【春総選挙】「春のウツシヨに君はいない」

5 2025/04/13 23:42

3月27日 12:04

自室で暇になっていた俺がスマホを開くと、一本の通知が届いていた。時刻は11時25分と書かれている。通知の主は幼稚園の頃からの幼馴染の『尾黒 舞(おぐろ まい)』であった。舞は今日、合格発表で出掛けているため、その報告であるということがすぐに分かった。

『合格だったよー!白兎くんは、頑張ってね(^^)』

白兎というのは俺の『管凪 白兎(かんなぎ はくと)』という名前のことである。

(『白兎くん”は”』って…俺は受かってるんだけどなぁ…またバカにしやがって…)

俺はそんなことを思いながら返信の内容を打ち始める。

ガチャンッ!!

返信しようとしたその直前。突然、俺の部屋のドアが開いた。ドアを開けたのは親父であった。顔色を見ると、焦燥した様子であり、ただ事でないことが伺えた。俺が驚いて声を出せないでいる中、父親が焦りが混ざった口調で話し始めた。

「白兎…お前の幼馴染の舞さんが…合格発表の帰りに車に轢かれて…病院に送られたらしいぞ…医者からは『もう助かる可能性は低いだろう』って…」

「場所は…?」

困惑が残ったような言葉の詰まりに対する苛立ちや話の内容に対する理解が俺の頭に渦巻く中、俺は簡潔に質問をする。

「一番近所の総合病院…理斗升総合病院だな…少し遠いから送ってい…」

親父が言い切る前に俺は部屋から出ていた。上着も着ないで玄関に向かい、靴下も履かずに乱暴に靴を履きながらドアを開ける。車で行ったほうが早いのは分かっていたが、もはやその時の俺にとってはそんなことどうでもよかった。

道のりを思い出すこともなく俺の足は衝動的に前に進んでいた。道の途中にあった咲いたばかりの桜の並木に目を向けることもなく、ただひたすらに走った。切れるはずの息すら忘れて。

どれだけの時間、走り続けただろうか。気づけば俺は病院の待合室にいた。ぶり返してきた息切れを治めつつ、次は小走りで舞がいるはずの部屋へ向かった。道中、多くの人の視線を感じたが、俺はそんな些細なことはどうでもよかった。部屋の前に着くと、俺は少し強引にドアを開けながら、

「舞!!」

と名前を叫んだ!医療用ベッドの周りには、舞の父親と母親、そして兄である尾黒 葉介(おぐろ ようすけ)と担当の医者らしき人物の3人がいた。舞の両親は号泣していて俺の存在には気づいていないようだったが、葉介さんと医者が気づいてこちらを振り向いた。

「来たのか…残念だが、もう…舞は息を引き取ったぞ…」

という葉介さんの言葉に、医者が続けた。

「できる限りのことは尽くしたのですが…轢かれた時点でほとんど脈がなく…助けることはできませんでした…申し訳ございません…」

そんな言葉に理不尽だと分かっていながらも、とても強い怒りを覚えた。だが、それを抑えることなどできず、俺は、

「なんでだよッ!!んなはずがねェ!!何かの間違いだろ!?なぁ!?どうしてこんなことになるんだよ!?俺が悪いのかよ!?なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだよ!?」

と叫んで、医者の胸ぐらをつかんだ。医者は、とても困惑していた。俺はもう、止まれなかった。舞の両親は、少し怯えたように俺を見た。すると、葉介さんがゆっくりと、こちらに近づいてきた。

「お前、どうしたんだ?いくら悲しいからってその態度はねぇだろ。それに、ひどい目に遭ってんのは舞のほうだぞ。」

「だからって…こんな思いをしておきながら何にも文句言うなってのはおかしいだろッ!!」

もう、考えることすらなく、俺はそう言っていた。これが本音かどうかさえ分からない。葉介さんそんな言葉を受け、数秒間口をつぐんだ。だが、冷静になって、また口を開いた。

