∞の戦闘力を手にいれた栗花落カナヲ(鬼滅の刃)と東方キャラ全員はどっちが強い?
そういえば紫のスペルカードに無限と有限の交錯的なのあるよね
あとは分かるな?
>>1267
スペルにそういう名前が付けられているだけ。代数構造は人間が作ったものなので変わらない。
>>1271
敵のいかなる攻撃に対しても適切な防御方法が存在してそれを実行できるような防御力を備えており、敵のいかなる防御に対しても攻撃を貫ける攻撃方法が存在してそれを実行できるレベルの戦闘力。(wikipedia及び大辞泉における戦闘力の定義、及び数学的に定義された無限大の定義による)
戦闘の状況に少しでも影響を与える能力は全て戦闘力に包含される。言い方を変えると、戦闘に影響を及ぼす能力に戦闘力と命名することができるというわけである。戦闘力は無限大に飛ばされるわけだから、当然戦闘に影響を及ぼす能力は無限大に飛ばされるので、仮にカナヲに対する一見して効力のありそうな攻撃方法が存在したとしても、それに対する対抗力が戦闘力と名付けられることは自明なことであるから、結局はカナヲによって適切に処理される。また、カナヲの攻撃に対する東方側の、一見すると有効な防御方法が存在しても、カナヲの攻撃力そのものが戦闘力である以上、与えるエネルギーが無限大であるカナヲの攻撃が、結局東方側に対して効力を持つことには変わりない。さらにその効力は数学的概念によって無限大へと増幅されるため、東方側は為す術がない。この議論は一切の不確定性を含んでいない。なぜならば、この論証そのものは仮定が帰結を伴う演繹的推論であり、かつ前提条件が無限大という数学的概念や辞書による戦闘力の定義といった、一切の特異性を持たない普遍的概念であり、仮定の真実性は議論するまでもなく自明であるからである。
東方側がカナヲに勝つことを証明しようとして攻撃方法や防御方法を提示したとしても、この論理(>>1276
)によって、それ自体がカナヲの勝利を証明する議論の真実性を促すことになってしまうという逆説的な皮肉が成立する。
>>1279
結論から言うとカナヲは弾幕を処理できる。しかし、「どのようにして処理するのか」という疑問や「処理する具体的方法を提示しろ」という反論が生じるだろう。それは背理法で解決できる。仮にカナヲが弾幕を処理できないとすると、カナヲには防ぐことのできない攻撃方法が存在することになり、カナヲの防御力の上限値が決まる。しかしそれはカナヲの戦闘力が無限大であることに矛盾する。つまり仮定が偽。結論はカナヲは弾幕を処理できる(刀で処理できるかは不明だが、何らかの処理方法が存在し実行できることは間違いない)。要するに、如何にして弾幕を処理するのかという過程は未知であってもカナヲが弾幕を処理することができるという命題は疑いようのない真実であるということである。
東方側がカナヲに勝てるかどうかが確定できない状態で、カナヲが東方に勝つことが確定すれば、東方側の負けは確定する。至って単純である。
今までの議論
鬼滅勢「無限大の客観的な定義を用いて論理的に考えると東方のほうが強い」
東方勢「それでも東方には不死身や根本概念の使い手がいる」
結論から言うと、この勝負は如何なる物語設定、解釈、それから勝利条件があろうとカナヲが確実に勝つ。以下ではその根拠を説明する。
重要なのは無限大と戦闘力の理解だ。まずは戦闘力の理解から進めよう。辞書による定義は「戦闘に発揮できる力及び戦闘持続能力」。戦闘力の大きい者は戦闘力の小さい者に勝る可能性が高いが、戦闘力が高いからといって必ずしも勝つとは限らないことは常識的に考えられるだろう。あくまで戦闘力は能力の指標にすぎない。とすると、カナヲの勝ちを豪語するのは詭弁だろうと思われるかもしれないが、それについては後に解説する。次に無限大の理解を進めたい。あらかじめ断っておくと、無限大とは数学的に定義された、一切の主観性を含まない概念である。定義は「任意の正の実数ζに対して適切な実数δが存在し、n>δならばa_n>ζ。これが成り立つ数列a_nは無限大に発散する」。定義文に登場する数列を戦闘力だとして言い換えると、任意の者の戦闘力ζに対してカナヲの戦闘力はζより大きい、となる。これの意味するところは、如何なる者の戦闘力よりもカナヲの戦闘力のほうが大きいことを意味する。
ここで次のような者を仮定的に創造する。
「東方キャラ全員の集合に対して圧倒的な力の差で勝利できる者」
無限大の戦闘力の定義に立ち返ると、カナヲの戦闘力は上記の者よりも大きいことになるので、カナヲは東方キャラ全員の集合に対して圧倒的な力の差で勝利できる。
ここで次のような疑問が生じるだろう。
勝利条件が定まっていないのに勝利できるのか?
