紅剣物語第27話「決着」

6 2025/11/23 15:08

オーデッツの体が燃え上がった。紅い火柱が吹き上がり、周囲の空気がたわむように揺れる。

「随分と楽しそうじゃないか。楽しみの閉幕は、我が焔で締めてくれよう」

ふいに現れた声には、冷たさと愉悦が入り混じっていた。姿を現したのはチュウニ・ビョウカンジャ――かつて共に戦った仲間であり、今は反火星連盟の戦士。

「チュウニ!」

名前を呼んだ瞬間、ソラの胸に一瞬だけ安堵が走る。だがすぐに、戦場の緊張に上書きされた。

「久しぶりだな、少年。俺も加勢にきた。司教を倒すためにな」

チュウニは黒髪をかすかに払った。落ち着いた仕草とは裏腹に、その瞳は鋭い覚悟を宿している。

「フン、浅慮なことだ」

オーデッツはゆっくりと立ち上がる。燃え上がっていた炎は、まるで初めから存在しなかったかのように消え失せていた。その異常さが、ソラの背筋をひやりと冷やす。

「な、なぜだ……」

「奇襲攻撃をするのであれば、殺気を抑えろ」

静かにそう言い放つと、影がオーデッツの身体を包み、輪郭が変わっていく。伸びた腕は鋭さを宿し、身体はひと回り大きくなっていった。

――常識が通じない。

ソラは喉の奥が乾いていくのを感じた。

「火星神への信仰エネルギーを秘めし我が最終形態、見せてやろう」

オーデッツが突進してくる。大地が震えるほどの迫力。

チュウニは焔の魔法陣を展開し応戦する。しかし――

その手が伸び、チュウニの顔面を捕らえた。大きな衝撃音とともに、チュウニの体が後方へ弾き飛ばされる。

(強い……! 一撃でこの差か)

ソラの心がざわつく。

空中で態勢を立て直したチュウニは、火花のような炎を放つ。しかし、それもすぐに消えた。

「言ったであろう。予測した攻撃を受けても、攻撃される前の状態に戻れるとな」

オーデッツの声には、確信と余裕が滲んでいた。

チュウニはすぐ立ち上がったが、その表情には焦りがあった。ソラはそれを見逃さなかった。

「なにしてる? 早く司教に攻撃しろ!」

叫んだその隙を、オーデッツが見逃すはずがない。

「よそ見をするなァ!」

拳が再びチュウニを弾き飛ばす。

(まずい! 本当にやられる!)

思わずソラは身体が動き、剣を振りかぶった。しかし伸びてきた腕に阻まれ、逆にソラが吹き飛ばされた。

瓦礫が衝撃を吸収するが、全身に鈍い痛みが走る。

「さて、どちらから始末してやろうか」

冷たい声。ソラは身体が固まる。怒りと恐怖が入り混じり、息が浅くなる。

「決まりだ。紅剣のガキから始末してやろう」

腕が伸びる。その向こうに見える狂気の眼光。ソラの胸が強く締まる。

その瞬間――

「おいおい。我々を忘れているようだな」

フリダケイと、傷だらけのヒロトが立っていた。ヒロトは足元がふらついている。それでも立とうとする強い意志が、ソラには何より痛いほど伝わってくる。

(あの状態で……立ってるのか!?)

驚きと、胸の奥が熱くなるような感情が湧いた。

「予測してみろよ。私の、魔法をな」

フリダケイが魔法陣を展開する。しかしソラには見える。恐怖を押し殺し、震える足で前に立ち続けていることが。

「フン、攻撃が発動される前に刻んでやるよ!」

腕が伸びる。

「ア、危ない!」

ヒロトが飛び込み、槍で軌道を逸らす。必死の一撃。わずかな隙が生まれた。

フリダケイが絵の具を取り出し、跳び上がってオーデッツの顔に叩きつける。

「混色乱陣。くらえ!」

視界が塞がれたその瞬間――

ソラは立ち上がった。痛みも恐怖も押し殺して。

(ここで仕留める……!)

紅剣が光を帯び、オーデッツの胴を貫いた。

「司教! いくら全ての攻撃を予測できると言っても、目が見えなければ予測のしようがねぇ!」

オーデッツがよろめく。ソラの腕に残った衝撃が、確かに“勝利”を告げていた。

***

朝の空気は涼しく、ベッドの柔らかさは心地よかった。

だが左手に巻かれた包帯が痛みを訴え、昨夜の激戦を思い出させる。

扉が開く。

立っていたのは、チュウニとフリダケイ。

(……来たか)

