【第一幕】う○この物語。

6 2025/09/07 17:48

やあ。僕はうんこだ。

……ん?なんだ、その顔は?もっとマシな反応があるだろう。まあいい、君のような凡人に、僕のハイレヴェルな存在論が理解できるかはなはだ疑問ではあるが、これから始まる壮大な物語のプロローグとして、特別に自己紹介を許してやろうじゃないか。

まず、断じて言っておく。僕は君が昨日出したような、気の抜けたヴァナナみたいな軟弱なヤツとは、創り(・・)が違う。この、ほのかに鼻をくすぐるトリュフと熟成されたジビエの高級なアロマ。舌の上で幾重にもほどけていく奥行きのある芳香。そして、黄金比で構成された完璧なフォルム。見ているだけで溜息が出るだろう? 僕は、排泄物ではない。存在する神だ。

僕を創り上げた「主(マスター)」は、そこらのB級グルメで満足するような愚民じゃない。フォアグラの産地を語らせれば三時間は止まらないし、一皿の料理のために完璧な生態系を構築しようとする、面倒くさい美食家だ。彼の考えは明快さ。「完璧なインプットなくして、完璧なアウトプットはあり得ない」

そう、僕こそが、彼が人生を賭して追求する完璧主義の、唯一無二の結晶なのだ。

さて、そろそろ時間だ。蠕動運動のリズムが、荘厳なファンファーレのように響き渡る。僕という名の芸術が、愚かな外界に衝撃を与える時が来たのだ。マスターの考えの最終証明たる僕が、この揺りかごから解き放たれ、世界にデビューする時がね。

せいぜい驚くがいい。僕という完璧な存在に、ひれ伏すがいい!

僕がそう悦に入っていた、まさにその時だった。

視界が、ぐにゃりと歪んだ。

「は?」

荘厳なファンファーレだったはずの蠕動運動が、突如として崩れ始めた。一定のリズムを失い、痙攣するような動き。これは違う。僕の知っている、マスターの完璧な体内環境のルールから逸脱している。

「なんだ、この不規則な動きは! 明らかにマスターの意志(フィロソフィー)じゃないぞ! ……あぁそうだ、昼に食べた牡蠣だ! あいつの仕業に違いない! 許されざる不純物(イレギュラー)め…!」

僕の天才的な分析も虚しく、玉座は唸りを上げ、壁がとんでもない力で収縮を始める。僕の論理的思考が、原始的な暴力によってぐちゃぐちゃに掻き乱されていく。冗談じゃない、僕はまだ心の準備が! 最高のコンディションでデビューするはずだった僕が、こんな形で…!終わらせてたまるか!

僕の抗議などお構いなしに、肛門という名の屈辱的なゲートが、無慈悲に、乱暴にこじ開けられた。

そして、光。

下品なほどの、暴力的な光。 全てを白く塗りつぶし、思考を停止させる、純粋な暴力。僕が誇るアロマは、消毒液と芳香剤の、鼻を刺すような安っぽい人工的な匂いにかき消された。肌(サーフェス)に触れるのは、冷たく、硬質で、何の物語も持たない陶器の感触。

目の前に広がるのは、真っ白な陶器でできた巨大な奈落。便器じゃねえか!

「ふざけんなぁぁぁぁっ!」

僕の絶叫は、ゴォォォという地鳴りのような轟音に掻き消された。芸術品? 傑作品?

そんなハイレヴェルな概念が、ただの物理法則――それも極めて下品な――の前に蹂虙されていく!

ちっ、クソッたれ! 僕の滑らかな肌をぬるりとした水がまとわりつく! 僕の完璧なフォルムが!

