ひ と り ご と
だから。
唐突に、壊れたようなころんの笑いが止まり、繋がりが絶たれ、再びまた繋がった時。
『りいぬ』
柔らかなその声で名を呼ばれたその瞬間に。
──あぁ、この人だ。
そう思った。
堕ちた自分が欲しがった、ただ一つのもの。
彼からもたらされた希望に涙はすぐに乾き、前を向く力が湧いてくる。
やれるって、また信じさせてくれる。
再び灯った黄色い光。
変わった音楽とともにまた状況は変わる。
さとみから語られた現状は胸が痛むものばかりだった。けれど『でも、みんな生きてる』と言うさとみの言葉に「あの二人は強いから、絶対に負けない。俺たちは勝つよ」と言霊を重ねた。
負けるはずがない。
負けるわけにはいかない。
莉犬には、さとみに伝えたい言葉があった。
でも今はまだ、その時じゃない。
勝って、全てを笑い話にして、それから。
今はただ、ふさわしい言葉を彼に送った。
「俺に、さとみくんをナビゲートさせて。
俺は絶対に勝ちたい。だから、信じて」
人としてはダメだと思った。
だけど、それしかないと思った。
無事では済まない。だけど傷はつけても、命までは奪わない程度の威力なのはこの目で確認したから。
──キミを奪われてしまうくらいなら
叫びたいほどに嫌だった、辛かった、泣いてしまいたかった。
どうして、自分は、彼の心も身体も傷つけてしまうことしかできないんだろう。
昔も、今も、ずっとずっと。
───こんなにも、愛しく想っているのに
「ごめんね………大好きだよ」
ころんは、同じ扉を素早く抜けると同時に彼ハンドガンを構えた。
───つけた傷には、責任を持つから
彼らを待ち構えていたのは、もう一体の鬼。
二人の笑みが等しく引き攣る。武器は手元にはない。鬼が折れた鉄の柵だった棒を拾い上げるのを絶望的な思いで見た。
「莉犬、ごめん」
「ちがう、さとちゃん。俺が勝手だった」
「んなことねーよ。俺は、嬉しかった」
お互いに触れる手に力が篭もる。
どうせなら一緒にって額を合わせて目を閉じた。
鬼の動く気配。
「おーい!鬼さんこっちだよー?!」
「は。マジかよ。友達じゃねーんだから」
「ちょ、動かないでくださいよ。あ?落とす気ですか?落とすんでしょ」
「ばっか、落とすわけねーだろ。ナメんな」
運命というのはあるのかもしれない。
変えられない結末も。
ただ。
立ち向かうかどうかは、個人の自由だ。
俺たちは、諦めない。
「じゃ、行くか!なーくんを助けてさっさとハッピーエンドで終わらせようぜ」
「あ!それだけどさ!」
意気込んださとみの言葉に、俯きかけていた莉犬が勢い良く顔を上げた。
そして、彼がその先を告げようとした時。
「ねぇ。ハッピーエンドもいいけどさ、トゥルーエンドも気になんだよね。
みんなはどう思う?」
待ち望んでいた声が、
階段のその先から、降ってきた。
それぞれにピンチをくぐりぬけてきたとは言え、るぅと以外の誰もが傷ついていないこの現状。しかも。その傷は鬼ではなくころんが付けたもの。
わからない。わからないけど、選択を誤らなければ、もしかして。
(僕だけが、間違えたのかもしれない)
るぅとの怪我については、ななもりもジェルも追求することはなかった。その事が余計に針のむしろとなって心を刺す。
だけど、俯きかけた彼を奮わせるのはいつだって同じ声で。
「……ころん先生」
「ん?」
「ころん先生がいなかったら、僕は今回のことで二度は死んでます。それだけは忘れないで」
「大切なことって?」
繋いだ手はそのままでころんが尋ねた。
そんなころんと俯くるぅと、そして自然と肩を寄り添わせているさとみと莉犬を見て、ななもりは言った。
「愛をくれる人がすぐ傍に居ること、だよ」
その言葉に、莉犬はそっぽを向いたまま体重を肩に触れる相手に預けた。
るぅとは俯いたまま何度か瞬き、握る手に黙って力を込めた。
目を細めるさとみと泣きそうに顔を歪めたころんに笑みを返し、ななもりは視線をジェルに移した。
見つめ合い、軽く頷く。
そして、共に少年に目を向けた。
「この子はこの世界ができた時から、ずっと父親を求めてる」
「だけど、見つけてもらえんのやって」
