小説 紅影⑥

2 2026/05/30 21:32

ハルは机から身を乗り出した。

「それ一点張りか…」

アオミは再び呆れたようにため息をついた。

「まぁいいわ。というか試練って何よ?」

紅剣を奪われた後、神代から説明があった。

「実力を見せたら、剣を返してくれるのか?」

項垂れながら、ハルは呟いた。

神代は、和室から出ようとした時だ。

「そうだなぁ」

彼は少しだけ立ち止まる。

「紅燐祭(こうりんさい)で上位入賞できたら、考えてやらんこともない」

彼は、そう言っただけだった。

「紅燐祭…ね」

アオミが、初めて興味を示した。

「どこまで説明したの」

「全然」

ラカールは短く言う。

「全く、秘密主義すぎ」

「おれは知らない」

アオミは再び、ハルを見やった。

「今、京都でやってるお祭りよ」

「お祭り?」

「機械人間の撃破数を競う、遊びよ」

アオミの口調が、静かになる。

「つまり機械人間をたくさん倒せば、上位入賞できるのか」

「簡単に言うじゃないの」

ただの少年ががむしゃらに立ち向かっても、殺されるのがオチだ。アオミはそう思っていた。

だがラカールがどう思っているかまでは、彼女もまだ判断できなかった。

「理式を教わることだな」

当の本人の発言は唐突だった。

「京都にはいろいろな人間がいる。気まぐれで教えてくれる奴だっているだろう」

(運頼みかよ…)

アオミは呆れていたが、隣でハルが目を輝かせていた。

「じゃあ優しい奴を見つければいいんだな?」

こちらにも、呆れた。

ーーー

森の中。理式学院の建物がギリギリ見える位置に、2人の男がいた。

それぞれ拳銃と刀を持ち、低く構えている。

「紅剣。貰い受けるぞ」

「無理だ」

一人の男がそう言った瞬間、不意に背後から声がした。

気配も何もなく、二人の男は焦りながら振り返る。

そこには、長銃を背中に抱えた男がいた。

「…誰だ!?」

二人は銃と構え刀を抜く。だが目の前の男は平然としていた。

「レヴァンだ。とある貴族に雇われている」

レヴァンは平然と言った。

「お前も紅剣狙いか?なら協力しろ」

二人は警戒しつつ、静かにそう言う。

「はぁ?冗談を言っているのか?」

だがレヴァンは呆れたように、大袈裟に言った。

「相手は紅剣使い、そしてラカール・ビョウカンだ。お前たちが敵う相手じゃない」

「あのガキさえ倒せば、なんとかなる」

レヴァンは話にならないと言うように、背後を振り向いた。

「そうか。じゃあ邪魔者は消えるとしよう」

2人はレヴァンには目もくれず、再び前に進んだ。

そんな2人を、レヴァンは一瞬だけ横目に見た。

(馬鹿が)

