お盆か、ハロウィンか。
私のハロウィン…というよりハロウィンとお盆の思い出について語らせてもらう。
私の家ではカボチャのランタンと精霊馬―四本脚のナスとキュウリ―ではなかった。カボチャの車とナスのランタンである。
無知だった幼少期は何も思わなかったが無知の中でも知識を得た少年期はこれが嫌で仕方がなかった。自分の家だけ9月に、しかもカボチャの車とナスのランタンである。カボチャの車はともかくナスのランタンは恥ずかしかった。友人が家の前を通るたびヒヤヒヤした。しかしこれは家庭内条約のため私のような子供には逆らう権利もなかった。
一度カボチャを勝手にランタンにした事がある。その時両親は何も言わなかった。ただ、父がカボチャももう一度買ってきてカボチャの車とナスのランタンを作った。私は父にとうとうなぜカボチャの車とナスのランタンを作るのか、と問うた。父は答えた。
『私は元々カトリック教徒で、久美子(母の名前である)は仏教徒だった。そんな私たちがなぜ結婚して、なぜ今日まで仲良くいられたと思う?』私は理由を悟り、こう答えた。『そうか、お互いに譲歩して来たからか!』父は言った『いいや、違う。神と仏様のお導きだ。』
私は呆れて母に問うた。母は答えた『あの人がカトリックで、神父様の息子しょ?で、私は神社の娘でしょ?だからねえ…こうでもしないと結婚させて貰えなかったのよ』母はそう笑って答えた。今ならこの説明で納得できたが、反抗期まっしぐらだった私は酷く憤った。そして『そもそもなんで結婚したのさ、カトリックと仏教徒がどうやって出会ったわけ!?』と母に聞いた。すると母はこう答えた『そうねぇ…神様と仏様のお導き、ってやつかしら?』
私は落胆した。
そんな両親もすでに他界した。私が大学生の頃、母は癌で亡くなった。父は深く悲しみ、キリスト式の葬式を挙げ仏教式のお墓を建てた。父は私が社会人になり、数年すると亡くなった。前々から心臓が悪かったのだが、ついに心臓発作で亡くなってしまった。私は今年も、9月にカボチャの車とナスのランタンを作り両親が帰ってこられるようにしている。きっと両親は、カボチャの車に2人で乗り、ナスのランタンを持って家に来るのだろう。私は仏陀像とキリスト像が乗っている台に手を合わせた。
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