ヤンデレなひなーのに壊されるかみーと

4 2026/02/03 13:38

~スタート~

「優しいひなのちゃんからのプレゼント。はいこれ、新しいスマホね」

 その優しいひなのちゃんに壊されたスマホの代わりに、最新機種のスマホを受け取る。

 データの引き継ぎもしていない(というか粉々に壊されてできなかった)ので、スマホのメモリはまっさら、新品未使用品って感じ。

 ……いや、完全にまっさらでもないのか、電話帳に一つだけ、ひなーのの連絡先が予め登録されている。

 もしここに別の誰かの名前を追加しようものなら────特にそれが女性なら────きっとこのスマホも先代と同じ末路を辿ることになるのだろう。

 壊されると分かった上で連絡先を追加しようとする俺も頭が悪いけど、それくらいの事で壊したひなーのも頭がおかしい。

 今更だけど。

 本当に今更過ぎる認識だった。

「九月十八日……ってことは、もう二週間になるのか……」

 スマホのホーム画面に映し出された数字を見て、俺は今日の日付を認識した。

 俺が泊まりに来た初日にはもう、ひなーのがカレンダーや時計の類を全て処分してしまったため、俺はあの日から時間感覚が狂いっぱなしだった。

 

 二週間。

 人が壊れるには十分な時間か。

 少なくとも俺はもう正常な思考を有していない。

 多分、六日目辺りで限界が来て、確か十日目くらいで全てを諦めた。

 諦めたら凄く楽になったのを覚えてる。

 ずっと気持ち悪かったのが。

 吐きそうで仕方なかったのが。

 気持ちよくなったのを覚えてる。

 

 

「私、かみーとのこと愛してる」

 ひなーのは言う。

 俺の胸に顔を埋めたまま。

 俺の顔なんて見ないまま言う。

「愛してるって、私らしくもないけど。でも本当に、ダメなくらいに好きなの」

 おかしいよねと笑うひなーのは、全然ひなーのらしくなかった。

 あの特徴的な、俺が大好きな笑い声を最後に聞いたのはいつだろう。

 随分昔な気がするし、つい最近な気もする。

 どちらにしても同じだった。

 どうせもう聞くことはないのだろうから。

 俺はそれを寂しいと思った。

 

「やっぱり、ダメだよね。こういうのはさ。私もよくないって分かってるんだよ? こんなの、普通じゃないってさ」

 さっきからひなーのが誰に向かって喋っているのか全然分からない。

 分からなすぎて、いらいらした。

 俺に向けてる言葉じゃないのは確か。

 だってそもそも俺にこんな贖罪じみたことを言う精神なら、ひなーのは最初から壊れなかったでしょ。

「でも私にはかみーとが必要なの。もう離れるなんて耐えられないの。私はかみーと以外いらないし、かみーとにも私以外を欲して欲しくないの。だから─────」

 自白にも似た独白を聞いて、にぶちんな俺にもようやく合点がいった。

 なんだ、めちゃくちゃ簡単なことじゃん。

 だいたいここには俺とひなーのしかいないんだし。

 俺に言ってないならそれは、他ならぬ自分に向けた言葉だった。

 ひなーのはダメだダメだと言いながら。

 己の狂気を肯定した。

 見えぬ誰かに言い訳しながら。

 俺には終ぞ何も言わなかった。

 これはもうダメなのだろう。

 とっくの昔に終わってたけど、その残滓さえ、今この瞬間に消え去った。

 配信者と配信者。

 友達と友達。

 男と女。

 最後には所有物と所有者か。

 そりゃ、自分のモノに謝るバカはいないだろうけどさ。

 いよいよ行き着くとこまで行き着いたって感じだね。

「ひなーの」

 俺は乾き切った唇で彼女を呼んだ。

 振り向いてくれるとは思わなかった。

 別に振り向かなくていい。

 これは、改めて負けを認める為の言葉だから。

「俺はもう、どうなってもいいよ」

 出てきた声は、自分でもどうかと思うほど低く冷めていた。

 

「もう後悔するのも飽きたしね。……それに、ここまで愛してくれてるひなーのに、なにも返さないのもどうかと思うし」

 これのどこが愛だ?

 誰をどこまで愛してるって?

 正気か? 

 正気でいられるか。

 本気か?

 本気に決まってる。

 俺は本気で。

 俺は一途に。

 橘ひなのをアイシテイル。

「俺は、ひなーの独りだけのものだよ」

 俺はひなーのが好きだった。

 それは彼女が俺を好いているのと同じレベルではないにしろ。

 世間一般の常識に照らし合わせれば、やっぱり俺はひなーのを愛していたのだと思う。

 

 それなら俺は、この期に及んでなにを迷っているんだろう。

 ひなーのが俺を好いているように。

 俺も彼女を好いている。

 それでいいだろ。

 これ以上なにを望む?

 これが幸せでなくて、なんだ。

「本当に、いいの?」

 恐る恐る、聞いてくるひなーの。

 ひなーのが俺を見てくれた。

 俺と会話をしてくれた。

 それが堪らなく嬉しかった。

「いいって言ってるだろ。こんな恥ずかしいこと、何回も言わせないでよ」

「私……かみーとがそう言ってくれて本当に嬉しい。本当はもっといたぶらなきゃ言ってくれないと思ってたの。なんなら一生言ってくれないかもとか思ってたのに。まさか本心で自分から言ってくれるなんて夢みたい」

 夢か。

 ─────一瞬。これが夢ならどんなによかっただろうなんて、そんな考えが頭を過ぎる。

 関係ない。

 所詮は理性の断末魔だ。

 この先は、この先の人生はそんなことを考える意味もないくらい、俺達は幸せになるのだから。

 この閉じた世界の中で。

 二人きりの部屋の中で。

 何も見ずに。他を見ずに。比べずに。彼女だけを見ろ。俺だけを見ていろ。もう遅い。壊れた。狂った。何もかも。何がでも。全てが、総てが、凡てがすべてすべテスベてスベテ──────

「─────愛してる。かみーと」

「…………うん」

「また前みたく遊ぼうね?」

「……うん」

「私も普通に戻れるように頑張るから」

「うん」

「だから今だけは、こんな私を許してね」

 どんなひなーのでも許すよと。

 他ならぬきみに壊された俺は、それでもきみを愛してるよゆるすよと。

 ちゃんと言葉にできたかも怪しかった。

 

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