彼の姿は、森の中に消えていった。

ーーー

数時間後。

庭で、ハルは鞄を背負った。

2人が荷物を入れてくれたのだ。

そして、手には短刀。ハルは軽く回してみる。

これで、最低限の準備は整った。

だが。まだ一つだけ、気になることがある。

「ラカール」

後ろから歩いてきた彼も、そのつもりだった。

「あぁ。分かってる」

さっきからつけてきた、尾行だった。

学院の外で、待ち構えているかもしれない。

近くから、振動がした。

ガタガタと、車輪が石を踏む音がする。

バイクとサイドカーが融合した乗り物が、庭の手前まで来ていた。バイクにアオミが乗っている。

これが昔、トライシクルと呼ばれていたことなど、ハルは知らない。

「敵の数は分からない。だが放っておくわけにもいかない」

ラカールは、静かにそう言った。

「お前はあれに乗れ」

彼はトライシクルを指差した。

「なんで」

「いいから」

言われて、ハルはサイドカーの方に腰掛けた。少々窮屈である。

鞄を隣に置いた。

「そこで二分、待っていろ」

ラカールは大声で言い、そのまま門の方へと歩く。

そして、彼は門を抜けた。

「いいのか、一人で行ったぞ」

「何か考えがあるんでしょ」

アオミは腕時計を見ながら、水筒を持ち出し飲んだ。

「二分か…」

その二分で、何かやるのかもしれない。そしてその結果に、いつでも対応できるようにしておこうと思った。

ーーー

ラカールは、森を歩き始めている。

学院の門はまだ目視で確認できる。一分が過ぎたところだろう。

彼は脇にあった木を、右手で触った。

そして、右手に力を込める。すると、触ったところの木が砕け、轟音と共に木が勢いよく倒れる。

倒れた木は連鎖で隣の木に覆い被さり、複数の木が衝動で倒れた。

誰も出てこない。

だが、二人組の男は潜みながら、ラカールの側面を狙っていた。

「よーく狙えよ。一発で決めろ」

刀の男がそう言い、拳銃を持った男がラカールの頭を狙っている。

かなりの至近距離である。

微かな草木の揺れに、ラカールは気づいた。

そして瞬時にそちらを見やる。

「行くぞ」

男が、引き金を抜いた。一発の銃声が森林に響く。

ラカールは間一髪でそれをかわした。

そしてかがみ込み、即座に石を投げつける。

石自体は当たりはしなかったが、反撃を受けたことで二人の男が立ち上がった。

二人が姿を現すのと同時に、ラカールは即座に身を翻し門の方角へと駆ける。

「追え!」

一人は刀を抜き、もう一人が銃を乱射しながら追いかける。

そして、完全に森の開けたところに出た。

ーーー

「一つ、聞いていい?」

腕時計を見ながら、アオミは言った。

「なんですか」

「どうしてそんなに、あの剣にこだわるのかなって思って」

ハルは、左手を握った。

「あれは、小さい時からずっとあった。父さんとの唯一の思い出だから、肩身離さず持ってた。だから、身体の一部みたいなんだ」

そして、握った左手を見る。

「身体の一部が離れてたら、気持ち悪いでしょう?」

「そうね」

ハルが言うと、アオミはかすかに笑った。

「じゃ、俺からも一つ良いですか?」

「なに?」

「貴女はどんな人ですか?」

変な質問だった。だがこの不自然な質問は、返答者による自由な回答を可能とする。

二分、経った。

アオミは、勢いよくハンドルを握った。

「私ただ、ラカールの同期だよ」

そのまま、全速力で走り始める。

荷車が振動し、ハルは思わず唸った。

門を一瞬でくぐる。ハルは鉄柱に縋りながら、外を見た。

(ラカールは?敵は?どこだ)

見つけた。森の開けたところで。

ラカールが一人の男を殴りつけている。その背後で、もう一人が銃を突きつけている。

二分間で、ここまで事態が動いたらしい。

「やるしかないな!」

ハルは短刀を抜き、咄嗟に飛び降りた。

目指すは、銃の男。

風の流れに乗った気がした。男が慌てて振り返るが、もう遅い。

ハルは男に覆い被さり、二人は地面に衝突した。

男は頭を打ちつけ動けないでいる。ハルは銃を投げつける。

「お前はあのーーー」

「動くな!」

ハルは言い放ち、短刀をかざした。

男は観念したように、抵抗をやめた。

ーーー

木の下で、二人の男が縄で縛られている。

「後で洗いざらい吐いてもらうわよ」

アオミが二人を睨みつけている。

「先ほどは助かった。後ろから撃たれるところだった」

ラカールが、ハルの元へ歩いてくる。

「嘘つけ。一人でもなんとかなっただろ。それをこんなに面倒なことをして」

ハルは別に腹が立っていたわけではない。どちらかというと、自分の力で敵を倒せたことに、充実感を覚えていた。

「なに、ただ感じて欲しかっただけだ」

「なにを」

「仲間との戦い方だ。状況を瞬時に把握し、助けたり、逆に逃げたりする」

「機械人間相手でもか?」

「あぁ」

言って、ラカールは少しだけ歩いた。

「約束しろ」

「なんでもするさ」

「決して、一人で戦おうなどと思うなよ。地を這いつくばってでも、生きろ」

ラカールの鋭い眼光が、ハルを貫いた。

ーーー

ハルは、トライシクルのバイクに乗っていた。

京都へ、早速行くのだ。

ラカールとアオミはそれを見送る。

「絶対、入賞してくるからな!」

ハルは身を乗り出して手を振ると、ハンドルを握った。

トライシクルが、エンジン音と共に動く。

そのままトライシクルの姿が見えなくなるまで、二人は手を振った。

「本当にいいんですか?」

アオミが手を下ろす。

「あの子、多分死にますよ」

ラカールはそれには応えない。代わりに、軽く息を吐いた。

「それはどうだろうな」

彼は少しだけ笑う。

「ただ生きて帰ってきたら、凄いことになっているぞ」

彼の口調には、普段現れない高揚感が滲んでいた。

「これはウカウカしてられない」

紅燐祭。

強者の地。伝統の地。遊戯の地。

そして。墓場の地だった。

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その他2026/05/30 21:32:05 [通報] [非表示] フォローする
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