紅剣物語1話「不死身のサイショ・ニ・ヤラレルヨン」
時は西暦2900年。
かつて豊かな文明が栄えた地球は、度重なる核戦争と、火星からの侵略によって、今や見る影もなく荒廃していた。大都市はすでに瓦礫と化し、科学技術の恩恵もほとんど失われ、人類はわずかに生き延びた者たちによる小規模な農村共同体を形成し、火星を讃美しながら、かろうじて日々を繋いでいた。そして崩壊した科学技術の残滓が、魔法として再構築された。
旧地球園東部地区──かつて中央アジアと呼ばれたその一帯に、テイシン村と名づけられた寒村があった。山々に囲まれたその地に、今日もまた一つの命が土へと還っていこうとしていた。
冷たい風が谷間を吹き抜けるなか、村の人々は静かに列をなし、ひとつの棺に向かって、花束を手向けていた。哀しみを押し殺すように。言葉ではなく、花で別れを告げるように。
その列の中に、一人の少年がいた。
名はアマギ・ソラ。齢十五。棺の前に立ち止まった彼は、小さく息を吐き、手にしていた花束をそっと棺の上に投げ入れた。母を亡くしたばかりのその瞳には、拭っても拭いきれぬ哀しみの色が浮かんでいた。だが、涙を見せまいと、唇を噛みしめていた。
しばしその場に佇んだのち、ソラは静かに踵を返し、村長宅へと足を向けた。
「やあ、ソラ。久しぶりじゃないか」
不意に背後から声がかかった。
声の主は、一人の青年だった。漆黒のマントを身にまとい、背中には無骨な火炎放射器を携えている。名前はチュウニ・ビョウカンジャ。中央士官学校を優秀な成績で卒業した、十八歳の若き士官だった。
だがその態度はいつもどこか尊大で、村人たちからは敬遠されていた。才能は確かだが、協調性には欠ける──それが彼に対する村の評価である。
「……ひさしぶりです、チュウニ・ビョウカンジャ先輩」
ソラは少しだけ目を伏せながらも、丁寧に挨拶を返した。
チュウニは無言でソラの肩を軽く叩き、そのまま先を歩き出す。
「聞いたぞ。お前の母さんが……亡くなったんだってな」
その声は低く、思いのほか沈んでいた。
彼もまた、八年前に両親を事故で失っていた。あのとき、まだ十歳。親を喪った悲しみを誰よりも知っている彼にとって、ソラの境遇は他人事ではなかった。
やがて二人は、村の中心に建つ村長宅にたどり着いた。
中世ロマネスク風の石造りの建物の前には、すでに二人の人影が立っていた。
そのうちの一人、金髪の青年がソラの姿を見つけると、にこやかに駆け寄ってきた。
「アマギ・ソラ。元気を出せよ。これは、名誉ある任務なんだからな!」
青年の名はヒロト・フリューゲル。ソラにとって、ただ一人の親友である。
父親が夜逃げし、村でも肩身の狭い暮らしをしてきたソラに対し、ヒロトだけはいつも対等に接してくれた。子どもの頃からずっと変わらぬ友情を貫いてきた、かけがえのない存在だった。
彼の言う「任務」とは、村長から下された重要な調査依頼のことである。
テイシン村と交易関係にあった隣村──ソニド村が、数日前から突如として音信不通となったのだ。その原因を探るべく、選ばれた少数精鋭による調査隊が編成された。ソラもまた、その一員として招集されたのだった。
もう一人の先客は、外交官のサイショ・ニ・ヤラレルヨン。村長の側近として、これまでソニドとの交易を担当してきた人物だ。剣の稽古も真面目にこなしており、表向きは非の打ち所がない人物だが、村の評価は「可もなく不可もなく」に留まっていた。
「久しぶりですね、チュウニ君。また火炎放射器なんて持ち歩いて……恥ずかしくはないのですか?」
少し皮肉を交えたその言葉に、チュウニはすかさず返した。
「黙れサイショ。貴様如き矮小な存在には、我が戦闘スキルの真髄など理解できまい」
一瞬、周囲に緊張が走る──かと思いきや、二人はすぐに笑い始めた。互いの軽口を言い合える関係であることは、どうやら本当らしい。
「それで……あともう一人、いたはずだが?」
ヒロトが辺りを見渡しながら尋ねると、サイショが静かに指を差した。
「転んでいますが、もう一人は彼のことですよ」
そこには、地面に尻餅をついたまま苦笑いを浮かべる一人の青年の姿があった。
名をミノグチという。戦闘要員としての評価は低く、サイショからは公然と「戦力外」と言われているような存在だった。だが彼の陽気な性格と他者への思いやりは、むしろ隊の空気を和ませ、村では案外好感を持たれていた。
「よし、では早速、ソニド村へ向かうとしよう。サイショ、道案内を頼む」
チュウニが自然に指揮を取り始めた。
だがそのとき、ミノグチが立ち上がり、唐突に両手を広げた。
「その前に──マルスのご加護を!」
彼が踊り始めたのは、火星の神マルスを讃える神聖な舞。
その振付は複雑極まりなく、百人のうち二人踊れるかどうかといわれるほどの難易度を誇る。だがミノグチは、軽やかに踊り切ってみせた。
「じゃあ……お祈りも済んだことだし、出発しようか」
ソラが静かにそう言った。
ヒロトが力強く頷き、チュウニが先頭を切って歩き出す。
サイショは無言のまま彼らの後に続き、ミノグチはその後ろで踊るように跳ねていた。
こうして、五人の若者たちは、荒廃した世界の中へと一歩を踏み出した。
物語は今、静かに動き出す。
いくつもの哀しみを越えて、夢が、ゆっくりと、その扉を開こうとしていた。
to be continued

