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学び2026/03/16 23:24:35 [通報] [非表示] フォローする
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1: テル@37028 @hhhha 2026/03/16 23:24:35通報 非表示

独り言は決して多くはないが日々考える事は多く、かといえそんなことを友人に共有するなどと社会性のない人間ではない。だがしかし形而下とは言わないまでも何かしらの形でその日々の思惟を残すことは、僕自身の成長に大きく寄与するところがあるという風に考え、作成にいたった。無論、このような弁駁を冒頭に挟むことが全く持って無意味な程に独り言である。


2: テル@37028 @hhhha 2026/03/16 23:39:38通報 非表示

哲学などというとギリシャ哲学が優れたものであるような感覚になる。実際今でもギリシャ哲学で生まれた流派は、歴史の学識領域のみならず哲学分野をはじめとして多くの学問において基本となる。基本的にギリシャ人は暇だったから無理もない話だろう 
イデア論というプラトンの立場がある プラトンはご存じソクラテスの弟子だ 昔読んだ世界偉人伝にはソクラテスの処刑とプラトンの立場を滑稽に描写していたが、世界史を履修した後だとそんなものじゃないだろうな・・・ とは思う。なお、アリストテレスもプラトンの弟子。

話を戻すが、このイデア は「アイデア」の語源となったものだ。イデア の語源は「見る」を意味するもので、イデア論の本質を反映している。イデア論とは、私たちがいるものは本質ではない という物
ここだけ抜粋するとどうにも虚無主義と混同してしまいそうになるが、両者には無論大きな誤謬が存在する。
敷衍するのであれば「まぁ世界作ってるものは本物じゃないよね」がイデア論で、「絶対的価値なんてない」がニヒリズムである(本質を捉えられないという点においてはシニシズム 所謂冷笑系と似ている)
昨年11月にノルウェーの物理学者が、意識が、ビックバン以前から存在するものだという論文を発表していた 科学には非常に疎いのでよくわからなかったが、イデア論に似たものだと思った。
こういう科学が未発展だからこそ学問としての体系を得た、荒唐無稽な話は、もはやここで書き示す必要がないほど人間の考え方に影響を与えてきたが、
ここまで話してきてなんだが、私が着目したいのは、こんな西洋文化ではない

「中は天下の正道であり、庸は天下の定理である」
これは読んで字のごとく中庸についての、古代中国の思想家の話である。この文章に触れたのは、私が孟子の思想書を読んだときだった。
清談という古代中国の文化がある
竹林の7賢人 などという旧帝よろしく7のつく賢人がいるアレである 世の中が荒廃したばかりに、早い話人々が現実逃避して、哲学的なことを話し合った文化の事だ
私は思想においてはむしろ東洋の方が優れたものなのではないか という風に考える


3: テル@37028 @hhhha 2026/03/16 23:51:34通報 非表示

前述した 中庸について話をする

中庸を一言でいうのなら「真ん中」である。
世の中ではAかBかで議論がされがちだが、無論答えはそんなに単純じゃない その二択を事前に設定することは最初から思考を○すのと同じようなものだ

分かりやすい話をしよう
箱を用意して、その中にビー玉を入れる。ビー玉真ん中にとどまらせることは難しい
失敬、これは以前どこかで見た比喩をそのまま流用したものだが、なるほどと思ったのでここでも書いた
我々は答えを求められて生きてきた。算数や理科はわかるまでも、国語にすら答えが求められてきたのだ もちろんそんな中では我々は答えの存在を信じてやまない。そして、何か課題に当たったときに単純明快な答えが存在することを前提にし話をしてしまう これが良くない。政治という国民の利害調節の場で、保守とリベラル(便宜上ここでは保守の対義語をしてリベラル を用いることにする)どちらかの体裁を保つなどと、そんなくだらない政治的立場の固執で、国を動かされては大変困る 
ただし、私はこれは国民の意識も明確に問題だろうと思う。いや決して投票率の低下などと大前提の事を取り立てて悲観するのではなく、そのさらに後の自身の政治的立場の認識である 
イカれている 元来社会をどう変えるかを標榜する政党に対して「あぁこんな社会を実現してほしいな」と、理想をこめて投票するのが選挙であったはずなのに、自身の保守だかリベラルだかの立場を自覚したが故に、政策ではなく 右派か左派かで話をしてしまう 拗らせたジジイどもはやれ鳩派かタカ派だとかぬかしている そんなことは問題ではない 橋下徹も言ってただろう 我々一般人に、情報をほとんどもたない一般人に政策にどうこう言う事はできないから、ならせめて「何をどうしてほしい」という要求をもって選挙に臨め 自身の意見の性質を世間一般に当てはめてラベリングして、ロクなことになる訳がない


