都市越し、年越し、歳越し
「25歳って、四捨五入したら三十路じゃん」
自分の喉から漏れたその言葉が、キンと冷えた大宮の夜気に刺さって、消えた。
2025年12月31日、23時15分。
私は、全く『エモくない』場所に立っている。
実家の近所にある、サビの浮いた自販機の前だ。
あと45分で私の賞味期限は切れる。
「若さ」という唯一の免罪符が剥がれ落ち、ハッピーニューイヤーの強制的な祝祭の裏側で私はひっそりと「25歳」という歳を越す。
「最悪なんだけど」
私はスマホを操作した。
画面の中では、位置情報共有アプリの地図が光っている。
そこには私の孤独を包囲するように動く、2つの小さなドットがあった。
〔大晦日会おう(3)〕というグループチャットが激しく通知を刻む。
アメ:「今の風速エグいw軽く浮きそうだけど、120キロで『都市越し』かましてるわ。待っとけサカキ、あんたを24歳のうちに回収する!」
ニーア:「完全に詰んだ。でもあと20分で県境またぐよ。サカキ、大宮のど真ん中でGPS止めてて。逃げたら殺す」
アメとニーア。
ネットの趣味垢で繋がっただけの、住む都市も声のトーンも使っているフィルターも違う女たち。私は一度も会ったことがない。
「……本当に来るんだ…」
自販機で買ったコーンポタージュが、手の平でぬるくなっていた。
23時30分。
アプリ上のアメのドットが首都高へと吸い込まれていく。
ニーアのドットは、東京の複雑な迷路を潜り抜けいよいよ埼玉の青い看板を超えていた。
彼女たちは、私を迎えにきている。
実家のこたつで蜜柑を食べながら「今年も終わっちゃうね、私も25歳だよ」なんて、ぬるい会話に耐えられなくなった私を。
25歳なるのが怖くて、SNSの裏垢で『時を止めて』と呟いた私を。
「都市越し、年越し、歳越し」
口の中で、リズムを刻むように呟いてみる。
東京、神奈川、埼玉。
境界線を踏み越えてわざわざ『孤独な女』を回収しに来るなんて、コスパもタイパも最悪だ。
でも、だからこそ。
画面の中のドットが私に近づくにつれ、私の心臓の鼓動がドク、ドクと加速し始めた。
23時50分。
大宮駅近く、街灯がチカチカと死にかけているコインパーキング。
目の前に、黒のセダンと千葉ナンバーの軽自動車がブレーキ音と共に滑り込んできた。
ドアが開く。
「…サカキ?」
真っ黒なオーバーサイズの服に、少し焦りの混じった顔をしたニーナが降りてくる。
「間に合ったー!!死ぬかと思ったわ、24が!」
雑にお団子を結んだ、スウェット姿のアメも飛び出してきた。
三人が、冬の深夜の駐車場で三角形を描くように立ち尽くす。
画面の中の『アイコン』ではない、生身の体温のある私たちがいた。
「あんた…実物の方がもっといいじゃん」
アメが私の目を見て、ニカっと無邪気に笑った。
「いい感じに絶望してる。24歳最後の、いい顔してるよ」
その瞬間、音がした。
ズン、と腹に響くその音は、これまでの私を葬る音だ。
「よし、乗りな。都市も、年も、歳も、全部いっぺんに越してやるから」
ニーナが助手席のドアを開ける。
私たちは、新しい朝なんて待たない。
自分たちで、夜の向こう側へ突っ込んでいくのだ。
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