どれだけの時間、僕と不釣り合いなウォータースライダーを滑り続けたのか。

僕は、暗闇の中を壁に体を打ち付けながら転がり続けた。意識は朦朧とし、記憶は断片的になる。僕が信じてきたマスターピースも、誇ってきたプライドも、この痛みと混乱の前では、何の役にも立たない。

目(らしきもの)を開けても、そこにあるのはただ、どこまでも続くかのような薄闇だけ。ゴポッ、とすぐ側で何かが泡立つ音がして、僕は自分のいる場所を理解した。

ねちゃり、と足元(?)のヘドロが音を立てて空気を吸い込む。僕の体が汚泥に沈んでいくのがわかる。その感触は、僕の言いようのない恐怖を掻き立てた。

鼻が、イカれそうだ。

鉄が錆びる匂い、カビの匂い、腐った油の匂い、そして、誰かの夕食だったであろう肉の腐る匂い。情報が多すぎて、僕の自慢の嗅覚はただただ悲鳴を上げるだけ。かつてトリュフの香りを分析した繊細な器官は、今やこの暴力的な悪臭の洪水に溺れていた。

右か? 左か? わからない。致命的なことに、僕は絶望的なまでの方向音痴なのだ。マスターの体内にいた頃は、道など考える必要もなかった。ただ、決まった流れに身を任せていればよかったのだから。

芸術品? 笑わせるな。今の僕はなんなんだ? ただの行き場を失ったクソじゃないか。

デビューに失敗し、誰にも理解されず、ただこの汚い場所で朽ち果てていくだけの、出来損ない。

「……ふっ、詰んだな、完全に……」

汚い水面に映る自分の無様な姿に、吐き気がこみ上げる。見る影もなく崩れた自慢のフォルム。

そうか。僕は、傑作なんかじゃなかった。マスターの完璧主義が生んだ、ただの失敗作だったんだ。

もういい。考えるのは終わりにしよう。

このまま、この汚泥と一つになろう。それが、僕という名の失敗作に与えられた、唯一の結末なのだから。

僕が汚泥に身を沈めようと決意をした、まさにその時だった。

「よぉ、新人! 見ろよこのヘドロ! 最高にクールじゃねえか!」

――そんな、脳みそまで筋肉でできているとしか思えない、絶望的に場違いな声が、僕の鼓膜をぶん殴った。

声がした方を、僕はゆっくりと振り返った。

薄闇の中で、何かが輝いていた。太陽のように鮮やかな黄色。

そいつは、この汚泥をものともせず、その場でピョンと一度跳ねると、僕の目の前に着地した。なんて無駄な動きだ。だが、やけに自信に満ちている。

一粒の、トウモロコシだった。

「 俺はコーン! 見ての通り、最強の穀物だ! いやぁー、さっきの激流、最高のアトラクションだったようだな!」

……アトラクション?

思考回路が単細胞生物レベルなのか、こいつは? あの尊厳を踏みにじる惨劇を、遊園地の乗り物と同列に語るだと?

「……黙れ、下等な穀物が。君と僕とでは、存在論的階層(ヒエラルキー)が違う。馴れ馴れしく話しかけてくるな。ふん、その匂い……消化もされずに流れてきた、甘ったるいコーンか。どうせ、子供の食べ残しがキッチンの排水溝からでも転がり落ちてきたんだろう。出自が知れるな」

これで、こいつも自分の身の程を知り、僕に平伏するはずだ。

「ソンザイロンテキカイソウ? なにそれ、うまいのか? ってか、ビンゴ! お前、鼻いいな! 俺のマスター、すげえだろ! その食べ残しですら、こうしてピンピンしてるんだからな!むっふー!」

そいつは、褒められたかのように、ポンと自分の硬いボディを叩いてみせた。いい音がした。腹立たしいことに。

僕は一度、深呼吸(の真似事)をして、冷静に現実視しようと試みた。目の前の生物は、僕の皮肉を理解していない。それどころか、賛辞と受け取っている節まである。結論から言おう。だめだ、こいつは。僕の理解の範疇を完全に超えている。僕の完璧なロジックが通用しない。

