未玲亜小説大会参加作品『そういう気持ち』
〜作者から(これは小説大会後に付け足されたものです)〜
この作品には、
⚫︎作者の好み・妄想
⚫︎非現実的な展開
が含まれます。
「陰キャの妄想ガチきめぇー…」って人は読まないことをおすすめします。
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午後、突然大雨が降り出した。
屋根に激しく打ち付ける雨の音が校内に響き渡る。
放課後、クラスメイトは皆、折り畳み傘を取り出しており、大きな傘で帰る生徒は見られなかった。
無理もない、今朝の天気予報では午後から雨が降るなど予報されていなかった。
鞄から折り畳み傘を取り出していると、突然背後から声が聞こえた。
「あっ、傘忘れた!」
振り返ってみると、一人の女子生徒が鞄をひっくり返しながら嘆いているのが目に入った。
「持ってきたつもりだったのに…帰れないじゃん」
彼女の名前は一夏(いちか)。身長は170cmほどとなかなか高く、女子バスケットボール部に入部している。
そんな彼女にかける言葉も思いつかず、傘を持ってそのまま立ち去ろうとした時だった。
「うわっ!?」
傘を持っていた左手が掴まれ、勢いよく引っ張られた。
振り返ってみると、そこには一夏がおり、僕の左手ががっしりと握られていた。
「なに…?」
「傘、入れて」
一夏はニヤニヤしながら言った。
「え、やだ」
そう言って腕を引っ張ると、案外簡単に腕を抜くことができた。握力はそこまでないらしい。
「なんでー? いーじゃん!」
「いやいやいやいや」
首を振りながら全力で否定した。
異性と同じ傘に入るという行為が何を意味するか知らないのだろうか。
さすがに勘弁してほしい。
「ふぅん…そんなに嫌ならいいよ。ごめんね」
一夏はそう言って顔を手に埋めた。
泣き真似かと疑って見ていると、やがてしゃくりあげる声が聞こえてきた。
_____まさか、マジで泣いてる?
「あー、悪かった! 悪かったから! 入れてやるから!」
ついそんな言葉が口をついて出た。
撤回しようと思ったが時すでに遅し。
一夏が顔を上げた。涙ひとつない眩しい笑顔がそこにあった。
「くっそ泣き真似かよ」
「はい、じゃ入れてねー」
「分かったよもう…」
「やったー! ありがとー」
一夏がスキップ気味で近寄って来て、隣に並んだ。
「じゃっ! 行こっか!」
彼女と傘に入ること自体は嫌ではない、むしろ嬉しい。
だが、僕が一番嫌なのは周りの目なのである。
女子と相合傘しているところなんて見られたら、後でなんと言われることか。
二人並んで階段を降りながら話を続ける。
「いやー、まさか午後になって降り出すとはねー」
「そうだな、他の皆んなも折り畳み傘で帰ってたし」
「そう! 私ったら、この前出かけた時に別の鞄に入れたっきりで学校の鞄に戻すの忘れてたんだよ?」
声を張り上げて立腹する一夏に苦笑いした。
廊下を通り、下足室へ到着する。
靴を履き替えていると、既に靴を履き替えたらしい一夏が言った。
「もしかして義人、周りの目気にしてる?」
「えっ?」
急に低くなった一夏の声に驚いて、つい顔を上げた。図星だった。
先ほどまではしゃいでいた子供のような姿はどこにもなく、凛々しい女性の表情をして、ただ僕をじっと見下ろす一夏の姿がそこにはあった。
「そりゃ、まあね」
驚きのあまり声が掠れ、思わず咳払いをする。
「気にしなくていいよ。そんなの」
「え? どうして?」
しかし一夏はその質問には答えず、「いこ」とだけ言い放って下足室から出ていった。
後を追って下足室を出ると一夏は「傘ちょうだい」と言って手を差し出した。
手に持っていた傘を手渡すと、一夏はすらりとした綺麗な手で巧みに傘を開いた。
大きなバサッという音が人のいない校舎に響いた。
二人で並んで傘に入り、歩き出した。
「一夏、持とうか?」
「ううん、大丈夫。二人で持つ?」
「あー、それでもいいよ」
一夏が傘の柄をこちらに差し出すと、僕は一夏の手の位置より上の方を握った。
風が強くなってきていたが、僕は傘を握る手に力を込めて、傘が横にならないよう努めた。
お互いなんと言葉を交わせばいいか見当が付かず、歩きながら理由もなく辺りに目をやるだけの時間が過ぎていく。
そんな沈黙に耐えきれなくなった僕は、沈黙を破って口を開いた。
「さっき言ってた『周りの目を気にしなくていい』っての、どういう事なんだ?」
「あー、あれ?」
一夏は額に手を当てて少しの間考え込んだ。
「ほら、私たちって、なんか、『そういう気持ち』ってないでしょ?」
「『そういう気持ち』って何?」
再び質問を投げかけると、一夏は顔を少し赤らめて言った。
