産移ツギハギ細工・産移屋に聖夜来たる(5)
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「それにしても、よく思い付きましたよね。マットで隠した床下収納に一時避難なんて…」
「そ〜でしょそ〜でしょ?ボクだってこれぐらいの事は考えられんのよォ。ま、キミが丁度同棲のための引越し直前で依頼に来たってのもあるけどォ?結局ボクの頭脳の大勝利ってわけェ!」
「ええ、本当にすごいです。一週間耐え忍んだ甲斐がありました。」
矢部翔が刑期を終えるまではもう住人のいないマンション。ナナオは、カイと私物の回収に来ていた。
「でも、なんでカイさんが手伝ってくれるんですか?」
もちろんナナオほどでは無いが、カイも華奢な方だ。産移屋にはもっと適任がいる。アノマエやリクはもちろん、ホクロも意外と体力がある。フタバは研究資料採取のためならオリンポス山だって登り切りそうだが、それ以外だと最寄りのコンビニに行く事すら嫌がるので論外だ。
「アノマエ達は毒弾の件でソラが徹底監視してるし、かといってリクに任せるのも不安だからってボクに白羽の矢が立っちゃったんだよォ。ボク、一番働いてるのにねェ?」
「なるほど…ってえ、そうなんですか!てっきりカイさんが一番サボってるのかと…」
「ひどくないかなァ⁈」
あはは、すみませんと返して気づく。この声、どこかで聞いた事ある。確か…
「志熊玖珠都…?」
ビクリ、カイの肩が跳ねる。
「あの、志熊さんですよね?俳優の…」
「ああ、ばれちゃったァ?」
クルリと振り向き、少しばかり大仰に仮面を外す。
─彼は志熊玖珠都。
その事実に脳の処理はまだ追いついていないはず。それなのに、少しだけ舞った天然パーマからふわりと甘い香りがする気がしてくる。
「え、ほんとに志熊さん…」
彼と一緒にいるとなんとなく頭がぼんやりする理由も分かってきた。芝居掛かった声も、仕草も、関わる者達に自分が映画の中のヒロインだと錯覚させる天性の物なのだ。油断すると脳内にロマンチックなBGMやバラの背景が流れ込んできてしまう。
この上顔まで出されたら、もう…
「や、やめてください!仮面つけてください!」
「へ?」
ナナオは小さな手で大きな目を隠し、必死に顔を背ける。
「そのツラ見せないでください!」
「はァ⁈」
対するカイは大混乱。今まで顔を見せるななんて言われた事はないのだ。
「…あ、ボクのアンチだったァ?ごめんねェ。」
カイにとって嫉妬以外で彼を嫌う人間はこの世にいないのだが、大混乱のあまり柄にもない事を言ってしまう。仮にいたとしてもボクが謝る必要なんてないじゃないか、普段はそういう思考なのだ。
「ああいえ、そういうわけでは…とにかく顔だけはご勘弁を!」
「…」
数秒間、呆然とする。
そしてロボットのようにギギギと動きを取り戻し出し、何とか言葉を発する。
「…おもしれ〜女ァ。」
めんどくせ〜少女漫画の出来上がりである。
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クリスマスの朝。
産移屋の面々は、各々自由に過ごしていた…といって良いのだろうか?
アノマエ・フタバ・ホクロはそれぞれの部屋で謹慎中、ザンも気まずいのかガレージの隅でうずくまっている。カイは芸能人としてテレビの生放送に出ており、ソラは仮にも九歳がしちゃダメな形相で帳簿をつけ、何が何だか分からないリクはソラの横で今にも泣き出しそうだ。
自由?いや、地獄といって差し支えないだろう。
そんな中、ナナオと産移屋の下に時計屋を構えるまちこだけがショッピングモールでクリスマス当日を満喫していた。
色の落ちてきた真緑の髪と細い金縁のキャットアイ眼鏡がトレードマークのまちこさんだが、クラシカルロリータが異様に似合っている。身長は160センチ台後半あたり、凹凸のない体型、そばかす…外見のクセがとにかく強いせいか、それとも産移屋のメンバーに慣れてしまったからか。ナナオには、彼女が意外と常識人に近い神経を持っているように見える。
「ナナオちゃん、あのお店どうっすか?」
まちこが指さしたのは、ド派手な女性下着のお店。通行人…主に男性がかなり避けて歩いているので、余計目立っている。
「む、無理無理無理!下着なら間に合ってます!」
「新しい恋人ができるかもじゃないっすかあ。」
「そっ、そそそそそれとあれと何の関係が⁈」
「キッヒヒ、ナナオちゃんはいつからかっても面白いっすねえ。」
笑い方までクセが強い。
「やめてください…私は普段着を買いに来たんですから…」
おしゃれな服の人混みの中、ナナオが着ているのはジャージ。かわいい服だとナナを狙う輩が増えるからと、塀の向こうの元カレが中学の時のジャージ以外許さなかったのだ。
「…私、なんでもっと早く相談しなかったんでしょう。」
あいつへの愛なんて、もちろん微塵も残っていない…と自分では思う。束縛の最初の方は、許すどころかむしろ喜んでいた自分もいる。
…いつから狂ってしまったのだろう?
そもそも、私だってハッカーとして多くの人生を壊してきたじゃないか。
そんな私が人の罪を罪とすることは許されるのか?
いや、保身第一金第二で人としての理など無視してきた私が今更後悔したって…
「…ナオちゃん、ナナオちゃん?」
「まちこさん…」
「ナナオちゃん!」
「何です?」
「…思い出させちゃったっすか?」
びゅう、寒風が吹く。
身体の芯からじわりと冷えるあの嫌な感じの後に、ナナオはようやく気がついた。
─あれ、涙。
「いえ、まちこさんじゃなくて私が勝手に…」
「…そうっすか。」
青と白のギンガムチェックのハンカチをナナオに押し付け、ベンチに座らせる。温度で直前まで誰かが座っていたと分かり、何だかちょっと複雑な気分になる。
数分後。いくらか気を取り直した二人は、また寒空の下、ナナオの服探しの旅に出た。
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