4: テル@37028 @hhhha 2026/03/16 23:54:26通報 非表示

そしてまた話が大きくずれていた 中庸の話である 
要するに、何をするにしても新しい視点を持つこと それは地球が平か球かではなく ドーナツ型ではないのか 地球平面説 とあるがアレは半円じゃないか 私は本当の平面の可能性を模索する でもいい しかし事前に設定された(ように見える)二択に身を任せて論じるのは非常に危険である

えー こういう、あれこれ考えた割には浅い考えが出てくるので、独り言という場所を設けました。えぇ。
いや、出そうと思えばどんどん深そうな事は言えるのですが、なにより今は頭を使いたくない


5: テル@37028 @hhhha 2026/03/17 13:47:18通報 非表示

互いを掬うことなく、その軋轢を通すことに価値はまったくない。恐ろしい程にない。一見付和雷同などの指摘が付き纏いそうな意見だがこの場合「掬うことなく」というのがミソ。

掬する という言葉がある。

きくする と書いて相手の事情を汲み取る という意味がある。

「掬」という文字が持つ水を両手で汲み取る ことが由来になっている。

初めて触れたのは4年前に読んだ、なんだったか忘れたがライオンが主人公の小説だった。人間に懐柔されたライオンがプライドと自らの日々を憂う

野生の生活を忘れ人間の管理下で生きることに馴致され、彼らは何を思うのか、勿論動物の意見を書くのは全て人間のエゴである。そこをやれプライドとかいう至って人間的な感情で描くのはどうとも言えない小説なのであるが、ライオンが「尊大な羞恥心と臆病な自尊心」とでも言っておけばもっと面白かったかもしれない。

動物園で虎 だとなると落語のある演目が思い浮かぶ

落語の代表的ジャンルは大きく3つあり

滑稽噺 人情噺 怪談噺がある

寿限無やまんじゅうこわいは滑稽噺の演目である。

それは「動物園」という演目であって読んで字のごとく舞台は動物園。テーマからして新しい演目にも見えるが、案外これが作られたのは100年前になる。

ここで内容を書くのは控える。そもそも動物園の話になったのは李徴の話になったからだ。


6: テル@37028 @hhhha 2026/03/17 13:49:42通報 非表示

さて、何かを書こうと言うことは何も考えていない。つまるところ本当に暇なだけ。今日は特に。

しばらく忘れて懐かしんでは見たものの長期休みはつまらない。金がないとよりつまらない。まったく学生の春休みは長すぎる。これならば静岡まで言って海水浴場で外国人と戯れるゲイ探しをした方が遥かに有意義。


7: テル@37028 @hhhha 2026/03/17 20:11:16通報 非表示

IQテスト 確かにバカが喜びそうなシステム
フリン問題なんかを内在している以上IQは知能を測る数値ではなくその時代の思考様式への適応度を示す値になる。
それを「知能」だのなんだのと自らの脳のスペックをベンチマークのように数値化してニコニコしている。
少し説明しよう
フリン問題は心理学者フリンが指摘したIQテストの問題点。年代ごとにIQが上昇する傾向がある という問題のことだ
これは何も賢くなってるわけではなくて、科学的思考や図表文化等が1980年と比較すると発展したからだ
そして「思考様式への適応度」として数値化された120だか130だかの数字を見て喜び万能感に浸る。おもしろいおもしろい

手元にいくら優秀なパソコンがあったところでそれを使って上手く作業もできていないのに「私のパソコンは優れている」と誇示し続ける。それがバカである。バカが喜ぶとはそういうことである。
私の知る本当に賢い人は、いや勿論そんな数値を出せば140でもポンと出しそうなものだが、幸か不幸かIQを正式に病院で測ったことはない いや幸かも
そんなくだらないヒエラルキーの中に入るのが嫌だから私も検査したことは1回もない。自分が馬鹿な方だとも思わないが世の中には本当に賢い人が大勢いる。それこそノー勉で大阪大学の合格を勝ち取った彼だったり。論理思考ゲームで彼に負けたことがないのが誇りではあるがそれも論理思考という私の土俵である。学力 記憶力の土俵になれば確実に勝てない。
そういう点を踏まえて、私はランクマッチに参加しないことに決めている。


8: テル@37028 @hhhha 2026/03/17 20:38:19通報 非表示

もう少し詳しく描こうか
統計心理学の話になるがg因子 というものがある。
前提として知識は一様ではない。ハワードガードナーの多重知識理論をそのままなぞる形になるが、それは一々理論化しなくても自明だろう
記憶力 分析力 論理能力はそれぞれ知能としては異なるもの。
しかし全く違う能力なのに、何故かこれを解析すると統計的な比例関係が見られる。記憶能力が高い人は論理力が高かったりする。そしてそれをg因子(gfactor)と呼ぶ。発見した心理学者の名前は忘れたが、大量のテストを解析した結果この相関がわかったそうだ
IQの示すのはこのg因子よろしく総合的知能だがそれでは知識が単純化されすぎている。そもそもこのg因子自体存在が怪しく因子分析が作った数値 だとも思える。

