奪還無双 3章
第三章 氷結姫の崩壊
雷帝・神代颯真を打ち倒した翌日。
学園はまるで別の場所になったかのようにざわめいていた。
「なあ聞いたか? 無能の天城が……」
「あの雷帝と互角に渡り合ったって……」
「いや、互角どころじゃない。完全に上回ってたらしいぞ」
廊下を歩く蓮に、今まで嘲笑していた者たちが恐怖と興味を入り混じらせた視線を向ける。
誰も直接言葉をかけられない。ただ、その背中を凝視するしかなかった。
──だが、ただ一人だけ。
「無能が……少し力を得たからって、調子に乗らないことね」
冷ややかな声が響いた。
銀髪の少女、白銀美琴。氷結姫と呼ばれる学園の女王。
彼女は人形のような整った顔を歪め、蓮を真っ直ぐに睨みつけていた。
「昨日の雷帝は失態だったわ。でも勘違いしないこと。
あなたが無能である事実は変わらない」
蓮は無言で見返す。
美琴はその沈黙を挑発と受け取り、口元を吊り上げた。
「……いいわ。模擬戦で証明しましょう。
あなたがどれほど“無能”かを」
演習場に集まった人々は息を呑んでいた。
昨日の雷帝戦を見た生徒たちにとって、これは次なる“見世物”だった。
「雷帝に続いて氷結姫か……!」
「これはもう学園最強決定戦じゃないか?」
教師たちも騒然としていた。
学園には三人のAランクがいる。そのうち二人と無能が立て続けに戦うなど、前代未聞だった。
開始の合図が鳴る。
「凍りつけ」
美琴の纏う冷気が一瞬で場を覆った。氷の華が咲き誇り、空気さえ凍り付く。
彼女の《氷結操作》は単なる氷の生成ではない。周囲の温度を自在に操り、戦場全体を支配する力だ。
観客席からは歓声があがった。
「さすが氷結姫! やっぱり格が違う!」
しかし蓮は、その冷気を正面から受け止めながら歩みを止めない。
「……そんな程度か?」
「なっ……!」
次の瞬間、蓮の右腕に刻まれた黒い紋様が脈打った。
そして、美琴の氷と同じ冷気が、彼の周囲に立ち上る。
「う、嘘……私の氷が……!」
美琴の瞳が見開かれる。
目の前の無能と呼んでいた男が、自分と同じ氷の力を操っている。
しかも、それは彼女自身のそれよりも鋭く、力強く、美しい氷だった。
「奪ったんじゃない。俺のものになったんだ」
蓮の声は冷たく響く。
「お前の氷結は、もう俺の力でもある」
「そ、そんな……!」
美琴は必死に氷柱を放つ。
だが蓮は同じ技を、より精密に、より速く放って全てを打ち砕く。
観客席がざわめいた。
「まただ……雷帝のときと同じ……!」
「無能じゃない……奴は、能力を“写す”ことができるんだ!」
美琴は膝を震わせながら後ずさった。
プライドが、氷のように音を立てて崩れていく。
「どうして……無能なあなたが……」
蓮は無言で歩み寄り、彼女の目前で冷気を収めた。
「勘違いするな。
無能なんて言葉、俺にはもう通じない」
その目は鋭く、それでいて不思議な力を帯びていた。
美琴はその視線に抗えず、思わず顔を逸らす。頬が赤く染まっていた。
試合は蓮の勝利で終わった。
氷結姫が敗れるという衝撃は、雷帝のとき以上に学園に広まった。
廊下を歩く蓮の背を、美琴は追いかけるようにして見つめていた。
(……あんなはずじゃなかったのに。
どうして、無能のはずの人に……こんな気持ちを……)
心の奥に芽生えた動揺は、やがて執着へと変わっていく。
冷たい氷の女王は、この瞬間から崩れ始めていた。
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