「私たちは、こうやって、あ、相合傘してるわけだけど、『そういう気持ち』はないから、別に周りの目は気にしなくても、と思うんだけど。だって、ただ私が義人に傘入れてもらってるだけだし…?」
「んー、なるほど?」
結局『そういう気持ち』がなんなのか言ってくれなかったが、なんとなく分かったような気がする。
「でも義人は『そういう気持ち』あるんじゃないの?」
一夏はニヤニヤと笑いながら言った。
核心を突く質問に少しうろたえる。
「いや、ないな」
「へぇー…ホントですかー?」
一夏は疑うように目を細めた。
「なんだよ、ホントにないぞ」
顔を覗き込もうとしてくる一夏の瞳を見つめながら言う。
「それ嫌いって言ってるようなもんじゃん! さすがにヒドイ!」
「はは、悪い悪い」
軽く笑ってあしらうと、一夏は不機嫌そうに黙り込んだ。
やがて、僕たち二人が分かれるポイントである、左右の分かれ道に着いた。
僕は左側の東方面、一夏は右の西方面の道を通って家へ帰る。
「さっきの話だけど、そういう一夏はどうなんだ? 好きなのか?」
なるべくさりげない様子で、気になっていたことを質問した。
「えっ!? す、すき…?」
一夏は慌てた様子で言った。
1秒ほどの沈黙の後、返答が返って来た。
「あるわけないでしょ。私は『そういう気持ち』、抱かない人間なんで!!」
「そう? ならこれでも?」
ここまで来たら実行してしまうしかない。
怒られるかもしれないし、嫌われるかもしれない。
だけど一度、勇気を出してみる。
そう覚悟を決め、傘を握っていた手を広げて放す。
その行為を不思議に思ったのか。一夏はキョトンとした顔でこちらを見つめた。
一夏の顔を見つめ返しながら、手を少し下にずらし、一夏の手を握る。
「…っ?!!?!??!?!」
一夏の顔がみるみるうちに真っ赤になり、声にならない声を漏らした。
急いで僕の手を振り解くと、その場にへなへなと座り込んだ。
傘が地面に落下し、雨に打たれる感覚を感じる。
「な、なに急に…」
一夏は顔を真っ赤にして震えながら言った。
「いや、ほんとに『そういう気持ち』がないか確かめようと思って…」
「『そういう気持ち』なんて大アリですけど! いつも目で追ってますけど! 何か問題でも!!」
一夏は大きめの声で叫んだ。
「あ、やっぱり?」
一夏は「はぁー…」とため息をつき、僕をじっと見つめた。
「もぉ…確かめるならもっと別の方法でしてくれなきゃ、しんじゃう」
「だって聞いても答えてくんないんだもん」
「んー、それはごめん」
手を伸ばし、「ほら、立って」と言うと、一夏はそれを拒んだ。「私を殺す気!?」
一夏は自分の力でゆっくりと立ち上がった。
道端に座り込んだせいでスカートがびしょ濡れになっていた。
「スカート濡れたー! 最悪ー!」
「座り込むからだろ…」
「あれはだって義人が…まぁいいや。洗濯すればいいし」
すると、一夏は取ってつけたように続けた。
「てか、義人は結局『そういう気持ち』あるの?」
今度は正直に事実を伝える。
「もちろんあるよ。無意識のうちに目で追うくらいには」
「なるほど、だからやたらと目が合うのね…」
一夏は納得した様子で笑った。
気付かないうちに雨は弱まっていた。
「もう雨止みそうだな。後は1人で帰れるか?」
「うん、じゃーね! また明日!」
「バイバイ」
いざ家へ走り出そうとした時、背後から声が追いかけて来た。
「よしとーっ!」
背後を振り返ると、一夏が遠くからこちらを向いて立っていた。
「明日からはカップルだぞー!」
一生懸命大声を出してそう叫ぶ彼女に吹き出した。
「気が早えよ!」
「うるさい! 結ばれない両想いは存在しないんだからねー! 明日からは私とのカップルとして生きてもらうから覚悟しろー!」
返事の代わりに手を大きくブンブンと振る。
彼女も手を振り返した。
彼女が向こうを振り返って走り出したのを見届け、僕も後ろを振り返った。
ポケットの中のスマホが震え、通知を知らせる。
「いちか」からのメッセージらしい。何ヶ月か前、連絡先を交換したのを思い出した。
『約束したからなー!』
アプリを開くと、そんなメッセージが画面に表示された。彼女らしい子供のような文面を見て、思わず顔に笑みが浮かぶ。
『分かったよ、俺の彼女さん』
そう返事を返し、スマホをポケットにしまう。
幸福感と優越感に満たされながら、僕は家へ向かって走り出した。
雨はすっかり上がり、大きな虹が東西の二つの空を繋いでいた。
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トピ画は白紙です。この作品のリニューアルは三度目になります。今回は今作の最新バージョンで参加します。