とーと事件2章

9 2025/11/03 16:04

第二章 覚醒前夜 ― つみきを鍛える日々

 ──とーと事件まで、あと七日。

 教室の窓の外には、何も変わらない日常があった。

 桜並木を抜ける風。笑い合う声。

 だが蓮だけは、そこに“死の残響”を見ていた。

 この世界は、あと一週間で崩壊する。

 自分がそれを五年間、生き延びてきたということを、誰も知らない。

「……まるで悪夢の再放送だな」

 蓮はポケットの中の金属片を握りしめる。

 それは、未来のつみきが遺した通信端末──最後に交わした「頑張って」の音声だけが残る。

(今度こそ、絶対に守る)

 そのために、蓮はまず“彼女”を鍛えると決めた。

 放課後の屋上。

 目の前で腕を組んでいるのは、まだ“何も知らない”つみき。

 未来の彼女とは違う、あどけなさの残る表情。

「鍛える? なんで私が?」

「五年後、お前は運営の第七監視区で死ぬ。

 ……俺の目の前で、な」

「…………」

 言葉を失うつみきを見て、蓮は静かに続けた。

「だから今度は、死なせない。お前が生き延びられるだけの力をつける。

 お前の中に“応力(オウリョク)”の種がある。

 俺の世界では、それが覚醒してた」

「応力……それが、能力のこと?」

「ああ。人間の進化のエネルギー。

 《とーと事件》が引き金になって、みんな強制的に開花させられた。

 でも、お前は自分で引き出せるはずだ」

「……やっぱり信じられない」

「なら、信じられるまでやる。七日しかねぇ」

 校舎裏。夕暮れの光が射しこむ。

 蓮は素手で構えた。

「まずは身体。未来の戦場じゃ、頭より先に“動ける体”が必要になる」

「ちょ、待って、それ本気で──」

 言葉の途中で、蓮が一歩踏み込んだ。

 風圧だけでつみきの髪が揺れる。

 彼は拳を止めたまま、つみきの肩に手を置く。

「ビビるな。恐怖が動きを止める。俺たちは“運営”に恐怖を教えられた。

 だから今度は、自分の中の恐怖を支配しろ」

「……なんでそんな真剣なの?」

「五年間、地獄を見たからだよ」

 蓮の声は低く、静かだった。

 そこには、すべてを失った者だけが持つ“重さ”があった。

 つみきは初めて、その覚悟に息を呑んだ。

 ──三日目。

 つみきの腕は痛み、足は震えていた。

 だが、蓮は止めない。

 彼自身、疲れを知らない《不疲》の体。

 その分、彼女の限界を超えるまで導ける。

「蓮……もう無理……」

「お前は五年後、俺の代わりに部隊を守って死んだ。

 “無理”って言わなかった。

 だったら、ここで止まるな」

 その言葉に、つみきの心が弾けた。

 息が詰まるほどの悔しさと恐怖。

 次の瞬間、彼女の掌に淡い光が宿る。

「……これ、なに?」

「それが“応力”だ。お前の魂が反応してる」

 蓮は笑う。

 彼が未来で見た“最後の彼女”と、同じ光だった。

「よくやった。もう少しで掴める。

 その力を制御できれば、運命は変わる」

 夜。屋上にて。

 風が吹き抜け、遠くで街の灯が瞬いていた。

 蓮は空を見上げ、ぽつりと呟く。

「五年間、何百人が死んだと思う?」

「……」

「八割。世界の八割が、消された。

 生き残ったのは、俺たち《hypocrite》と、ほんのわずかな抵抗者だけ。

 けど、結局……俺も死んだ」

 つみきはその言葉を黙って聞いた。

 彼女の中で、何かが変わる音がした。

 ただの分析担当でも、弱い人間でもない。

 彼女の心の奥に、確かに“怒り”と“願い”が灯る。

「……じゃあ、次は勝とう。

 私たちの世界、壊させない」

「そうだ。それでいい」

 蓮は笑った。

 かつての絶望の中にはなかった、確かな希望の笑み。

 そして、彼の腕の中で、再び小さな光が弾けた。

 つみきの応力が、少しずつ形を持ち始めていた。

 とーと事件まで、あと四日。

 世界はまだ何も知らず、穏やかに回っている。

 だが、蓮だけは知っている。

 この時間の向こうにある五年間の地獄を。

 そしてその運命を、変える方法を。

 彼は手の甲に刻まれた《レベルアップ》の紋を見つめ、静かに呟いた。

「次は、俺たちが勝つ」

いいねを贈ろう
いいね
9

このトピックは、名前 @IDを設定してる人のみコメントできます → 設定する(かんたんです)
画像・吹き出し

タグ:

トピックも作成してみてください!
トピックを投稿する
おもしろ2025/11/03 16:04:21 [通報] [非表示] フォローする
TTツイートしよう!
TTツイートする

拡散用



感動した。芥川賞に選ばれるべき


3: 乃兎 @pmtggtgjpdp 2025/12/30 12:38:18通報 非表示

>>2
なにそれ


>>3
芥川龍之介賞


画像・吹き出し
タグ:

トピックも作成してみてください!
トピックを投稿する