紅剣物語第27話「決着」
オーデッツの体が燃え上がった。紅い火柱が吹き上がり、周囲の空気がたわむように揺れる。
「随分と楽しそうじゃないか。楽しみの閉幕は、我が焔で締めてくれよう」
ふいに現れた声には、冷たさと愉悦が入り混じっていた。姿を現したのはチュウニ・ビョウカンジャ――かつて共に戦った仲間であり、今は反火星連盟の戦士。
「チュウニ!」
名前を呼んだ瞬間、ソラの胸に一瞬だけ安堵が走る。だがすぐに、戦場の緊張に上書きされた。
「久しぶりだな、少年。俺も加勢にきた。司教を倒すためにな」
チュウニは黒髪をかすかに払った。落ち着いた仕草とは裏腹に、その瞳は鋭い覚悟を宿している。
「フン、浅慮なことだ」
オーデッツはゆっくりと立ち上がる。燃え上がっていた炎は、まるで初めから存在しなかったかのように消え失せていた。その異常さが、ソラの背筋をひやりと冷やす。
「な、なぜだ……」
「奇襲攻撃をするのであれば、殺気を抑えろ」
静かにそう言い放つと、影がオーデッツの身体を包み、輪郭が変わっていく。伸びた腕は鋭さを宿し、身体はひと回り大きくなっていった。
――常識が通じない。
ソラは喉の奥が乾いていくのを感じた。
「火星神への信仰エネルギーを秘めし我が最終形態、見せてやろう」
オーデッツが突進してくる。大地が震えるほどの迫力。
チュウニは焔の魔法陣を展開し応戦する。しかし――
その手が伸び、チュウニの顔面を捕らえた。大きな衝撃音とともに、チュウニの体が後方へ弾き飛ばされる。
(強い……! 一撃でこの差か)
ソラの心がざわつく。
空中で態勢を立て直したチュウニは、火花のような炎を放つ。しかし、それもすぐに消えた。
「言ったであろう。予測した攻撃を受けても、攻撃される前の状態に戻れるとな」
オーデッツの声には、確信と余裕が滲んでいた。
チュウニはすぐ立ち上がったが、その表情には焦りがあった。ソラはそれを見逃さなかった。
「なにしてる? 早く司教に攻撃しろ!」
叫んだその隙を、オーデッツが見逃すはずがない。
「よそ見をするなァ!」
拳が再びチュウニを弾き飛ばす。
(まずい! 本当にやられる!)
思わずソラは身体が動き、剣を振りかぶった。しかし伸びてきた腕に阻まれ、逆にソラが吹き飛ばされた。
瓦礫が衝撃を吸収するが、全身に鈍い痛みが走る。
「さて、どちらから始末してやろうか」
冷たい声。ソラは身体が固まる。怒りと恐怖が入り混じり、息が浅くなる。
「決まりだ。紅剣のガキから始末してやろう」
腕が伸びる。その向こうに見える狂気の眼光。ソラの胸が強く締まる。
その瞬間――
「おいおい。我々を忘れているようだな」
フリダケイと、傷だらけのヒロトが立っていた。ヒロトは足元がふらついている。それでも立とうとする強い意志が、ソラには何より痛いほど伝わってくる。
(あの状態で……立ってるのか!?)
驚きと、胸の奥が熱くなるような感情が湧いた。
「予測してみろよ。私の、魔法をな」
フリダケイが魔法陣を展開する。しかしソラには見える。恐怖を押し殺し、震える足で前に立ち続けていることが。
「フン、攻撃が発動される前に刻んでやるよ!」
腕が伸びる。
「ア、危ない!」
ヒロトが飛び込み、槍で軌道を逸らす。必死の一撃。わずかな隙が生まれた。
フリダケイが絵の具を取り出し、跳び上がってオーデッツの顔に叩きつける。
「混色乱陣。くらえ!」
視界が塞がれたその瞬間――
ソラは立ち上がった。痛みも恐怖も押し殺して。
(ここで仕留める……!)
