第一章「星の声を聞く者」
第一章「星の声を聞く者」
夜が長く、星が今よりもずっと近かった時代。
大地は暗く、街には灯りが少なく、人々は星の瞬きに季節や運命を読み取って生きていた。
山深い村・天湯の里は、星とともに暮らす一族として知られていた。
その中心に生まれた少年がいた。名は 天湯晴真(あまゆ はるま)。
幼いころから星の気配に敏感で、夜になると家の裏の丘に座り、じっと空を見つめた。
特別な力があるわけではない。
けれど晴真の心には、星のきらめきがまるで言葉を持つように響いてくる瞬間があった。
村の人々はそんな晴真を「星読の器」と呼んだが、本人は自分の力を誇ったことはなかった。
むしろ、星の言葉を聞けば聞くほど、自分がまだ何も知らないと痛感していた。
晴真には妹がいた。
天湯紫織(しおり)。晴真より三歳下で、兄を誰よりも慕い、いつもついてまわった。
紫織は人懐っこく、村の子どもたちも大人たちも愛していたが、晴真だけはどこか浮いていた。
兄妹のように同じように育ったはずなのに、晴真には“馴染めない空気”があった。
村の祭りでも、狩りの集まりでも、晴真は一歩離れた場所から人々を眺めていた。
みんなが笑い合い、言葉を交わし合う輪の中に入れない。
興味がないのではなく、どうしても身体が拒むのだった。
そんな晴真にとって、夜の丘だけが「息をしていい場所」だった。
ある晩、夏の風が生暖かく吹いた夜のこと。
晴真はいつもの丘にいた。
けれどその日は違った。
星がひどく騒がしかった。
いつもは穏やかに瞬く星々が、ざわめくように揺れ、まるで何かが“落ちてくる”気配を孕んでいた。
「……今夜は星が騒いでいる」
晴真は胸に手を当て、深く息をついた。
胸の奥がざわつく。
嫌な予感ではない。
むしろ、心の奥が温かくなるような、奇妙な期待感があった。
そのときだった。
丘の中心、晴真の目の前に、ふわりと光の粒が舞い降りた。
小さな火の粉のようで、触れれば消えてしまうほど儚く、しかし美しい光。
晴真は目を瞬いた。
「……誰?」
光はゆっくりと形を変え、少女の姿になった。
細い背、柔らかな黒髪、淡く光る瞳。
その瞳は、晴真が見上げる夜空と同じ色をしていた。
少女は静かに微笑んだ。
「宵月ほのか。星の導きを渡る“渡星(とせい)の巫”」
「……渡星?」
「星と人の間を行き来して、涙を拾い、想いを整える者のことだよ」
晴真は言葉を失った。
目の前の少女からは、人ではない気配がした。
けれど恐怖よりも、胸の奥に灯る温かさのほうが大きかった。
なぜか──懐かしい、とすら感じた。
「あなた、いつもここに来てるよね。
“誰も悲しまなくていいように”って、星に向かって願ってる」
晴真の心臓が跳ねた。
「……見ていたのか」
「うん。ずっと。あなたの声、星が運んでくれたから」
ほのかの言葉は嘘ではない気がした。
夜の空気が彼女を包み、彼女の周りだけが柔らかい光に満ちていた。
晴真は何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
かわりに、ほのかは静かに近づいてきた。
「あなたは、人の心の痛みに敏いんだね。でもそれを自分の言葉で誰にも伝えられない。
その優しさは、苦しみを抱えるよ。
だからね、ひとりで星を見上げている」
晴真は息をのんだ。
まるで心の奥の奥を見透かされているようだった。
「……どうしてそんなことが言える?」
「星が教えてくれたんだよ。あなたは“星に選ばれた魂”だから」
晴真は自分の胸に手を置いた。
その言葉は突然だったが、なぜか拒めなかった。
ほのかは続けた。
「でもね、選ばれた魂はひとりじゃない。
あなたの魂は……まだ“誰か”を探してるの」
「誰か?」
ほのかはふっと微笑んだ。
その笑顔は、曇った空を晴らすように優しかった。
「星はね、ずっと二つの光が寄り添う未来を見てる。
その光は、あなたと……もうひとつの光」
晴真は理解できなかった。
けれどほのかが手を差し出した瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「まだ分からなくていいよ。でもね、晴真くん」
少女は美しい声で、確信を持ったように告げた。
「あなたの魂は、“誰かを救うために生まれた”んだよ」
晴真は息を呑んだ。
その言葉は重かった。
でも、不思議と苦しくなかった。
まるで自分がずっと探していた答えをようやく見つけたような感覚だった。
「……俺は、本当にそんな存在なのか」
「うん。あなたは誰よりも優しい。だから星が選んだの。でもね」
ほのかは少しだけ悲しげな顔をした。
「優しさは、時として人を傷つけるんだよ。
あなた自身も、そして……もうひとつの光も」
晴真は問おうとした。
“もうひとつの光とは誰なのか”。
“なぜほのかは悲しそうなのか”。
けれどほのかは夜空を見上げ、そっと囁いた。
「今日はここまで。星の気配が乱れてる。
……近いうちに、もっと大きな運命が動き出すから」
そう言うと、ほのかの姿はゆっくりと霧のように薄れていった。
光の粒が散り、風に溶けていく。
晴真はその場に立ち尽くした。
胸が熱い。
心がざわつく。
そして、なぜか涙が出そうだった。
「……宵月ほのか」
初めて会ったはずの少女の名前が、胸の奥に深く刻みつけられた。
そしてその夜、星は一晩中騒いでいた。
まるでこれから訪れる“運命の嵐”を知らせるように。
晴真は空を見上げ、そっと呟いた。
「……俺は、本当に選ばれた魂なのか。
それとも……ただの孤独な人間なのか」
星は答えなかった。
けれど、遠い空の向こうで、確かに二つの光が寄り添うように瞬いていた。
前の小説読んでみてね〜シリーズものだから2章3章...って続いていくよ!
このトピックは、名前 @IDを設定してる人のみコメントできます → 設定する(かんたんです)