ソラはゆっくりと上体を起こす。

ニンが倒れ、ヒロトも限界を越えて立ち、反火星連盟の加勢で司教は討たれた。ヒロトは命を繋ぎ止められたが――ソラも皆も、傷は深かった。

チュウニの軍服は紺色に輝き、銀の階級章が淡く光る。その姿は、以前よりもはるかに“組織の戦士”としての威厳を帯びていた。

「ソラよ、話がある」

声は低く、真剣だった。

「なんだ?」

返そうとすると、フリダケイが割って入る。

「貴様に話しかけたつもりはない。これはソラに関係のある話だ」

「関係ないだと? 私はソラを導く存在だ」

チュウニの眉が僅かに上がる。

「導くだと? 笑わせる。司教戦で貴様は何も活躍していなかっただろう」

フリダケイの表情が固まった。ソラの胸の奥に小さな痛みが走る。

仲間同士の衝突は、疲れた心に重く刺さる。

「もういい、チュウニ。話を聞かせてくれ」

ソラが落ち着いた声で言うと、チュウニは頷いた。

「――取引をしよう」

「取引?」

「あぁ。お前の持つ紅剣を貰う代わりに、我々は紅剣の情報と“タン・サイボー”という人造人間について教える」

人造人間――その単語が胸に深く沈んでいく。

テイシン村の惨劇。紅剣が初めて反応した瞬間。サイショが倒れた場面――。

胸が苦しくなるほど、あの日の記憶が蘇る。

「紅剣には莫大なエネルギーが秘められている。我々の活動にはぜひとも必要だ。悪いことは言わん、取引に応じろ」

フリダケイが静かに反論する。

「ソラの紅剣ではなくともいいのか?」

「あぁ、紅剣なら何でもいい……他にもあるのか?」

フリダケイが視線を交わしながら言った。

「一ヶ月後、連合国首都ローマで闘技大会が開かれる。賞品は“紅剣”だ」

チュウニは鼻で笑う。

「ふん……貴様のような雑魚が優勝できるのか?」

「できるさ。紅剣を使いこなし、莫大なエネルギーを放出できるこの少年ならば、な」

その言葉にソラは驚く。

自分への評価に、誇らしさと重圧が同時に胸に広がった。

「……まぁいい。紅剣を持ってくると言うなら待ってやる」

司教の最後の言葉がよみがえる。

――紅剣を扱えるのは、人造人間だけ。

父の魂ごと紅剣をコピーされたという事実。

矛盾。

そこにある真実。

ソラは拳を握る。

そのときフリダケイが問う。

「ところで、司教から紅剣について何か聞けたか?」

「え?」

「突入前に言ってただろう? 司教に直接会って、剣の情報を得ると」

ソラは記憶を探り、そして思い出した。

「あぁごめん。忘れてたよ」

気まずそうに頭を掻きながら言う。

戦いの緊張と恐怖、仲間の喪失――重すぎる現実の中で、思考は混乱していた。

自分でも情けないと思う。

だが今は、真実を知るために進むしかない。

その仕草を見て、フリダケイは呆れたように肩を落とし、チュウニは深いため息をつく。

「……お前な。司教に会うのは命懸けだったんだぞ。肝心な情報を忘れるとはどういう了見だ」

フリダケイの声は静かだが、苛立ちが隠れていない。

だがソラは視線をそらし、包帯の巻かれた左手を軽く押さえながら言った。

「悪い。本気で……戦いのことで頭がいっぱいだったんだ」

チュウニは壁から背を離し、ソラの方へと近づく。

「まぁ、奴と戦った直後なら無理もないかもしれん。だが――忘れていたで済ませられる話ではない。紅剣の秘密は、お前自身に深く結びついている」

その声音には、茶化しではない真剣さが宿っていた。

フリダケイも続く。

「司教は“紅剣を扱えるのは人造人間のみ”と言っていた。だが、お前の父も、お前も紅剣を扱えている。これは明白な矛盾だ。……その矛盾を解き明かすには、司教の残した言葉が重要だったはずだ」

ソラは唇を噛み、うつむいた。

「……分かってる。俺も、父さんが……どういう存在だったのか、知りたいから」

室内に静かな空気が落ちる。

チュウニは再び腕を組み、ゆっくりと言葉を置いた。

「いいだろう。司教から直接の情報が得られなかったのは残念だが……まだ手段はある。タン・サイボーの情報を渡す代わりに、紅剣を我々に渡す取引。それは変わらない」

そして鋭い視線を向ける。

「だからこそ、ローマの闘技大会で“もう一本の紅剣”を手に入れてこい。そうすれば、お前の剣は渡さずに済む」

ソラは静かに頷いた。

「……分かった。必ず勝つよ」

フリダケイの唇がわずかにほころぶ。

「当然だ。紅剣を使いこなし、司教をも斬り伏せたお前ならばできる。……私はそう信じている」

ソラは二人の視線を受け、胸の奥に小さな熱が灯るのを感じた。

戦いの痛みはまだ残っている。

失った仲間の重みも消えない。

それでも――

「ありがとう。二人とも」

そう小さく告げると、チュウニは鼻を鳴らし、フリダケイは満足げに頷いた。

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タグ: 紅剣物語 27話 新た 旅立ち

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その他2025/11/23 15:08:31 [通報] [非表示] フォローする
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