彼女はトイレに逃げ込んで、開けようと十円を取って戻ってきたら彼女は消えていた。誰か助けてください』…最近入ったスタッフの力があれば、掲示板のIPアドレスから個人情報に行き着くぐらいは容易い事です。余計なお世話かもしれませんが、匿名だからって何でもかんでも気軽に書き込むのは危険ですよ?」
なっ…
「ち、違うんだ、ナナは、菜々緒は、俺の事を愛して…」
「大丈夫、通報なんて事はしません。ナナオさんの事は、産移屋にお任せください。必ず会わせて差し上げます。」
途端に優しい目つきになって、パンパンッと小さな手を叩く。
「リク、仕事だ。まちこさんもそろそろお店に戻られたらどうです?無人の時計屋に困惑して地図を確かめている人がいましたよ。」
子供がクイっと顎で窓を指すと、緑髪の女性が渋々立ち上がって階段を降りていく。なるほど、一階に誰もいなかったのはそういう事か。
白髪もこっちに来た。でかい。かなりでかい。眼帯とクマのせいで完全にそっちの人だ。
糸目をキュッと不快そうにして、子供に尋ねる。
「ねえソラ、この人が、彼女を殺人未す…」
「こら、お客様に失礼だろ!」
二人の身長差は六十センチほどあるので、ソラと呼ばれた子供はリクにしゃがめと言ってから額をを弾く。リクはしょぼんと大人しく弾かれている。
…なんだか力の抜ける光景だ。
ソラは俺と机を挟んで向かい合って座り、リクがその横に立つ。
「それでは心中の際、ナナオさんはどんな様子でしたか?なるべく詳細にお願いします。」
「…俺が一緒に死のうって言ったら、ナナは嫌がりました。さっきまではうんって言ってたのに、裏切って…!」
「それはお辛いでしょうね。」
「もうロープは買ってきたからって近づいたら、あいつはリビングから廊下に逃げて、玄関のドアをガチャガチャ開けようとしたんです。」
「なるほど、あの日はものすごい強風でしたからね。ナナオさんほど華奢な女性では、いくら力んだところで開けるのに数秒はかかる…そして一般的な家屋の廊下の長さなら、その数秒もあればナナオさんに追いつける。」
「はい、それであいつはトイレに駆け込んで…コインで開くタイプだったのでリビングに財布を取りに行って、戻ってきて開けたら…」
「ナナオさんはいなくなっていた、と。」
「はい…それで、二日ぐらいどうするか考えたんですけど、警察にも行けないしネットに頼ろうと思って。そしたら通報通報イッチやべーぞの嵐だったんですけど、何人かが『ウミウツシヤ』を教えてくれて…」
「ふむふむ、それでここに来たと。ありがとうございます、十分です。」
ソラは立ち上がり、扉を開けてついてくるようにと言う。
「いや、これだけで見つけられるわけ…」
「大丈夫、ソラは、嘘つかないから!」
後ろからもリクに笑いかけられ、怪しみながら螺旋階段を降りていく。なんだか踏み板の付け根が細いので不安になる。
下の時計屋に着くと、接客中のまちこさんがこちらを向いてニコリと会釈する。浅くお辞儀を返して、案内されるがまま店の裏へ行った。
…妙に快適そうなガレージと、俺たちがはっきり移るほどピカピカに磨かれた黒い車にバイク。そして人が二人いた。一人はゴーグルにボサボサした髪、作業用つなぎの不機嫌そうな少年で、もう一人は顔を黒い布で隠したスタイルの良い女性だ。全身ピッタリとした黒い服なので、目のやり場に困る。
「…何なんですか、ここは…?」
「まあ、スペースの割にはたくさん人が居ますよね。皆さん驚かれます。」
「え、全部で何人?」
「我が産移屋は相応の対価がある限り何でも致しますから、人員はそこそこいます。」
…そういえば、まだナナ探しの代金については何も言われていない。
「相応の対価って、それ後でぼったくられるやつじゃ…」
「いえいえ、対価は既に頂いておりますよ。」
さあさどうぞどうぞと車に入れられる。黒い女性が運転席、ソラが助手席、リクと俺が後部座席だ。
…目的地へは、ものの数分で着いた。だが俺とナナの家はこんなに近くない。一週間前に買ったばかりだが、流石に距離ぐらいは覚えている。
疑問に思いながら降りてみると、そこは警察署だった。
「は?え?いや、通報はしませんって…」
「しないのではなく、する必要がないのです。何せ、ナナオさんが既にされていますからね。」
「えっ、ナナが?何で?」
ちょっと待て、まだ事態が飲み込めない。どういう事だこれは。
「…翔さん。」
聞き慣れた声。ギョッとして声のする方に目を向けると…いた!
菜々緒がいた。最愛のナナがいた。
…警察の男の斜め後ろに、俺から守ってもらうような位置で。
「おい菜々緒、どういう事だ!お前、何で警察なんかに…!」
飛び出そうとするが、後ろからすごい力で腕を掴まれる。骨がミシリと嫌な音を立て、痛みに視界が滲む。
…リクが、凄まじい形相で俺を睨んでいた。猛禽類のように鋭いアンバーアイ。
─殺される!
必死にもがくが離してくれない。もう一度振り返ると、リクも涙目になっていた。
「お前、最低だ。ナナオを叩いたり、殴ったり、蹴ったりしてた!リクは、本当は、お前の骨、グシャグシャにしたい。ナナオがやられたよりも、もっと痛くしたい!!」
「いや…俺は、菜々緒のためを…俺たちの将来のためを思って…」
どうして、どうして。どうしてだ。俺は菜々緒に正しい道を示してあげていただけじゃないか。菜々緒だって、最後には俺が正しいと認めてくれたじゃないか。
助けを求めてソラに呼びかける。が、ソラの表情から先ほどまでの優しげな笑みは消えていた。
…ゾッとするほど冷たい瞳。ニタリと吊り上げられた唇。挑発するように軽く下げられた眉。到底笑顔と呼んでいいものではなかった。
─こんな子供に。
俺の中の何かが、ぷつりと切れる。
「っ…この詐欺師があぁぁぁ‼︎!」
「どうぞお好きなようにお呼びください。騙したように見えるかもしれませんが、私は一度も嘘をついていませんから。ナナオさんにも、会わせてあげたでしょう?」
「ふざけるなぁ‼︎俺は!お前らは!な、何で…!おい、菜々緒!菜々緒‼︎」
「翔さん…いや、矢部さん。私達、もう別れよっか。」
そう言ってナナは、警官と一緒に俺から離れた位置に移動した。いつのまにか野次馬もできている。…クソ、俺以外の男に守られやがって。
前は死ぬほど愛らしかった菜々緒の顔が、今はどうしようもなく憎らしい。最後に一蹴り入れてやろうかと近づこうとするも、強引に連れてこられた階段に躓いてリクに引きずられる形になる。
「おい、やめろ!ナナは俺がいないと…」
手錠を持った警官が近づいてくる。やめろ、俺は!違うんだ、俺はナナと…
ガチャリ。
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| アパート3カイ | ルーフバルコニー |
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| ガレージ | トケイヤ |
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| スペースノカシダシヤクリパニツカウチカ |
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・線がガッタガタですが、横から見るとだいたいこんな感じです。
・縦or横で繋がってるところは直接行き来できます。
・建築法とか諸々ガン無視して設定したのでおかしいところがあるかもですが、そこはご容赦を…