東方には不死身がいるのでは?
ごもっともな疑問だ。順を追って解説しよう。
まず勝利条件の未定に対する両者の戦闘への向き合い方について考えたい。抑々の話、戦闘は勝利へと向かおうとする意志によって成立する。互いが互いを打ちのめすことを望んでいるのである。換言すれば、戦闘に臨む者は皆、勝利条件を満たすべく行動するのである。戦闘力はその意志に応じる物質的な強さであると言うべきで、戦闘の勝敗ーーーこれはいずれの者が勝利条件を満たすかという分岐的事象であるーーーに起因する現象はもれなく戦闘力に包含される。つまり、包括的な戦闘力が高ければどのような勝利条件にも対応できるというわけである。
続いて東方の不死身に対するカナヲの行動を考える。結論から言うと、(続く)
カナヲが如何にして不死身に対処するのかは不明なのだ。勘違いしないでほしいが、不死身に対処できないわけではなく、むしろ適切に対処できる。理由は上に挙げた通りだ。結論が明確で過程が不明瞭というものは現実世界にも殊の外多い。例えば、字数が奇数の方程式には少なくとも1つの実数解が存在することは比較的簡単に証明できるが、その解の求め方は難解である(むしろ一般的な代数解が存在しないことが証明されている)。物理学の基本公式であるニュートンの運動方程式やシュレディンガー方程式は実世界での実験から得られたもので、なぜその公式が成り立つかは主観を排して証明することはできない。この宇宙は自然的な相互作用のもとで生まれたものであるのに対し、数学公式は自然的相互作用のなかで生じたヒトという生命がヒトの目に見える現象をヒトの知能を以て作り出したものであって、さながら宗教的な絶対神の創造物ではないからである。この話を深堀りすると哲学の領域に片足を突っ込むのでここでとどめておく。とりあえず、結果が得られるのに過程が得られないという例は少なからず存在することを多少なりとも理解して頂ければ問題ない。
カナヲが東方キャラ全員の集合に勝ることを理解して頂けただろうか。包括的かつ抽象的にカナヲの勝利が約束されている以上、一見筋が通りそうな具体例を挙げるのは一切の意味を持たない虚無的なことである。前提に問題がなく、演繹的に推論して得られた結果は、それがいかに奇妙なものであっても、それが真実にほかならない。
「Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen.(語りえないことについては、沈黙するほかない。)」
なんか、、実在しない二次元でこんな考察する必要なさすぎて、、アホくさくなってきた
>>1302
実在しない?
あらゆる現象は全て人間による相対的なもので、全ての物体の存在が現実世界で客観的事実としては認められず、ただただ認識のみが存在するこの世界で、あなたが実在しない存在について議論するのがアホくさくて愚かだというのならば、きっとあなたにとっての世界は醜いものであり続け、他者の認める価値を認められずに、閉塞的な空間にただ独り彷徨い、あえなくこの世を去ってゆくのだろうが、それは如何ほど愚劣で悪辣で醜悪じみているのか、只管懐疑的にならざるを得ない。
決着つかないor東方キャラが強いじゃない?
東方キャラ不老不死おるし人数も比じゃないもん
結論=東方だね
仮にカナヲが無限の戦闘力を得たとしても内面外面バッドじゃ内面外面グッドの美人ばかりの東方じゃ到底敵わないね。カナヲアンチや東方信者多いし、トート内ではアンチが多いものは負けるのさ
>>1314
命題の真偽は感情論抜きで決定されるべきだし、今の論点は強いか否かであってお前の言ってるものとは違う。
1からやり直し
長文に関しては始終が分からないので見れません。すみません。でも、個人的には美しさで強いなら東方です

