発達障害について喋ってるだけ
主:ASDグレー高校生。
ふつーの公立高校行ってます。不登校経験なし,保健室登校は小5のとき数ヶ月だけあった。
検査は2回受けてるけど診断がつくかつかないかギリのレベルだったので今のところ診断はない。
ただ大学生になる前にもう一回受けて,必要だったら診断をもらおうかと悩み中。
なんか意見あったらほしいです。
学校で最も発達障害を感じる場面といえばやっぱ体育の授業。
DCDがあるからとかそういうのを差し置いてもやはり周囲に追いつけない,いや追いつけなさすぎる。
でもDCDがかなり足を引っ張っている気が…する。
授業前のグラウンド2周走も自分だけ毎回ドベ…比べものにならないほどのドベ,40秒以上の遅れ
本当に惨めすぎて
先生が指示したことを私だけが理解できないもしくはワンテンポ遅れて理解をするから周囲の速度に追いつけない。
16年生きたおかげで周りを見て行動する能力を身につけたので基本的には大丈夫だがやっぱりまだ遅れる。
あとは指示を理解できた!と思って自分で勝手に行動をするとだきたい間違えている。
そりゃ消極的な人間にもなるって,自分がやることなすこと全て間違ってるんだからもう無理やん。
というか診断をもらったとて教員側がそれをどこまで理解しているかわからん,いくら教師ったって心理カウンセラーじゃあないんだから知識としてはあったとしても寛容になれるか,対応できるかと言われると怪しい人が多いんじゃなかろうか。
支援を求めるんやったら私立行けと言われたらそれで終わりかもしれないがこっちにだってプライドはあるわけで,
私立行って支援されながらぬくぬく過ごしているとなんだか惨めになってくるじゃないか。少なくとも私はまだ診断はないし一応形としては健常者じゃないか!と思う。
べつにアスペがあるからといって生きていけないほど困っているわけでもアスペのせいで精神障害を併発しているわけでもないからしょうみ診断なんかいらんと思う。
が…親は診断つけたい派っぽいな。
これから社会人として生きていくうえで確かに診断があったほうが障害者雇用とかそーゆー枠を使って有利に就職できるようになるのかもしれんがそうなると給料は下がるだろうしなんというか不利な気がする。
自ら「自分は社会不抵抗者です」と言っているよーなもんだ。
いや…いや…アスペのせいで困っていることがあるのは確かなんだけど…
アスペもただの言い訳だ!と言われるとそれで終わり。診断もないうちはまだ「自称」にすぎないから,ただ無能なだけの健常者がアスペっていう便利な理由を使って自分の無能さを正当化しようとしているだけって言われるとこっちはもう反論できない。
重度になってくると周りの介助が大変な感じする
軽度だとわりと自力でできちゃう場面もあるから健常者扱いされがちで,でもやっぱ障害の傾向はあるわけだから社会で生きにくくて…みたいなのが多そうだ
しかしまあ重度には重度の辛さがあるんだろうが…
健常者が発達を理解できないのと同じで,発達は発達でも軽度は重度のことを理解できない
仕方ないけど
発達障害あるある〜みたいなYouTubeを見てると,「私もよくある!」みたいなコメント多すぎて本当に発達あるあるなのか疑わしくなってくる
聴覚過敏って
周りの音がめちゃくちゃうるさく聞こえて耳が痛くて…みたいな正直なのかと思ってたので,自分にはあんまり当てはまらなかったんだが
ほかにも周囲の音が全部同じボリュームに聞こえるとかみたいな症状もあるのを知って戦慄した,最近
いやみんなこうじゃないん???ってなった
ガヤガヤしてるところで話されると何言ってるかわからんのって聴覚過敏の一種なのかよ
いやみんなそうだよな普通…
どう考えても…
なんか話の流れと語尾とかで判断してるから「え??」みたいになることが多い
難聴じゃない(というかむしろ耳良いほう)なのになんて言ってるかわからんっておもろい