そこまで言えば、もう充分だった。
「んじゃ、最後にかましますかねぇ」
「お人好し具合がすとぷりらしくて最高」
さとみと莉犬がそれぞれの拳をコツンと合わせてイヒヒとイタズラに笑った。
「足引っ張んないでくださいよ?」
「んなもん一生支えてやるわ、ボケが」
ころんとるぅとはそれぞれの涙を意地でこらえて強気に笑った。
「ジェルくんは?いける?」
「まかせてや、もう完璧やで」
「さすがジェルくん」
迷わないななもりと迷いを乗り越えたジェルが、共に立ち上がる。
「お兄ちゃんたち……」
立ち上がったうさぎの少年が、戸惑いと期待に瞳を揺らした。
そんな彼を"安心していいよ"と強い思いが包む。
「さぁ、行こう!」
「足引っ張んないでくださいよ?」
「んなもん一生支えてやるわ、ボケが」
のるぅころの会話がリアルすぎて最高
「末っ子らしく甘えていいんだよ。もう頑張らなくていいから」
「そうそう。俺にもカッコつけさせろよ。大丈夫だから」
「さとちゃん、もしかしてビビってんの」
「まさか。お前こそビビってミスんなよ」
そして「「せーの」」と声を合わせた。
「おーい!鬼さん、こちらっ!!」
「僕は死のうとした。だけど死ななかったから分かることがあった。これがその代償なら、受け入れますよ。なにも後悔はありません」
「余計なこと、言わないでください」
「るぅと……?」
「気にしないでください。あなたがころん先生だって信じてるから、平気です」
『……信じる?』
「信じれば、怖さも誤魔化せるもんですよ。あなたにも、あなたを信じていた人がいるんじゃないですか?」
『………』
「なぁ。あんたは何のために、こんなことしてんの?」
「……ジェルくん」
「ん」
ななもりとジェルが目を合わせた。
"ジェルくんにはジェルくんにしかできないことがあるから"
「僕にかけられた暗示はたぶん、見る者が全て鬼に見えることと、その鬼に犯されるって思い込むこと、ですよね」
「………」
「あの時あなたがころん先生だって分かったから、僕はこの手が離れない限り怖がりません」
「待って。それって、どういう意味?」
「俺に自信をくれてありがとうな?」
「違うよ。ジェルくんにしか出来ないことがあるって当たり前のことを言っただけだよ」
「その言葉が、俺には必要やったから」
強くなる眩さに意識が遠のいていく。
最後に六人で、はぐれないようにしっかりと手を繋いだ。
帰ろう。
僕たちの生きる未来へ。
「なんで、お前はそうなんだよ」
「ころちゃん……?」
「『アナタは僕が嫌いだから』ってなんだよ。僕が一体、何をしたって言うんだよ」
──事実はむしろその逆なのに。
「るぅとが好き。だから僕のために生きて」
普通ならこんな恥ずかしいこと言えない。
でも恥なんて気にしていたら、大事なものを失うと分かっているから。
だけど。
「嘘」
「嘘じゃない」
「どうせまた、バカにしてるんですよね」
「違うよ!」
言葉だけじゃ、やっぱり不十分で。
積み重ねてきた疑念がころんの足を引っ張る。
「好きだよ」
「やめてください」
「信じてよ」
「無理です」
弱々しく首を横に振る。無理はないと思う。
だけどここで諦めるわけにはいかないから。
「じゃあさ、賭けをしよう」
「賭け、ですか」
「僕は今からるぅとくんの足代わりになる。絶対に落とさない」
「落とさなかったら?」
「僕の言ったことを信じて」
そっと背を撫でながら言葉を伝えていく。
るぅとは迷っているようだった。期待と怯えの間で。信じることを、迷っていた。
「もしも、落としたら?」
「落とさないから。死んでも離さない」
「死なれると……困ります」
嫌、ではなく困ると言う。
そんな率直な反応に、るぅとの見えないところで笑みを浮かべた。
「うん、死なない」
「でも、それなりに重いですよ」
「だからこそ、信じるに値するでしょ」
「そこまでしなくても」
「……ん?」
瞬いたころんの視線が横に投げ出されたるぅとの足に向けられた。眉を寄せ、膝立ちになってギュッとるぅとを抱きしめた。
「ダメなんだよ、そこまでしなきゃ」
──それが、約束。