「悪い、確かにこれは間違ってるな…でも、少し落ち着いてくれねぇか…?それじゃ、誰も幸せにならないぞ」

必死に絞り出したような、そんな言葉を聞いて、俺は少し落ち着きを取り戻した。決して、怒りがおさまったわけではないが。

ーーーーーーーーーーーーーー

「ほらよ、これ飲んどけ」

先程の騒動のすぐ後、先輩に連れられて、俺は病院の駐車場近くのベンチに座っていた。そして、先輩に缶コーヒーを手渡された俺は、不安げにそれを受け取った。

「すいません…」

「あ?別にこんくらい奢ったうちに入らねぇよ。それに、そんな顔してちゃ、こっちまで悲しくなってくるだよ」

俺の謝罪に、葉介さんは少しおちゃらけて答えた。

「いえ…さっき、あんなことことをしてしまったことを謝りたくて…いくら仲が良くても、あれは駄目でした…申し訳ありません…」

「あぁ、そういうことか!それなら、謝る必要なんてねぇよ、お前と舞、本当に仲良かったもんなぁ…まるで、家族みたいでお互いのこと沢山知ってただろ?……兄である俺より…全然知ってるんだよな…」

わざとなんじゃないかと思えるほど明るかった葉介さんの様子も、最後の一言はとても暗かった。そんな様子にも関わらず俺は、

「失礼なのは分かってるんですけど、なんで、葉介さんはあそこにいた時、泣いてなかったんですか?」

と、質問してしまった。確かに気にはなっていたが、こんな時にする質問ではないというのは分かっていた。俺の悪い癖だ。

「なんでだろうな…俺にもわかんねぇけど…多分、信じられないんだ…舞が…死んだってことを…はは…情けねぇよ…兄として…」

俺の心には、残酷な質問をしてしまったという後悔とともに、何を言うべきか分からない自分への不甲斐なさが湧き上がっていた。そんな中でも、俺は思ったことを口にした。

「俺は…それでもいいと思いますよ…悲しむのが正しいとか嘆けば正しいとか、そういうのはないと思います…だから、きっと、葉介さんが泣きたいときに泣くのが正しいんだと思います…人はそう簡単に自分の気持ちに嘘をつける生き物じゃないですし…」

「そうか…お前も、立派になったな…んで、お前はどうするつもりなんだ?無理はしないほうがいいと思うが…」

「学校には…行きたいとは思ってます…ただ、今はそんな気分じゃありませんけど…俺の精神状態次第ですね…葉介さんは、確か一人暮らしをするんですよね?」

「あぁ、そうだなー。大学はそれなりに近い場所なんだが、親が『学生のうちに一人暮らしは経験しとけ』って言ってうるさくてなぁ…」

会話の中で、俺たちの中に余裕が生まれていた。だが、その事実は、俺にとってあまり嬉しいものではなかった。しばらくの時の後、葉介さんは口を開く。

「とりま、俺は病院に戻っから!あんま深く考えすぎんなよ?世の中、馬鹿なくらいがちょうどいいからよ」

そう言う葉介さんの顔には自責の念が浮かんでいるように思えた。

「ありがとうございます…葉介さんは優しいですね…」

「あぁ、とある生意気な後輩の彼女のせいでな…んじゃ、じゃあな!」

そう言い、葉介さんは病院の入口へ向かった。

病院の外へ出るまでの時間、葉介さんは舞の死に関する情報を俺に教えてくれた。死亡時刻は11:19であり、医者が言っていたように、どう考えても助かる状態ではなかったらしい。それを聞いたときの俺は、どうしようもなく不甲斐なかった。俺は、ベンチから立ち上がり、独り言をつぶやく。

「はぁ…なんで…お前が死ななきゃいけなかったんだろうな…神様なんていないんだな…」

そうだ。もしも神様がいるなら、舞が。誰よりも優しい舞が死ぬなんて運命にはならないはずだ。それか、こんなどうしようもない運命にするクズみたいな神様がいるのかもしれない。

俺はスマホを取り出し、再び舞の最後のメッセージを見た。

『合格だったよー!白兎くんは、頑張ってね!』

「頑張るよ…随分と、退屈になっちまったけどよ…」

もう、奇跡だとか運命だとかに身を任せるつもりはない。ただ、自分らしく全身全霊で生きる。俺は、そう心に決めて、スマホをポケットにしまって、歩き出した。目的地は君のいないこのウツシヨにはまだなかった。

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タグ: 選挙 ウツシヨ

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その他2025/04/13 23:42:03 [通報] [非表示] フォローする
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メチャクチャ良かった!!悲しいお話だけど文章素晴らしい!!投票したよ👍


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