小説 紅影④
男は瓦礫の上にしゃがみ込み、ライフルを肩へ掛けた。
撃つ気配はない。ただ、二人を観察している。
「……驚いたな。」
男は笑った。
「紅剣の継承者なら、もっと化け物みたいな奴を想像してた。だが、ただのガキじゃねぇか」
ハルは何も答えない。ラカールが一歩前へ出た。
「名前は?」
「名乗る必要があるか?」
「殺すやつの名前ぐらいは覚えておきたい」
男は肩をすくめた。
「景気の悪い旅人だ」
少しだけ間を置いて、
「レヴァンだ……」
ラカールは頷きもしない。
「賞金稼ぎじゃないと言ったな」
「ああ」
「じゃあ誰に頼まれた」
「守秘義務って知ってるか?」
沈黙。風だけが吹く。
やがてレヴァンがため息をついた。
「貴族に、雇われた」
「京都のか?」
「正解。依頼主は人間だ」
ハルが顔を上げる。
「人間……?」
レヴァンは頷く。
「紅剣を欲しがるのは機械だけじゃない。金持ち。研究者。宗教家。武人。蒐集家…」
「いっぱいいるな」
ハルが興味げに呟くと、レヴァンはハルの腰を見て指差した。
布に巻かれた紅剣。
「それ一本で、国が買える」
ハルは眉をひそめた。
「嘘だろ」
「信じられないか?」
「当たり前だ」
その瞬間だった。
レヴァンが、ライフルを向けた。音も、ない。
次の瞬間、無数の弾丸が飛んできていた。
ハルは横に避けようとしたが、体が動かなかった。
頭は動いても、手足が動かない。
ラカールの手から、青白い光が起った。
そしてそれを、ハルの前方に向ける。
ハルの胴体を貫通するはずの弾丸を、吹き飛ばしていた。
レヴァンは舌打ちする。
「俺は、理式を使える」
ラカールが、ハルの前をゆっくり歩く。
踏まれた草は、次の瞬間には舞っている。
「銃弾など、かわせる」
ハルは目を見開いた。
凄まじい気配だった。ラカールの全身を、覆っている。
「まぁ、こんなもんだろうな」
レヴァンは、そう言った。
「…どういう意味だ?」
「今日は戦いに来たんじゃない」
「……何?」
「顔を見に来ただけだ」
ラカールの眉が動く。
レヴァンはハルを指差した。
「本当にあのガキなのか。それを確かめたかった」
そう言うと踵を返す。
「待て!」
ハルが叫ぶ。
レヴァンは振り返らない。
「父さんを知ってるのか!」
足が止まる。
ほんの一瞬だけ。
「……知ってる」
ハルは思わず一歩踏み出した。
「どこにいる!」
レヴァンは振り返らないまま答えた。
「その質問は、京都でしろ。きっと面白い答えが返ってくる。」
そう言い残し、瓦礫の向こうへ姿を消した。
「追うぞ!」
ハルは地面を蹴った。
「やめろ」
だが、ラカールは手で制した。
「なんで」
「あれは囮だ。他にも、仲間がいる」
「囮?」
「一人で仕留めにくるか、普通?」
言われて、ハルは立ち止まった。
「敵は、機械だけじゃない」
ラカールは京都の方角を見つめる。
「あいつは偵察役だ。紅剣を持つ少年がいると、知れ渡った」
ハルは腰の紅剣に目を落とした。
ラカールの言葉が、静かに草原を靡かせていた。
ーーー
日が沈み始める頃、二人は崩れた駅舎の跡へ辿り着いた。屋根は半分落ちていたが、壁だけは残っている。
「今日はここだ」
ラカールが荷物を降ろした。
「こんな所で寝るのか?」
「野宿よりはマシだ。風を防げるだけ十分だろう」
ハルは辺りを見回した。壁には錆びた看板が残っている。文字はほとんど読めなかった。
「昔は人がいっぱいいたのかな」
「いただろうな」
ラカールは落ちていた木片を集め、小さな火を起こした。
ぱちぱちと薪が鳴る。ハルは火を眺めながら尋ねる。
「危険な旅か?」
「敵は、いる。レヴァンみたいなやつだ」
ラカールは火へ細い枝を投げ入れた。
「だが、危険なほうが面白い。生きてる実感が湧く」
その言葉に、ハルは何も返せなかった。しばらく沈黙が続く。
やがてラカールが懐から小さな金属製の水筒を取り出した。
「飲むか」
「水?」
一杯飲む。冷たくて、思っていたよりずっと綺麗な水だった。
「どこで汲んだ?」
「学院の浄水施設だ」
「そんな物があるのか!?」
ハルは驚いた。村では、水は湖で汲んでいた。
「動いている施設はごく一部だ」
ラカールは空を見上げる。
「だから京都には人が集まる」
「残されたのは、辺境の村だけか」
「そうだ」
短い返事だった。
ラカールは外套を頭まで被る。
「俺は寝る。
「分かった」
焚き火の火が揺れる。
その赤い光を見つめながら、ハルは布に包まれた紅剣へ目を向けた。
今夜も抜くつもりはない。
二度と、あんなことは繰り返したくなかった。
ーーー
京都は、壁だった。
正確には「壁で囲まれた都市」だった。
崩れた旧文明の高層建築の上に、新しい構造物が重ねられている。
鉄と木と石が混ざり合い、都市そのものが歪んだ生き物のように息をしていた。
門の前で、ハルは立ち止まる。
「……でけぇな」
門の上には巨大な紋章。
剣と歯車が絡み合った印。
一歩、門をくぐる。
その瞬間、世界が変わった。
「……は?」
そこは、村とはまるで別物だった。
道は整備されている。
崩れた旧文明の道路を修復し、その上にさらに新しい道が敷かれている。
その脇には店が並んでいた。
金属片を並べる露店。機械の部品を組み立てる作業場。食べ物を売る屋台。
村とは比べ物にならない密度だった。
「……こんなに、人が……」
圧巻だった。

