最強の喧嘩師物語

4 2025/10/25 19:09

第1章 十人潰しの夜

 放課後の校舎には、部活の掛け声と、夕焼けに照らされた笑い声が響いていた。

 だが、その中心にいる一人の男だけは、どこか別世界にいた。

 神崎蓮――黒髪を無造作に伸ばし、制服のネクタイを緩く締めたまま、窓際でぼんやり外を見ている。

 彼はこの学校で“絶対に怒らせてはいけない男”として有名だった。

 入学してすぐ、校内を牛耳っていた不良グループを一日で壊滅させたのだ。

 殴り合いだったのか、蹴りだったのか、誰も詳しくは知らない。

 ただ、翌日そのグループのリーダーが腕を骨折し、目の前で土下座していた――それだけが事実だった。

 だが蓮自身は、喧嘩を自慢することも、威張ることもない。

 昼休みは屋上で弁当を食べ、放課後は体育館裏で筋トレ。

 笑わないけど、怒ってもいない。まるで感情をどこかに置いてきたようだった。

 「おーい、蓮! 今日も部活行かねーのか?」

 教室のドアから顔を出したのは、同じクラスの友人・桐生健太。

 サッカー部のムードメーカーで、蓮と唯一つるむ存在だ。

 「行かねぇよ。部活とか性に合わねぇ」

 「だろうな。お前、やる気出したら部員全員泣くわ」

 健太が笑いながらそう言うと、蓮は肩をすくめて鞄を持ち上げた。

 校門を出ると、夕日が街を朱に染めていた。

 通学路の途中で聞こえてくるのは、コンビニ前でたむろする不良たちの声。

 蓮が通るたび、彼らは息を呑み、道を空ける。

 理由は簡単だ。

 一年前、彼らの仲間十人を相手に、蓮は一分かからず全員を地面に沈めた。

 以来、誰も近づこうとしない。

 だが、蓮にとってそれは“誇り”ではなかった。

 むしろ、ただの“退屈”だった。

 喧嘩で勝っても、何も得られない。

 誰も自分の拳を止められない。

 どんな強者も、結局は自分の前で沈む。

 ――この世界には、俺を本気にさせる相手はいないのか。

 そんな思いを抱きながら、彼は夜の街を歩いていた。

 その夜、街外れの廃ビル前。

 ひとりの少年が、スマホを見ながら眉をしかめた。

 「……マジかよ。蓮を潰せるやつ、募集中って……」

 画面には、裏掲示板の書き込み。

 “神崎蓮を倒したやつに、報酬百万円”

 ――誰かが仕組んだ、喧嘩の挑戦状だった。

 そのスレッドに次々と書き込まれていくメッセージ。

 「集まるぞ。十人でやる」

 「蓮がどんだけ強くても数には勝てねぇ」

 「あの化け物を潰すのは今夜だ」

 書き込み主は“黒崎”。

 元・暴走族のリーダーで、かつて蓮に負けた男。

 彼は自分の復讐のために、街の喧嘩師たちを集めていた。

 夜十時。

 繁華街の裏通りは、ネオンの光と排気ガスの匂いが混ざる。

 そこに、十人の男が並んでいた。

 スキンヘッドの格闘家、元ボクサー、喧嘩慣れした不良、そして黒崎。

 「神崎蓮……出てこい」

 黒崎が煙草を投げ捨て、靴で火を踏み消した。

 その瞬間、背後のビルの影から、足音が響いた。

 静かに、だが確実に近づいてくる。

 「……呼んだのはお前か?」

 暗闇の中から現れたのは、制服姿の蓮。

 フードをかぶり、手にはイヤホン。まるで散歩の途中のような無表情。

 黒崎は口角を上げた。

 「へっ、やっと来たか。覚えてるか? 一年前、俺をぶっ飛ばしたよな」

 「覚えてねぇな。お前みたいなの、多すぎて」

 蓮の声は静かだったが、その一言が黒崎の神経を逆撫でした。

 「殺せぇっ!!」

 怒号とともに、十人の男たちが一斉に襲いかかった。

 だが、次の瞬間――世界が止まったように見えた。

 蓮の体が消えた。そう錯覚するほど速かった。

 最初の一人が拳を繰り出すより早く、蓮の右ストレートが頬を貫いた。

 「がはっ!」と血を吐きながら男が吹き飛ぶ。

 続けざまに、背後からの蹴りを避け、足払いで二人目を転倒させる。

 回し蹴りが三人目のこめかみを打ち抜き、倒れた男が他の一人を巻き込む。

 残り六人。

 蓮は一歩も動揺せず、肩を回した。

 「六人か……少ねぇな」

 その言葉に反応した四人がナイフを抜く。

 夜の光が刃に反射する。だが蓮は微笑みもしない。

 「そんなもんで届くわけねぇだろ」

 地面を蹴った瞬間、空気が爆ぜた。

 拳が閃き、ナイフごと相手の腕を弾き飛ばす。

 次の男を投げ、壁に叩きつけ、三人目の腹に膝蹴り。

 骨が砕ける音。

 残るは黒崎と、彼の側近だけだった。

 「やっぱり……化け物だな」

 黒崎が唇を噛みしめる。

 「てめぇが人間だなんて、誰が思うかよ!」

 側近が後ろから蓮に掴みかかろうとした瞬間、蓮は背中越しに肘を放った。

 そのまま側近は一言も出せずに崩れ落ちた。

 黒崎の足が震える。

 「……なんでだよ。十人いんだぞ……!」

 蓮は黒崎の前に立ち、静かに言った。

 「数じゃ勝てねぇ。お前ら、まだ“本当の喧嘩”を知らねぇだけだ」

 そう言って、拳を軽く振る。

 黒崎の視界が暗転した。

 地面に倒れ込むとき、彼は確かに聞いた。

 蓮の小さな呟き――

 「……やっぱり、退屈だ」

 翌朝、蓮は何事もなかったかのように教室に座っていた。

 窓から差し込む朝日を浴びながら、静かにイヤホンをつける。

 ニュースでは「暴走族十人、病院に搬送。重傷者多数」と流れていた。

 健太が驚いた顔で言った。

 「なぁ、昨夜あの事件……お前、関係ないよな?」

 蓮は笑いもせず、ただ答えた。

 「……知らねぇよ」

 だが、その手の拳には、かすかに打撲の跡が残っていた。

 昼休み。

 屋上で風に吹かれながら、蓮は空を見上げていた。

 青く、どこまでも広がる空。そのどこかに、自分を本気にさせる相手がいるのだろうか。

 「この世界に……俺と同じレベルの奴、いるのか?」

 彼の問いに、風が答えるように吹き抜けた。

 蓮は目を細め、静かに立ち上がった。

 「……見つけるさ。そのうちにな」

 無敗の喧嘩師――蓮。

 彼の物語は、まだ始まったばかりだった。

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おもしろ2025/10/25 19:09:54 [通報] [非表示] フォローする
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