とーと事件一章
第一章 未来からの証明
──世界が崩壊する音がした。
空を裂くデータの雷、溶け落ちる街の輪郭。
そこに浮かぶ、無機質な文字列。
『運営システム:再構築完了。不要データ削除率──80%』
人類の八割が、削除された。
悲鳴は音にもならず、データの渦に消えていく。
膝をついた蓮は、焼けた地面に拳を叩きつけた。
目の前で仲間が光の粒となって散っていく。
チーム《hypocrite》。反運営の象徴。
だが、その抵抗も無力だった。
「……運営、てめぇら……!」
世界のルールを超越した存在。
誰も抗えない“神”のようなもの。
だが──蓮は違った。
胸の奥で、三つのスキルが共鳴する。
《疲れない》《レベルアップ》《スキル奪還》。
この世界で、彼だけが持つ唯一無二の能力。
限界を超えても折れない身体。
倒れるたびに成長する魂。
そして、失われた力を取り戻す右手。
「俺のスキルは……“奪うため”にあるんじゃねぇ。
“奪われた未来”を取り戻すためにあるんだ!」
最後の力を振り絞り、蓮は《スキル奪還》を自分自身に放つ。
光が身体を包み、世界が反転した。
──タイムワープ。
《とーと事件》発生の一週間前へ。
目を開けると、まだ街は生きていた。
人が笑い、電車が走り、空にノイズもない。
あの日の「前」。世界が終わる直前の静寂。
「……戻った。ここが、“まだ間に合う”世界か」
手を握る。鼓動が強い。
疲労はない。眠気もない。
《疲れない》は健在だ。
そして、経験も知識もすべて持ち越している。
これが《レベルアップ》の真価。
負けた過去さえ、糧にできる。
蓮は呟いた。
「次こそ……この世界を守る」
旧部室。
黒板には「hypocrite再建案」。
まだ、全てが始まる前。
そこにいたのは、かつての相棒──つみき。
「……蓮? え、なんで……?」
驚いたように目を丸くする彼女に、蓮は笑う。
「久しぶりだな、つみき。俺は未来から来た」
「……何言ってるの? 寝不足?」
当然、信じない。
だが蓮は静かに手を差し出す。
手の甲に青い紋様──《レベルアップ》の印が輝いた。
「七日後、これが全員に現れる。“とーと事件”の始まりだ。
運営が“能力開花”実験を強行して、世界の八割が死ぬ」
「八割……? そんな……」
「本当だ。俺はそれを見た。仲間も……お前も、死んだ」
つみきの瞳が揺れる。
沈黙。重く、冷たい空気。
だが、蓮の声だけが静かに響いた。
「だから俺は戻ってきた。もう一度チャンスを掴むために」
夜の屋上。
蓮はつみきを連れ、空を指さした。
そこには黒い粒子のような“ノイズ”が漂っている。
「見えるか?」
「……何も」
「だろうな。これは未来で使われる《観測ドローン》だ。
運営がデータ監視のために撒いてる。
人間の目には映らない。だが俺には、見える」
そう言って蓮は《スキル奪還》を発動。
空気が震え、粒子の一つが落下した。
手の中で光がはじけ、ドローンの破片が形を成す。
金属でも機械でもない、“データの塊”。
つみきは息を呑む。
「これが……証拠、なの?」
「ああ。未来の運営の技術だ。七日後、このノイズが世界中に広がる。
そして、八割が削除される。
俺たちはそれを止める」
風が吹き抜ける。
つみきはしばらく何も言わなかったが、やがて小さく笑った。
「未来から来たくせに、言葉は相変わらずバカみたいね」
「そういうお前も、昔と変わんねぇよ」
「……いいわ。信じてあげる。証拠も見たし、何より、あんたが“本気”だから」
「なら、協力してくれ。《hypocrite》をもう一度集める」
蓮の目が燃える。
この瞳は敗北を知り、それでも前を向く者の光だ。
「運営を倒す。今度こそ、世界を取り戻す」
つみきは頷いた。
そして、屋上の風の中で言った。
「いいね。じゃあ──未来を、書き換えよう」
月が雲間から顔を出した。
静かに照らすその光の下、二人の影が並ぶ。
それはまだ、誰も知らない“再起”の始まり。
──とーと事件まで、あと七日。
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