桃色の空中落下

4 2024/06/01 16:21

ーああ、なんということだろう。

あろうことか、わたしは恋をしている。

自分の気持ちに気づいてしまった瞬間、顔が熱くなるのを徐々に感じた。

誰もいないのに思わずうつむく。

みんなが言っていたのは、こんな感情だったのか。

この、なんかこう…その、ええっと……変な…もどかしい感じ。

自分の語彙の無さについ失笑。でもそれぐらい、言葉に表せないほど大きな感情だ。

…そして、辛く悲しく、切ない想いでもある。

そんなことを考えながら、とりあえずわたしはビルの屋上から飛び降りた。

あの人に会いに行くために。

ーーバサッ!

小柄な体型の2倍ほどある羽が、柔らかな春の風を切り裂く。わたしのワンピースとお揃いの、白くて軽い大きな羽が。

そう。わたしの初恋は叶いやしない。なぜならわたしは天使であり、お相手は紛れもない人間なのだから。

       ***

…いた。

三階から見える画一的な窓の内の一つを、わたしはこっそり覗く。

そこには、真剣な顔でノートに何かを書くあの人がいた。

みんな同じ格好をしているが、サラサラの黒い髪、凛とした鋭い切れ目をもつあの人だけは輝いて見える。

たとえ着ている服が、何の変哲もない白いシャツに紺のネクタイだとしても、だ。

こういうのを「がっこーのせーふく」というらしいが、正直どうでも良い。

わたしは今日も、うっとりとその横顔を眺めた。

天使の役割は色々あるが、一番は人間に救いを与えることだ。

わたしはその責務を全うするため、今まで数々の人間に手を差し伸べてきた。

こう言うとなんだか凄いように聞こえるが、実際は天界からの指令に従っているだけだ。

人間の社畜と何ら変わらない。(天界とか指令とかの話はめんどくさいから省きまーす)

そしてその救いは、その人間の今までの行いや状況などにによって、公平な判断がくだされなければならない。

従って、天使が私情を挟むこと、特定の人間に対して特別な感情を抱くことはタブーとされている。

もう一度言う。天使が特定の人間に対して特別な感情を抱くことは“タブー”とされている。

…タブーとs(以下略)

えーつまり、わたしは今、立派な規則違反を犯している。これバレたら多分クビ。うん、クビ。

とは言いつつ好きなものはやっぱり好きなので、こうして毎日仕事の合間にこの美しい顔を拝みに来ている、というわけなのだ。

辞めたいけど辞められない、好きなゲームキャラへの大量課金。

毎月金欠だけどそんなの関係ない、今日も推しへ貢ぎまくる。

…馬鹿らしいと思っていた人間の奇行だったが、案外人のことを言えないかもしれないな。

       ***

キーンコーンカーンコーン。

天界とはずいぶん違う鐘の音が響く。

室内の人間たちは一斉に席を立ち、ばらばらにお辞儀をした。

そして、次にあの人がとった行動は…

…めっちゃ可愛い女子に話しかけられてる。え、普通に可愛い子なんだけど。

しかもあの人、楽しそうに話してる。クールな顔を崩して笑ってる。

あ、首にほくろがあるんだ。その顔もすっごい好き。こっちまで笑顔になっちゃう。

……でもさ。

その顔、他の人に見せないでほしい。

わたしにその顔を向けてほしい。

「…ははっ。」

嫉妬、ってやつだ。

醜いなぁ、わたし。

自分にこんな惨めな感情があるなんて思わなかった。

なんだかいたたまれなくなり、わたしはそっとその場を離れた。

天使は人間の姿を捉えることができるが、人間が天使を見ることはできない。そこらへん、神は不平等だなっていつも思う。まあ仕方ないんだけど。

こんなつまらないことを思うのなら、いっそさっぱり忘れてしまおうか。

噂によれば、キューピットの矢を自分の頭に刺せば、想い人のことが綺麗に忘れ去られるらしい。

丁度昨日友達のキューピットからお願いして一本もらったし、使ってみようかな。

でもなぁ。そもそも“別の目的”で矢をもらったわけだしなあ。

…天界にはもう一つの噂がある。

天界の雲の上に建つ時計台でキューピットの矢を胸に突き刺し、頭から飛び降りれば人間になれるという噂。

わたしはその噂を信じて、噓をついてまで、この矢を手に入れたのだ。

キューピッドの矢は特殊なもので、ある部分を除けば体のどこに刺しても死なないらしい。(もちろん人間は例外)

