金魚とサイダー
高校二年の夏。僕は少しだけ後悔していた。
幼馴染の美咲(みさき)と、地元の大きな花火大会に来ていた。僕たちは毎年一緒に来ていたけれど、今年は少し違った。中学の頃から明るくて人気者だった美咲は、この春から僕とは違うクラスになり、どんどん僕の手の届かない存在になっていくような気がしていた。
「健太、早く行こうよ! 金魚すくい、絶対やりたい!」
浴衣姿の美咲は、いつもよりずっと大人っぽくて、僕は何だか目を合わせられなかった。
「あ、ああ。いいよ」
僕たちは人混みをかき分けて、出店通りを進んだ。射的、たこ焼き、かき氷。祭りの喧騒が僕らの間にある微妙な距離感を紛らわせるようだった。
「見て! あの金魚、すっごく大きい!」
美咲が指さす先には、立派な琉金が優雅に泳ぐ金魚すくいの屋台があった。美咲は目を輝かせてポイを受け取り、真剣な顔で水槽と格闘し始めた。
結局、ポイを三枚とも破ってしまい、しょんぼりする美咲。屋台のおじさんが「特別だよ」と、一番小さな黒出目金を一匹おまけしてくれた。
「ちっちゃいけど、可愛い!」
美咲は嬉しそうに、ビニール袋に入った金魚を僕に見せた。
その時、夜空に最初の花火が上がった。
「わあ!」
「そろそろ場所取るか」と僕は言って、少し離れた土手へと美咲を促した。
土手は人でいっぱいだったけれど、なんとか二人分のスペースを見つけた。腰を下ろすと、少しだけ涼しい風が吹いてきた。
「サイダー買ってくる」と席を立ち、冷えた瓶のサイダーを二つ買った。
「はい」と美咲に手渡すと、彼女は「ありがとう」と言って、ビー玉の栓を親指で「ポン!」と心地よい音を立てて開けた。僕もそれに続いた。炭酸の泡がグラスの中で弾けている。
夜空には、次々と大輪の花火が開いていた。赤、青、緑、そして金色。花火が上がるたびに、美咲の横顔が鮮やかに照らされた。その横顔を見るたびに、僕の胸は苦しくなった。
「綺麗だね」と美咲が呟いた。
「うん」と僕。
沈黙が流れる。花火の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「あのさ、美咲」
意を決して声をかけると、美咲が僕の方を向いた。花火の光が消え、一瞬、真っ暗な闇が訪れる。
「あの、好き、だよ」
僕はしどろもどろになりながら、精一杯の言葉を絞り出した。心臓がうるさいくらいに鳴り響いている。
闇の中、美咲は何も言わなかった。断られるかもしれない、もうこの関係は終わりかもしれない、そんな不安が僕を襲う。
どれくらい時間が経っただろうか。永遠のように長い沈黙の後、美咲が小さく笑った気配がした。
次の瞬間、夜空に特大のスターマインが打ち上がった。辺りが昼のように明るく照らされる。
美咲は僕を見ていた。その頬は、花火の赤色のせいだけではない、淡いピンク色に染まっていた。
「…知ってる」
美咲は小さな声でそう言うと、持っていたサイダーの瓶を僕の瓶に、カツン、と軽く当てた。
「私もだよ、健太」
僕らの手の中のサイダーの冷たさと、胸の中の熱さが混ざり合った、忘れられない夏になった。
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