とーと事件3章
第三章 開花の日 ― 能力事件勃発
──とーと事件、発生日。
朝、空が白く霞んでいた。
風も、鳥も、すべてが静止しているような感覚。
時間の流れそのものが歪んでいるようだった。
蓮は無言でその空を見上げた。
五年前、同じ光景を見た。
運営が世界を破壊し、八割の人間が消えた朝。
この瞬間を止めるために、彼は時を超えた。
「……始まる。」
低く呟く声を、隣のつみきが聞き逃さなかった。
「何が始まるの?」
「……説明する時間がない。とにかく、外を見ろ。」
つみきがカーテンを開けると、空が“裂けた”。
白い線が地上へ落ち、光の雨となって降り注ぐ。
街が光に包まれ、地響きのような悲鳴が響いた。
──《とーと事件》、発動。
通りに出ると、人々の身体から異様な光が溢れていた。
応力の“覚醒反応”──脳と魂が共鳴して、力が暴発する。
だが、その力を制御できる者はほとんどいない。
蓮の記憶では、この日、世界人口の八割が死んだ。
「つみき、離れるな! これから街ごと吹き飛ぶ!」
「なに言って──!」
つみきの言葉が途切れた瞬間、前方のビルが爆ぜた。
光の爆発が押し寄せる。
蓮は反射的に“スキル奪還”を発動し、衝撃波を吸収する。
空間が一瞬だけ静止した。
「……これが、あんたの力?」
「説明は後だ。逃げるぞ!」
二人は廃ビルの屋上へと逃げ込み、息を整える。
下では炎と混線した通信音が響き続けていた。
世界が一瞬で崩壊していく。
「もう……終わりなの?」
つみきの声が震える。
「まだだ。まだ救える。今回は、絶対に。」
蓮は拳を握りしめた。
その時だった。背後から、優しい声が響いた。
「……あなたたち、無事?」
振り向くと、瓦礫の間に一人の女性が立っていた。
淡い桃色の髪を結い、軍用のコートを羽織っている。
けれどその雰囲気は、どこか“光”を感じるほど柔らかかった。
「誰だ?」
「……第1部隊の、kokoです。
この区域の避難指揮をしてたんですけど……見ての通り、崩壊してしまって。」
彼女は微笑みながらも、目の奥は鋭く、現状を正確に把握していた。
まるで“未来を見ている”ような目だった。
蓮は息を呑んだ。
未来で共に戦った仲間──しかし、彼女は今まだ、彼を知らない。
声をかけたい衝動を抑え、ただ短く答える。
「蓮だ。避難民じゃない。戦える。」
「……そう。じゃあ協力してくれる?
このビルの下にまだ人がいるの。
けど、あの光の中を抜けるのは普通じゃ無理。」
kokoは両手を合わせ、静かに息を吐いた。
「《結界展開》。範囲、三十メートル。」
瞬間、淡い光が広がり、ビル全体を包み込む。
降り注ぐ瓦礫や爆風がすべて、見えない壁で止まった。
「……すげぇ、何だこれ」
「空間の歪みを“固定”する結界よ。
私の応力《界律(かいりつ)》の基本能力。」
その声には、どこか祈るような優しさがあった。
だが次の瞬間、彼女の目が青く光る。
「右上──!」
kokoの体が霞み、次の瞬間、上空から落ちる金属の破片を蹴り砕いていた。
動きは速すぎて目で追えない。
「……未来視、か。」
「え?」
「いや、なんでもない。ただの勘だ。」
蓮は目を細めた。
未来で知っていた通り──kokoは、5秒先の未来を見る能力を持つ。
けれど今の彼女は、自分の力の本質にまだ気づいていない。
救出が終わった頃、街はもう影だけになっていた。
炎が夜空を赤く染め、遠くからは絶えず爆発音が響く。
「……これは、いったい……何なの?」
つみきの声が震える。
kokoは小さく息を吐いた。
「運営が動いたのよ。
“選別”ってやつ。
強い応力を持てる者だけを残すために、世界を試してる。」
「そんなことのために……!?」
つみきが叫ぶ。
蓮は静かに目を閉じた。
この場面を、彼は五年前にも見た。
だが今度は違う。kokoも、つみきも、生かしてみせる。
夜。廃墟の屋上。
kokoは蓮に毛布を渡しながら、静かに尋ねた。
「……蓮くん、あなた……まるで全部知ってるみたいね。」
一瞬、心臓が止まる。
未来の記憶を知られてはいけない。
それでも、蓮は微笑んだ。
「勘がいいだけさ。」
「……ふふ、そう。なら、信じるわ。
勘のいい人は、だいたい“生き残る”から。」
その笑顔が、未来で見たkokoと重なった。
温かくて、真っ直ぐで、優しい光。
蓮は静かに夜空を見上げた。
星の代わりに、無数のデータ光が降り注いでいる。
──運営の観測ドローン。
世界が完全に“支配下”に入った証だ。
「……また始まるな。」
蓮は呟いた。
その横で、kokoが空を見上げながら言う。
「でも、まだ終わってない。
生きてる限り、希望はあるもの。」
その言葉が、蓮の胸に焼きついた。
未来を知る彼にとって、それは失われた五年の中で
唯一、もう一度取り戻したかった“言葉”だった。
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