ロールキャベツになりたい
私は、小さい頃から漠然とロールキャベツになりたいと思っていた。
しかし、子供とはそういうものだ。プリキュアになりたい、仮面ライダーになりたい、そう思う子供がいるなら、ロールキャベツになりたい子供だっている。
母は、ロールキャベツを出す時、よく「人はロールキャベツのようなものよ」と言っていた。私は、その言葉の意味をよく理解できなかった。私はまだロールキャベツではないからだ。小さい頃の私は毎回軽く受け流していた。
私も、小さい頃はロールキャベツになるために苦心したものだ。
11歳の夏休み、祖母の家に帰省していた私は、近くにあったキャベツ農場のビニールハウスで1日を過ごすことで、キャベツと同化しようと考えた。
ビニールハウスに入り、1時間ほどは「キャベツの匂いがついた〜^ ^これで私も、アブラナ属アブラナ科アブラナ目の仲間入りだ〜」とはしゃいでいたが、いくらキャベツになりたかろうと、結局は子供なのだ。
キャベツのことを尊敬してはいたが、キャベツは家族ではない。母親が恋しくなって家へ帰ってしまった。それから毎日30分ほどのキャベ活に勤しんだが、キャベツになれることはなく、私の夏休みは幕を閉じた。
それから毎年、熊本県、茨城県、味の素など、機会があればロールキャベツになろうと試行錯誤したが、結局ロールキャベツにはなれないまま大人になってしまった。夢を叶えることもなく、ごく普通の会社に就職した。
大人になると子供の頃の夢を忘れてしまうとよく言うが、私もその一人だ。最近は残業や厳しい会社のノルマが積み重なり、ロールキャベツのことを考える時間なんてなかった。
だが、夢を忘れたくて忘れたというわけではない。最近、ようやく長めの休みを取ることができたので、実家に帰った。約1年ぶりだ。両親に会った。母校を見に行った。中学の時の友達に会った。地元のラーメン屋に行った。都会の忙しさにあてられていた私には、それだけで十分だった。
その夜、両親と他愛のない会話をしていると、テーブルにある夕食に目が行った。1年ぶりに帰ったこともあって、それなりに豪華な献立だ。シチュー、アボカドのサラダ、奥に見えるのは、、、 ロールキャベツだ。
「アンタ、昔からロールキャベツ好きだったでしょ」
母親の偉大さを痛感した。
「人はロールキャベツみたいなものよ」
やっぱり変わってないな。
「「「いただきます」」」
優しい色のキャベツからは、湯気が立っている。透き通ったコンソメスープの上に浮かんでいるロールキャベツが、神々しくて仕方がない。箸で掴んで口に運ぶ。
!実家の味だ。肉の旨味が溶け込んだスープをたっぷりと吸い込んだキャベツがとろける食感、中から溢れる肉汁、これ以上の食べ物はこの世に存在しないだろう。ああ、温かい。食べ終わる頃には、一粒の雫が頬を伝っていた。私はロールキャベツを完全に思い出した。
その晩、私は子供の頃のことを思い返していた。どれだけがんばっても私はロールキャベツにはなれなかった。それでも、ロールキャベツになるためにがんばったという事実はある。それだけで十分なんだ。いや、夕食の時に母は言っていた。「人はロールキャベツのようなものよ」そうか、人間は周りの人や環境に巻かれて育っていく。確かにロールキャベツだ。
母の言っていたことをようやく理解した。ということは、私という人間は生まれたときからすでにロールキャベツだったのではないだろうか。ロールキャベツとの運命を感じた。なら、私はこれから巻く側になれるように生きていこう。両方できてからが、本当のロールキャベツだ。
形は違っても、小さな頃からの夢をこれからも追い続けて行けると思うと、自分の未来が少し楽しみになった。

