母の日 小説「カーネーションの約束」
『カーネーションの約束』
登場人物:真央
五月の風が柔らかく吹き抜ける日曜日、真央は駅前の花屋に立っていた。
「すみません、赤いカーネーションを一輪、お願いします。」
店主が丁寧に包んでくれた花を受け取りながら、真央の胸は少しだけ締めつけられた。カーネーションの香りは、あの日の記憶を鮮やかに蘇らせる。
——七年前の母の日。
あの日、真央は母にこう言った。
「大学に行きたいの。東京の大学。」
母は驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「真央が決めたことなら、応援するわ。でも、母の日にはちゃんと帰ってきてよ。」
その約束を守ったのは、最初の年だけだった。
就職活動、引っ越し、仕事——気づけば母と会う時間は年に数回。電話も次第に減っていった。
そして去年の母の日。
真央は「来月帰るから」とだけLINEを送った。
数日後、実家の隣人から電話が来た。
「真央ちゃん、お母さんが倒れたの。急いで帰ってきて。」
病院のベッドで眠る母に、真央は何度も謝った。でもその目はもう、開かなかった。
それから一年。
母の写真は、実家の仏壇に静かに微笑んでいる。
「もう一度だけでも会えたら」——そう思わずにはいられない日々だった。
今日、真央は花を持って山の上の霊園に向かった。
丘の上には見晴らしのいいベンチと、小さな墓石。風が木々の葉を揺らし、鳥のさえずりが聞こえる。
墓前に赤いカーネーションを供え、手を合わせる。
「お母さん、ごめんね。でもね、来年からは——毎年、母の日は絶対に帰ってくるから。」
その瞬間、ふと頬を風が撫でた。
涙がひとしずく、カーネーションの花びらに落ちる。
空を見上げると、雲の隙間から一筋の光が差していた。
「うん、わかってるよ。」
母の声が聞こえたような気がした。
真央は微笑んだ。風がやさしく彼女の肩を押し、まるで背中をそっと支えてくれるかのようだった。
終わりに
誰かを思い出す日。
その人がもうこの世にいなくても、想いはちゃんと届く。
カーネーションは、ただの花ではない。
「ありがとう」と「会いたかった」が重なった、奇跡のような約束の証だ。
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