【春総選挙】「さよなら、春をくれた君へ」
登場人物:悠人・浅海 紬
【あらすじ】
春になると、彼女の声が風に混じって聞こえる気がする――。
高校2年の悠人は、春が嫌いだった。
桜を見るたびに、あの子の笑顔を思い出してしまうから。
1年前の春、転校生として現れた少女・紬。
明るくて、少し天然で、でも芯が強くて。
悠人は気づいたら彼女に惹かれていた。
だが、紬は「春の終わりには、いなくなる」と最初から言っていた。
その意味を知ったのは、春が終わった、ある雨の日だった。
第1章 ──出会いは、春の風の中に。
春のはじまり。
校舎の窓を叩く風が、どこかくすぐったくて、少しだけ寂しい。
「転校生を紹介します。名前は――」
担任の声に混じって、教室のドアが静かに開いた。
「…浅海 紬(あさみ つむぎ)です。よろしくお願いしますっ」
ぱっと明るく笑った彼女に、教室中の空気がふわっと和らいだ。
前髪の奥にきらきらと光る目、頬にえくぼ。
それから、少し癖のあるロングヘアが春風に揺れていた。
「じゃあ、浅海は――悠人の隣な」
え。
俺の隣――?
「よろしくねっ、悠人くん」
「……あ、ああ」
その瞬間から、俺の「嫌いな春」が、ほんの少しだけ、変わった。
第2章 ──春は、嘘つき
「悠人くんって、いつも窓の外見てるよね」
そんなこと言ったのは、授業中だった。
「……気のせいじゃね?」
「ううん。なんか、置いてかれてるみたいな顔してた」
俺は黙って教科書に目を落とした。けど、彼女の声は止まらなかった。
「なんで春、嫌いなの?」
図星すぎて、返事ができなかった。
理由は、自分でもはっきりとはわからない。
でも、春になると、心の中にぽっかり穴があく。
新しいクラス、新しい顔ぶれ、変わっていく風景。
なにかが始まるたび、なにかが終わっていく。
それが、こわかった。
「……春って、全部変えちゃうじゃん」
ぼそっと言った俺に、紬はにっこり笑った。
「でも、変わるからこそ、いいんだよ」
そのときは、その言葉の意味なんて、まだ全然わかってなかった。
第3章 ──好きって、怖いね
桜がほころび始めた頃、紬は文芸部に顔を出すようになった。
「えっ、悠人くん、こんな詩書くの!? やばっ…エモいっ!」
「エモいって……」
「いやマジで!これとか、春風の描写がすごい。私、こういうの書けないから尊敬!」
嬉しいような、くすぐったいような。
気づけば、紬と過ごす時間がどんどん増えていった。
放課後の屋上。ベンチに座って、ふたりでジュースを飲みながら夕陽を見る日々。
バカみたいに笑い合ったあと、紬がぽつりと言った。
「ねえ、もしも、春が終わったら、私のこと――」
「ん?」
「……ううん、なんでもない」
そうやって、彼女はいつも“大事なところ”を飲み込んだ。
その目が、ふっと遠くなるときがあった。
まるで、どこか遠いところを見ているみたいに。
第4章 ──約束
ある日、俺は言った。
「今年の春、一緒に桜見に行こうぜ」
「えっ、ホントに!? 行く行くっ!」
あの笑顔は、今も目に焼き付いてる。
まるで、世界中の光を集めたみたいな、そんな笑顔だった。
でもその日の帰り道、俺は偶然、保健室の前で紬の背中を見た。
医者らしき大人と話す、彼女の横顔。
ただ事じゃない雰囲気。でも俺は、そのとき何も聞けなかった。
胸の奥がざわざわしていた。
第5章 ──さよなら、春の匂い
桜が満開になった日。俺と紬は、あの丘の上の公園で待ち合わせた。
「遅かったじゃん〜、待ちくたびれたよっ」
「…ごめん、寝坊した」
「ふふ、うそだ」
彼女は俺の顔を見て、ちょっと切なそうに笑った。
「……今日、最後なんだ」
「……え?」
「私、明日から入院するの。……本当は、春が終わるまでしか、学校にいられないって決まってた」
信じられなかった。
何も知らなかった。
彼女が、そんなものを抱えていたなんて。
「でも、楽しかった。悠人くんがいてくれて、本当に嬉しかった」
風が吹いた。
桜の花びらが、舞い上がった。
「好きだったよ。最初からずっと。……春に出会えて、よかった」
泣きそうな顔で笑う紬を、俺は抱きしめた。
何も言えなかった。何もできなかった。
春の匂いが、優しくて、残酷だった。
最終章 ──春がまた来る日
それから、紬は一度も学校に戻ってこなかった。
クラスでは、自然と彼女の名前が話題に出なくなった。
だけど、俺は毎年、桜の咲く日にあの丘に行く。
今年も、あのベンチに座って、風に吹かれる。
ポケットの中にある、あの時渡された手紙。
最後のページに、こう書いてあった。
「私は、春が大好きだった。
だって、悠人くんに会えたから。
これからも、春が来るたびに、私を思い出してくれたら嬉しいな。
――さよなら。春をくれた君へ」
終わりに
春って、何かを連れてきて、何かを連れていく。
でも、だからこそ、その一瞬が、こんなにも愛おしいんだ。
メッチャ感動的で儚くて美しい話だった
春って全部変えてしまうってそうだよね、凄い!!投票したよ👍