紅剣が光を帯び、オーデッツの胴を貫いた。
「司教! いくら全ての攻撃を予測できると言っても、目が見えなければ予測のしようがねぇ!」
オーデッツがよろめく。ソラの腕に残った衝撃が、確かに“勝利”を告げていた。
***
朝の空気は涼しく、ベッドの柔らかさは心地よかった。
だが左手に巻かれた包帯が痛みを訴え、昨夜の激戦を思い出させる。
扉が開く。
立っていたのは、チュウニとフリダケイ。
(……来たか)
ソラはゆっくりと上体を起こす。
ニンが倒れ、ヒロトも限界を越えて立ち、反火星連盟の加勢で司教は討たれた。ヒロトは命を繋ぎ止められたが――ソラも皆も、傷は深かった。
チュウニの軍服は紺色に輝き、銀の階級章が淡く光る。その姿は、以前よりもはるかに“組織の戦士”としての威厳を帯びていた。
「ソラよ、話がある」
声は低く、真剣だった。
「なんだ?」
返そうとすると、フリダケイが割って入る。
「貴様に話しかけたつもりはない。これはソラに関係のある話だ」
「関係ないだと? 私はソラを導く存在だ」
チュウニの眉が僅かに上がる。
「導くだと? 笑わせる。司教戦で貴様は何も活躍していなかっただろう」
フリダケイの表情が固まった。ソラの胸の奥に小さな痛みが走る。
仲間同士の衝突は、疲れた心に重く刺さる。
「もういい、チュウニ。話を聞かせてくれ」
ソラが落ち着いた声で言うと、チュウニは頷いた。
「――取引をしよう」
「取引?」
「あぁ。お前の持つ紅剣を貰う代わりに、我々は紅剣の情報と“タン・サイボー”という人造人間について教える」
人造人間――その単語が胸に深く沈んでいく。
テイシン村の惨劇。紅剣が初めて反応した瞬間。サイショが倒れた場面――。
胸が苦しくなるほど、あの日の記憶が蘇る。
「紅剣には莫大なエネルギーが秘められている。我々の活動にはぜひとも必要だ。悪いことは言わん、取引に応じろ」
フリダケイが静かに反論する。
「ソラの紅剣ではなくともいいのか?」
「あぁ、紅剣なら何でもいい……他にもあるのか?」
フリダケイが視線を交わしながら言った。
「一ヶ月後、連合国首都ローマで闘技大会が開かれる。賞品は“紅剣”だ」
チュウニは鼻で笑う。
「ふん……貴様のような雑魚が優勝できるのか?」
「できるさ。紅剣を使いこなし、莫大なエネルギーを放出できるこの少年ならば、な」
その言葉にソラは驚く。
自分への評価に、誇らしさと重圧が同時に胸に広がった。
「……まぁいい。紅剣を持ってくると言うなら待ってやる」
司教の最後の言葉がよみがえる。
――紅剣を扱えるのは、人造人間だけ。
父の魂ごと紅剣をコピーされたという事実。
矛盾。
そこにある真実。
ソラは拳を握る。
そのときフリダケイが問う。
「ところで、司教から紅剣について何か聞けたか?」
「え?」
「突入前に言ってただろう? 司教に直接会って、剣の情報を得ると」
ソラは記憶を探り、そして思い出した。
「あぁごめん。忘れてたよ」
気まずそうに頭を掻きながら言う。
戦いの緊張と恐怖、仲間の喪失――重すぎる現実の中で、思考は混乱していた。
自分でも情けないと思う。
だが今は、真実を知るために進むしかない。
その仕草を見て、フリダケイは呆れたように肩を落とし、チュウニは深いため息をつく。
「……お前な。司教に会うのは命懸けだったんだぞ。肝心な情報を忘れるとはどういう了見だ」
フリダケイの声は静かだが、苛立ちが隠れていない。
だがソラは視線をそらし、包帯の巻かれた左手を軽く押さえながら言った。
「悪い。本気で……戦いのことで頭がいっぱいだったんだ」
チュウニは壁から背を離し、ソラの方へと近づく。
「まぁ、奴と戦った直後なら無理もないかもしれん。だが――忘れていたで済ませられる話ではない。紅剣の秘密は、お前自身に深く結びついている」
その声音には、茶化しではない真剣さが宿っていた。
フリダケイも続く。
「司教は“紅剣を扱えるのは人造人間のみ”と言っていた。だが、お前の父も、お前も紅剣を扱えている。これは明白な矛盾だ。……その矛盾を解き明かすには、司教の残した言葉が重要だったはずだ」
ソラは唇を噛み、うつむいた。
「……分かってる。俺も、父さんが……どういう存在だったのか、知りたいから」
室内に静かな空気が落ちる。
チュウニは再び腕を組み、ゆっくりと言葉を置いた。
「いいだろう。司教から直接の情報が得られなかったのは残念だが……まだ手段はある。タン・サイボーの情報を渡す代わりに、紅剣を我々に渡す取引。それは変わらない」
そして鋭い視線を向ける。
「だからこそ、ローマの闘技大会で“もう一本の紅剣”を手に入れてこい。そうすれば、お前の剣は渡さずに済む」
ソラは静かに頷いた。
「……分かった。必ず勝つよ」
フリダケイの唇がわずかにほころぶ。
「当然だ。紅剣を使いこなし、司教をも斬り伏せたお前ならばできる。……私はそう信じている」
ソラは二人の視線を受け、胸の奥に小さな熱が灯るのを感じた。
戦いの痛みはまだ残っている。
失った仲間の重みも消えない。
それでも――
「ありがとう。二人とも」
そう小さく告げると、チュウニは鼻を鳴らし、フリダケイは満足げに頷いた。
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