あえて言うと IQはクソである
そもそも知能を単純化、数値化することがおかしい。
赤い光と青い光でどちらが明るいか を競うようなもの。


9: テル@37028 @hhhha 2026/04/15 02:13:41通報 非表示

わたあめ か 彼は面白いね
彼を中一 とするのは、いやトンチンカンなことを言うかもしれないが、私は欺瞞だと思っている。

どうだろう 最初に わたあめ と入れたことで君のエゴサに引っかかっただろうか

まず落ち着いて欲しい
私は、こんな夜中に同じコミュニティの一ユーザーの精査を使用などとは考えていない。このトピを見たらわかるように思ったことを自由に描き連ねる 独り言板だから どうでもいい話を延々としようか するまいか というところである。
それに哲学よろしく
もし君が本当に中一ならば、この書き出しから始まる一連の内省を、滑稽に思うだろうが こういうことを言ったん疑うのは私の性である。
見るも見ないも自由だが。

さて、中一でも、異様に理路整然とした人物はいる。様々にいる。そういう人たちと話をしてきた。
だが君とは明らかに違うところは、(中一)という年齢の扱い方。君は年齢不詳 とはいいながらも (中一)と小出しにはする。by中一 のように
そしてそれを修正する。
これは 自己呈示、や印象管理のジレンマを抱えているように思う。自分より上の年齢 下の年齢を詐称することはどちらにもメリットがある。
上の年齢を言って舐められないようにしてみたり、下の年齢を言って、「その歳で!?」と驚かれたい、承認欲求を満たしたい 等の感情の処理もできる。
私がもし詐称するなら前者を選びそうだが、ピアノ等の芸術に覚えのある人間なら後者を選びそうなものである。私自身その心理は、よく理解できる。
しかしならば何故中一と断言仕切らないのか 自明にしないのか

それは嘘をつきたくないからだ と思う。荒唐無稽なものであるが。
私も実際パチンコの脱法論理のようなことを日常生活で用いて、「いや、〇〇とは言っていない。そうとも取れる、あくまで語弊であり、欺瞞ではない。」とすることがある。中一です。と断言はできないが、しかし小出しにすることで最も現実感を持ってコミュニティで前提を作る。しかし断言はしていない。一概に嘘だと言えるものでも無い。そういうものだと思っている。君は本当は中学一年生ではないが、中一を偽ることで、君の文化的活動における評価の基準が代わり、こうした匿名サイトに置いて承認欲求を満たす目的をより円滑に進めることができる (事実として、承認欲求をこのサイトで満たそうとする傾向はある)


10: テル@37028 @hhhha 2026/04/15 02:23:18通報 非表示

>>9
わたあめ

(エゴサ用)
一連の流れは、哲学よろしく「知を愛する」
自明とされている部分に疑義的な姿勢を示す 哲学における大切な1歩である

その真か偽かはこの際重要ではなく、私が私の中で最も合理的に解釈するならばどのような形になるかが大切なのである。
確かに音楽理論のやり取りをするにあたり言葉の定義の未熟さを感じる1面はある。あんなに長文を書いたが実際がどうかは分からない。


11: テル@37028 @hhhha 2026/04/15 02:31:00通報 非表示

>>10
私の中一といえば中々だった 調子に乗っていた。目も当てられないくらい
地域の小学校が1つになる大きな中学校だったがそこで学力は1位だった。無論ピアノも絵も作文も、発表も議論も バスケなんかの球技も とことんできた。が、故に級友を非常に見下していた。
事実会話が1部できない輩もいた。小2の頃から兄弟喧嘩で「論理が破綻している」などと言言火を吹いてきた身である 会話の時に3つも4つも先の話をするようでは確かにまともな会話が成立するわけもなかった。
そうして全部見下して、そしてネットに来た ここならば会話ができる人がいるんじゃないか。
私は勉強が嫌いで、何かを覚えるためにひとつの本を何周もするという取り組みが、まぁくだらなく思えた。だから国語だけ高い。小6に高二数学、社会、理科を解け といっても溶けないが現代文ならば解ける。それと同様のロジックで、私は現代文だけが得意 なぜなら何も勉強しなくても点が取れるから。そのために現代文だけずっと全国1位だった(模試等で満点 というだけのこと)
話がズレたが、確かに理路整然とする という観点では君の中一であるのを疑うことはできない が、その心理としてそれは疑いの余地がある ということ

いやはや寝れなくてね こういう長文でも書かないとどうにも寝付けないような気がして
では


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