まあ当然痛みは伴うが、頭に刺しても生きていられるのは驚きだ。

…しかし心臓だけは、刺したら本当に死んでしまう。と言われている。

つまり、想い人を忘れる噂を試しても死にはしないが、人間になる噂を試した場合、最悪死ぬ。

悲しいかな、そういうことになる。

さてどうしようか。

正直、人間になれたとしてこの恋が叶う保証はない。というか、そもそも会えるかもわからない。

リスクが大きい割にリターンを得られる確率が低すぎる。

………何だよそれ!不平等すぎるだろ!わたしが何したっていうんだよ!

救いを求めたいのはこっちだわ!

わーわーばたばた駄々をこねる。

この姿、同僚に見られちゃいないよな…

ああもう、どうでも良くなってきた。

投げやりになりながら、とりあえず天界へと向かった。

       ***

「…なんでここにいるんだろう…」

わたしは今、時計台の上に立っている。

上から見下ろした景色は、人間たちの住む世界まで見えるほどだ。

はっきり言って、迷ってる。

忘れたい。忘れたくない。

想いが振り子のように往復して、もう自分でもわけがわからないぐらいぐちゃぐちゃなんだ。

震える手で矢を握りしめる。

忘れたいなら、それで頭を刺せば良い。想い人を忘れる噂通りなら、場所は関係ないのだから。

忘れてしまおう。

忘れれば、こんな思いはしなくて済む。

こんなに苦しまなくて済む。

またいつも通りの日常に戻れる。

そもそも端から無理だったんだ。

叶いっこないんだ。

天使と人間が結ばれるなんて、あまりに馬鹿げた妄想だ。

このまま忘れて…

忘れて…

忘れ…

…なんで、泣いてるの?

ーーグザッ!

「がっ……」

衝動的に刺した勇気は、瞬時に痛みへと切り替わる。

痛い痛い痛い。何も考えられない。

つう、と口から赤い液が流れた。

朦朧とした意識の中、あの人の笑顔が脳裏に浮かぶ。

…もし、あの笑顔をわたしに見せてくれるなら。

ぐらり、と小さな体が宙を舞った。

       ***

「…の」

「…あの」

「あの、大丈夫ですかっ!?」

んっ…ん?

閉ざされていた意識が蘇る。

同時に、視界も開けてくる。

ぼんやりとした人影が、次第にはっきりしてした。

「あっ、生きてる…良かったあ。」

へなへなと力なく誰かが座り込む。

わたしはその人を凝視し、言葉を失った。

サラサラの黒い髪、凛とした鋭い切れ目。

白いシャツに紺のネクタイを身に着けている。

首筋にはほくろ…間違いない。あの人だ。

「大丈夫?君、ここで倒れていたんだよ?怪我はない?」

「…え、あ、はい。大丈夫です…」

胸の痛みもすっかり消えていた。

ふと、背中を見る。

…羽がない。まるで、最初から存在しなかったかのように。

「本当に?無理はしちゃだめだよ?」

心配そうにわたしの顔を覗き込む。

「ああ、でも本当に痛みとかはなくて…」

「そっか…良かった。何かあったらどうしようかと思っちゃった…」

優しい人だ。本気で心配してくれているのがすぐに分かる。

そんなところも、大好きだ。

「ああ、自己紹介をしていなかったね。こんな見ず知らずの高校生に起こされて、怖いよね。」

そんなことはない。わたしはずっと、あなたを知っている。あなただけを見ている。

言葉にできればよかったが、あいにく嬉しさと喜びと緊張で、上手く声が出せなかった。

「はじめまして。僕はモモ。…こう見えて、女の子なんだぁ。よろしくね。」

そこには、ずっと待ち焦がれていた、憧れていた、大好きな、美しい女性がいる。…まるで、天使のように。

その天使は、わたしがずっと求めていた、優しくて愛らしい笑顔を見せてくれた。

これが、幸せというものか。

改めて恋に落ちた音がした。

「……うん、よろしく。わたしは……」

こうして、わたしの恋は始まりを告げる。

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暮らし2024/06/01 16:21:17 [通報] [非表示] フォローする
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恋愛ものはやっぱいいねぇー!


>>1
ありがとうございます〜!


言葉選びも設定も素敵です✨


>>3
嬉しい限りです…✨


>>4
良かったです!


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