影の告白
古い洋館の書斎は、いつもと同じ静寂に包まれていた。暖炉の火だけが、分厚いカーテンの隙間から差し込む月明かりと競うように、室内を薄ぼんやりと照らしている。
安藤警部は、テーブルの中央に横たわる男性――この屋敷の主、高遠源一郎の遺体を見下ろしていた。凶器は近くに落ちていた銀のレターナイフ。一見すると、衝動的な犯行か、あるいはもみ合いの末の悲劇に見えた。
「状況はシンプルに見えますがね……どうも引っかかる」
安藤は呟き、鋭い視線を室内へと走らせた。窓は内側から施錠されている。出入り口は一つ、使用人たちが全員、源一郎の甥である高遠和彦が到着するまで玄関ホールに集まっていたという証言もある。外部からの侵入者は不可能だ。
容疑者は二人。
一人は、源一郎の秘書を務めていた若い女性、篠崎エミ。彼女は源一郎からの執拗なセクハラに悩まされており、犯行動機は十分にあった。もう一人は、遺産相続で源一郎と激しく対立していた甥の和彦。彼もまた、この日の夕方に源一郎と口論していたことが確認されている。
「エミさん、あなたはこの時間、どこに?」安藤が尋ねる。
「私はずっと、隣の応接室で和彦様がいらっしゃるのを待っていました。他の使用人たちと一緒に」エミは顔を青くして答えた。
「和彦君は?」
「私は到着してすぐ、皆さんと一緒にホールにいました。源一郎叔父貴とは会っていません」和彦は冷や汗を拭いながら答えた。
全員がアリバイを主張し、証言は一致している。
安藤は再び書斎を見回した。完璧な密室。そして矛盾のない証言。全員がホールにいたならば、誰もこの部屋に入っていないことになる。しかし、遺体はここにある。
彼は、ふと視線を感じた。それは、暖炉の上のマントルピースに飾られた、一枚の大きな肖像画だった。源一郎の先祖と思われる、厳しい表情の老紳士が描かれている。
「この絵は……」
安藤は絵に近づき、じっと見つめた。そして、何かを決意したように和彦に尋ねた。
「和彦君、あなたがこの部屋に来た時、この暖炉の火はどのくらい燃えていたかね?」
「ええと……私が到着したのは八時ちょうどです。その時はもう、火はかなり小さくなっていて、今と同じくらいでした」
「そうか」安藤は頷いた。「わかった。犯人はこの中にいる」
エミと和彦は驚きに目を見開いた。
安藤は続けた。「犯人は、火が小さくなった状態を『見ていない』人間だ」
彼は和彦を見た。「和彦君、あなたは到着してすぐにホールにいたと言った。しかし、この部屋の暖炉の火が小さかったことを正確に記憶している。なぜかね?」
和彦の顔から血の気が引いた。
「なぜ、全員がホールにいたはずなのに、あなたは部屋の中の状況を知っているんだ?あなたは皆と合流する前に、この部屋に入っていた。そして、源一郎さんを殺害したんだ」
和彦は言葉を失い、崩れ落ちた。
「そして、密室のトリックは……」安藤は窓の鍵を指した。「この鍵に塗られた透明な接着剤だ。外から鍵を閉めた後、接着剤が乾くまでの時間を計算していた。我々が到着した時には乾いており、まるで内側から施錠されていたかのように見えた。だが、あなたは暖炉の火という、犯行時の一瞬の状況を覚えていたことで、自分のアリバイを崩してしまった」
和彦は項垂れ、静かに罪を認めた。書斎の静寂は、再び戻ってきたが、そこにはもう、嘘の影はなかった。
このトピックは、名前 @IDを設定してる人のみコメントできます → 設定する(かんたんです)