「定型発達の人はこう…滑らかに成長していくけど発達障害の人はあるとき突然周りが見えるようになる」
っていうツイート見つけてめちゃくちゃ共感
そうなんだよな,周りが見えるようになると
どれだけ自分が幼かったかとか,どんな奇怪な行動をしていたかとか,どれだけ周りにドン引きされていたかとかが突然わかるようになって苦しむ
だから例えば,子供のときは周りよりも早く文字が読めたりお箸が持てたりしていたのに,小学生になってくると今度は逆に周りについていけなくなるっていう現象は
成長の階段がバラバラだからなんだよな。って。
天才とバカは紙一重というように
天才は発達障害だみたいなそういうデマ(??)があるけど,べつにそういうわけでもない。
マルチな天才もいる。たとえばダヴィンチは…アイツは万能人だからな。
で逆に変人の天才といえばモーツァルトとか。下ネタ大好き変態モーツァルトだが音楽の才能はガチの天才だからな。ギフテッドってやつか…
とにかく天才は発達障害の気がある…
っていうのはあながち否定もできないが,だからといって発達障害者がみんな何かしらの天才っていうわけでは断じてない。
天才≒発達障害 だが,
発達障害≠天才 だからな。
飛び抜けた才能がない発達障害はただの無能判定で,社会不適合者として陰のものになるのじゃ。
今の社会は我々が働ける場を提供してはくれない。
いや,そうでもない。
文化祭かなんかで不登校美術部(幽霊部員)の女子の絵が展示されてたけど普通に下手だった。言っちゃ悪いが下手だった。
だからお絵描きをただするだけじゃ絵は上手くならんっちゅーわけだ。
常に闘争心は必要で,闘争相手のいない不登校児がひとりで画力を上げられるわけでもなく,井の中の蛙で,親にだけ「○○ちゃん絵上手いね!」とか言われてちょっと良い気になってるだけ。
社会主義だと企業の競争がないから国が是正しないと品質は悪くなるばかり。
資本主義企業は他社との競争があるわけだから良い商品を作って売り上げを伸ばそうと必死になれる。
つまりそーゆーことかもしれない。
頭悪くてごめん何もわからない。
学校には行け!派である。
いじめとか精神を病んだとかそういう正当な理由がないうちは辛くても学校へ行け!と思っている。
何故ならば頑張って行ってる自分がバカみたいになってくるから。
Twitter漫画で見つけたんだが,
自分が好きな映画や漫画は他人も自分と同じ熱量で好きになってくれる!と思い込んで強引に漫画を読ませたり映画をオススメしたりする女の人の自省録があったんだ。
そういう「他人のことを自分の延長だと思ってしまう」とか「自分と同じ気持ちだ!と決めつけてベラベラ喋っちゃう」とかって
空気が読めない,相手の気持ちが考えられない,の典型的アスペなんだよなぁ
その人は大人になってからそれに気がついたらしいねんけど,ふつうは(定型発達は)もう中高生くらいで気づくことなんだよな…
有名な花子と太郎問題ってやつはそういう,一人称・二人称・三人称の視点をふまえて物事を考える能力を試すテスト?みたいなやつ。
サリーとアンもその類の簡単バージョン。
私も子供のときに太郎と花子問題をやったが,めちゃくちゃフツーに大間違いをした。
サリーとアンは正解したが,少し複雑になるだけで同じ内容なのに間違える。小学生でだ。発達の遅れを実感したよ。
小学生の頃にした検査では言語能力が著しく低いらしい……それでもって全体的にギザギザのグラフ。
明らかに発達障害なんだが,発達障害の認知度がまだ少し低い時代だったもんでギリギリグレーくらいのレベルで診断はつかなかった…し,支援もなんかよくわからんものだった。
らしい。
多分今の令和の時代に検査すれば診断つくんだろうけど,そうなると今度はこっちのプライドがあって診断を「つけたくない」と思ってしまう。

