Nの皆さんへ⑨
道は単調だった。
土の道。低い丘。乾いた風。
どこまでも続く景色に、変化はほとんどない。
村と村を馬車で移動し、その度にハルマとラカールが金を払った。
だが、キョートシティに近づくにつれ、馬車がいなくなった。
人が多かったからだ。馬車はたちまち売り切れた。
「……遅いな」
ラカールがぼそりと言う。
「何が」
ソラが前を向いたまま返す。
「進み方だよ。無駄が多い」
「別に急いでない」
「急げとは言ってない。“無駄を減らせ”って言ってる」
軽く舌打ち。
街道は、これまでとは明らかに違っていた。
人がいる。
荷馬車、旅人、村人。
様々な連中が、同じ方向へ流れている。
「……増えたな」
ソラが呟く。
「キョートが近いからな」
ラカールが答える。
「西方唯一の大都市だぜ?」
ハルマが言った。
ハズミは黙々と歩いている。
(東とは、全然違うな…)
視線の先、簡易の休憩所が見える。
木組みの建物と、水場。人だかり。
賑やかだった。
「一度寄る」
ラカールが言う。
「情報と補給。ついでに様子見だ」
ソラもハズミも、特に反対しない。
「情報収集は俺に任せろ」
ハルマが得意げに言った。
四人は、人の流れに混ざった。
---
中は騒がしかった。
笑い声。交渉。怒鳴り声。
様々な音が混ざり合っている。
ソラは少しだけ眉をひそめた。
(……落ち着かないな)
「田舎者みたいな顔だな」
ラカールが横で言う。
「うるさい」
短く返す。
ハズミは周囲を静かに見ている。
視線だけが鋭い。
「分かれて動く」
ラカールが言った。
「俺はハルマにつく。お前らは補給。どうやら、色々出来そうだ」
「……分かった」
ソラが頷く。
ーーー
水場の近く。
ソラは袋に水を詰めながら、周囲の会話を聞いていた。
「今年は多いな」
「そりゃあな、紅燐祭だぞ」
「でも、参加者は貴族がほとんどだろ?」
「貴族と言えば、アルトナインも参加するって話だ」
「アルトナインかよ。キョートシティ最強の精鋭じゃねぇか。せっかく参加しようと思ったのによ」
その名前に、手が止まる。
視線を上げる。
少し離れた場所で、ハズミが立っていた。
表情は変わらない。
だが、わずかに空気が硬い。
ソラは何も言わなかった。
「キョートシティ貴族、サドバ・コルトシュタイン様のお通りだ!」
騎乗の男を中心に、数人の男の列が側を通っている。
ソラとハズミは水を詰み続けていた。
「おい」
低い声。
振り向くと、騎乗の男がいた。
「お前ら」
視線が、2人に向いている。
「頭を下げないのは、サドバ・コルトシュタイン様がいると知ってのことか」
「……は?」
ソラが返す。だが周囲を見ると、ハルマ含む全員が平伏していた。
サドバは笑う。
「無礼者が。斬り殺してやろう」
だが、目は笑っていない。
空気がじわりと重くなる。
ソラは背中に手をやった。布に包まれている紅剣。
これを抜けば、この場は容易に切り抜けられるであろう。だが、大勢の人が死ぬ。
「商品を買うのでしょうか?」
横から声が入る。
ハルマだった。
いつの間にか戻ってきている。
「所詮猿の奴隷なので、頭を下げることができないのです。ガキの男女。訳ありだが要領は良いんですよ。今なら無料で売りますよ」
サドバは一瞬だけハルマを見る。
そして、興味を失ったように肩をすくめた。
「欲しいかーー」
「猿芝居はよせ。奴隷がこんな大層な剣を持ってるわけがないだろう」
沈黙。
「どこの田舎者かはしらねぇが、いいことを教えてやる。ここは貴族ばかりだ。人間を見かけたら、猿らしく無様に、頭下げといたほうがいいぜ」
男はクックと笑った。
が、次の瞬間、男の顔面に拳が炸裂した。
跳躍したハズミが、殴っていた。
男はよろける。
「ってぇ…てめぇよくーー」
とっさに、ソラはサドバの馬を蹴り飛ばした。
馬が暴れ始め、サドバは地面に叩き落とされた。
ソラの後ろにはハルマ。
「急げ!ここから離れる!!」
三人は水場から走り出した。
「ラカール」
ソラは建物の入り口で呼んだ。
少しして、ラカールが出てきた。
「どうしーー」
「いいから走れ!」
見ると、水場から槍を構えた男たちが追いかけてきた。
日差しが強い。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに遠い。
四人は、勢いよく人混みを駆け抜けた。
「一体どうして殴ったんだ!?」
川のそばで、事情を聞いたラカールはハズミを攻め立てた。
「コルトシュタインなど、格下の家門。アルトナインに比べれば、所詮は蟻。虫に頭を下げろと言われて、怒らない人間がいるのですね」
ハズミは挑発的な口調で言った。
それがソラには少しおかしかった。
思えば、ここまでハズミが口達者になるのは、初めて見たものだ。
「で、何かあったか」
気持ちを切り替えるように、ハルマは言う。
ラカールは少しだけ考えてから答える。
「いくつか」
指を立てる。
「まず、紅燐祭。例年より規模がでかい」
「それは知ってる」」
「問題は中身だ」
少し声を落とす。
「参加者の大部分が、貴族らしい」」
「貴族?」
「あぁ、そしてキョートの貴族は、理式を使える」
ソラが眉をひそめる。
「強い貴族が、祭りで何やるんだよ」
「覇権争いか、殺し合いだ」
ラカールは即答した。
「もう一つ。妙な噂がある」
「何だ」
「機械人間」
その一言で、空気が変わる。
「……キョートにもいるのか」
「ああ。ただし——」
少し間を置く。
「“紛れてる”らしい」
沈黙。
街道の音が、遠くに聞こえる。
ハズミが初めて口を開く。
「……中にいるってこと」
「可能性は高い」
ラカールは頷く。
「目撃情報が絶えない。キョートの中にな」
ソラは紅剣に触れる。
無意識だった。
(……またか)
戦いは終わっていない。
むしろ、近づいている。
「そろそろ時間だ」
ハルマが言う。
「コルトシュタインが怒り狂えば、キョートの入り口を封鎖し、俺たちを待ち構えるかもしれない」
そう言って、彼は歩き出す。
ソラも続く。
ハズミも、何も言わずに動く。
街道は続く。
人の流れも、さらに増えていく。
その先にあるのは、キョート。
祭りの街。
だが——
(……違うな)
ソラは思う。
ただの祭りじゃない。
何かが起きる。
そんな気配があった。
風が吹く。
四人は、その中を進んでいく。
交わる人々。交差する思惑。
まだ見えない何かへ向かって。
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