刻む世界に色を【1】
このクラスには天才がいる__。
それは入学1ヶ月にして学年を騒がせた噂だった。
噂というより、勿論この目で見たのだが。
あれは入学からちょうど1ヶ月、5月上旬のこと。
ようやく身体測定やら眼科検診やらなんていう面倒なあれこれが終わり、授業のオリエンテーションもおおよそ終わった頃の話だったと思う。
「それじゃあ、これから1学期分かけて完成させてくださいねぇ、はじめ」
とやたら語尾を伸ばす癖のある声で美術の教員が、油彩画を1学期かけて描き上げろと言った。美術の授業は、高校に入って仕舞えば1学年の間しかない芸術選択の授業だ。もちろん他の教科を取った奴だっている。俺の右隣の田原は確か書道を取ってたはずだ。
兎角授業そのものが週に2時間しかなく、1学期はおおよそ12週、うち4週は入学後のバタバタで潰れてしまっていた。つまり8週で描き上げろというわけだ。
もっとも、僕含む大多数のような「不真面目」という人間どもは少ないだなんて文句を言うはずもあるまい。そう周りを伺いながら、適当にラフ画を描いて提出した。たかが美術の授業、本気になったところで評定が上がる程度のことしかない。そもそも美術なんてやりたかったわけでもないのだ。ふと時計を見れば、まだ20分しか経っていなかった。残りの30分をいやでも想像してため息をついた。
あーほんと、つまんない。
あれだけ雑なラフ画も、あの教員は
「完成、楽しみにしてますよぉ」
とかなんとか、雑だと言って突っ返すこともなく、ただ細い目をさらに細めたその向こう側から黒目を覗かせて言っていた。何が楽しみなんだかちっとも分からないし楽しませるような絵を描くつもりも全くないが。
まあいいや、寝よう。
初の授業にして眠ろうとするという余りにも図太い神経を晒しながら腕に頬を埋めるように突っ伏した時。
不意に、ずっと紙を見つめていただけの隣の女子が動いた。
ガリガリガリガリ______
紙が破けそうな、いや、もはや机まで削れてしまうのではないかと思えるほどの音。
うるさいんだけど、と言いかけて見た彼女は、憑かれたように目を見開き、その右手で目に見えているものをなぞるかの様に左上から順に絵が描き込まれていく。
声も、出なかった。呼吸すら忘れていたほどだ。
一心不乱に鉛筆を動かす彼女に、
すごい、でも怖い、でもはたまた羨ましい、でもなく
____気持ち悪い
そう思った。
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