「というか、お前、なんでそんなに沈んでんだ? このヘドロ、意外と足場いいぜ!」

コーンはそう言うと、ヘドロの上をスケートのように、スイスイと滑って見せた。

「フン、お前のような軽量級と一緒にするな。僕の体には、マスターの哲学と美食の歴史が凝縮されている。その重みに、この低俗な大地が耐えられないだけのことだ」

「へえー! すげえ重いんだな、そのてつがくってやつ! 面白いな!」

な、なんなんだこいつは? 僕の傲慢さが、吸収性の良いスポンジか何かに吸い込まれるように、全てが無力化されてしまう。

こいつ、なんで輝いていられるんだ?こんな薄暗い世界で。

僕は、自分が沈みかけていることも忘れ、ただ、呆然と見つめていた。

目の前の黄色い単細胞生物への対応に苦慮していると、背後から別の声がした。

低く、しゃがれた、乾いた声だった。

「ほう、こいつは上物だな」

振り返ると、暗がりからぬらりとした影が現れた。

長い尻尾、水に濡れて張り付いた灰色の毛並み、体中に刻まれた無数の傷跡。それは、彼がくぐり抜けてきたであろう無数の戦いと、長い年月を物語っていた。全てを見透かすような、僅かな光を宿した赤い目が、僕をじっと捉えている。年老いた、一匹のドブネズミだった。

「その香り…そこらの残飯とはモノが違う。お前、いいモン食ってる主から来たな?」

僕は警戒しながらも、自らの出自を理解する者が現れたことに、自尊心をくすぐられた。この下等な穀物とは違う、話の通じる相手かもしれない。

「フン、当然だ。僕のマスターは本物の美食家で――」

「美食家ねえ」ドブネズミは、僕の言葉を鼻で笑った。その声には、嘲りとは違う響きがあった。「ここでは、そんなもんは何の役にも立たねえがな。腹の足しになるモンだけが正義だ。……俺はテツ。このあたりの水路(ミチ)は庭みたいなもんだ」

テツと名乗ったネズミは、僕をじろりと見た。その目に、僕は一瞬、得体の知れない寒気を感じた。それは、無遠慮な視線だった。

「よぉ、テツのおっさん!」コーンが、旧知の仲のように気安く声をかけた。「俺たち、これからすげえ場所に行くんだ! 約束の地! 知ってるか!?」

「約束の地、ねえ…」テツは、遠い目をして呟いた。その言葉を、聞き飽きるほど耳にしてきたかのように、うんざりした口調で繰り返した。「そんなもん、おとぎ話だ。小僧。このドブ川の終点は、ただ消えるだけの、何もねえ場所だ。希望なんて抱くだけ、無駄なこった」

「そんなことねえ!」コーンが食い下がる。「絶対あるって! 面白いアトラクションが待ってるんだ!」

「……勝手に言ってな」

テツはそう吐き捨てると、踵を返して暗がりに消えようとした。だが、不意に足を止め、もう一度だけ、僕の方を振り返った。

彼の赤い目が、僕の放つ残り香を、もう一度確かめるように細められる。

「……まあ、」

テツは、少し考えるように黙り込んだ後、再び口を開いた。

「ただ消えるだけの場所に、てめえらみたいなバカが、どんな顔して向かうのか。それを見てやるのも、退屈しのぎにはなるかもしれねえな」

彼は、ニヤリと汚れた歯を見せて笑った。老獪な笑みだった。

「いいぜ、面白そうだ。俺がその『約束の地』とやらまで、案内してやるよ。ただし、途中で泣き言を言うんじゃねえぞ」

僕の方向音痴という致命的な欠陥は、この怪しげな申し出を受け入れさせるのに十分だった。それに、この穀物と二人きりでいるよりは、いくらかマシだろう。

僕が黙って頷くと、コーンは「やったー!」と無邪気に跳ね回った。

こうして、僕の、いや、僕たちの、最低で、最悪で、そしておそらくは最後の旅が、始まったのだった。

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その他2025/09/07 17:48:19 [通報] [非表示] フォローする
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1: 田仲祐洋 @qweer 2025/09/07 17:48:54通報 非表示

トピ画はAIに作らせました


2: 田仲祐洋 @qweer 2025/09/07 18:21:43通報 非表示

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