足がつく場所

2025/11/24 22:35

「海」

 1人の青年は船に乗る。丸太と布でできた帆でつくられ、手製のオールで動くそれは筏に近い。あの日青年は、自分の力で岸まで泳ぎ着いた。この島には安全と、確かな幸せがある。あの日の自分のような迷える子供達を、救わなければと船を出す。

 1人の少年が海面に浮かんでいるのを見つけた。もがくことをやめ、力を抜いたあの日の自分を見ているようだった。青年は手を伸ばす。少年はそれをしっかりと掴み、筏に乗った。しかしどこか不安そうなので心配するなと告げると、海で見つけた少女が気がかりだと言う。海の中で確かにもがく女の子を見つけた青年は、腰にロープを巻き飛び込んだ。少女に手を伸ばす。来い。手を取るんだと口の動きだけでなんとか伝える。

ーーーーー

青年の心は刺されたようだった。少女は青年を睨みつけ、手を振り払う。そうしてもがき続け、やがて見えなくなった。

海には今日もたくさんの子供達が沈んでいる。青年は海面にいた子供達を何人か連れてしまえ戻ったが、2度と海の中に飛び込むことはしなかった。

島には安全と確かな幸せがある。間違いないはずだった。しかしそれを拒む少女がいる。私にかまうなと、手は借りないと言う少女が。

 島は栄えて行った。青年はあの日からも船で海へ出ることをやめなかった。島へたどり着いた少年少女たちの手によって、島はより豊かに、秩序と安定がもたらされていった。海へ出るための船もより構造が強固で大きなものとなり、彼らの手によってたくさんの人々が島へと入ってきた。

 10年と少しがすぎたある日、青年と呼ぶには無精髭が似合いすぎる年齢となったその男は、彼が最初に海から連れ帰ったあの日の少年が行方をくらましたことを知った。彼はずっとあのとき見つけた少女を忘れられなかったようで、海の中深くを探索できる船を作ると意気込んでいた。男は知らせを聞いてすぐに少年の創作を進めるが見つかることはなかった。

ーーーあの視線ーーー

 男は思い出す。彼女はどこへ向かったのだろうか。

岸へ出た。海へと歩いてゆく。体が水へと浸かるたび、恐怖とは別の感情が大きくなる。彼らは、彼女たちは、いまどこだろうか。気づけば海の中で、必死に下へ下へともがき進んでいた。

 島には幸せがあった。安全と安定、秩序があった。なぜ私は今こんなことを、、

笑い声が聞こえる。海面からではなかった。

男はもがき続けた。

その後、少年と男が見つかることはなかった。

 よく晴れた日だった。少年は海を見ていた。青く輝く水面は、皮肉なことに美しい空の色を反射していた。一度潜れば暗闇だと言うのに。

 あの日、沈んでいた僕の手をとって微笑んだ彼女が忘れられない。

 浮かぶことを選んだ少年にとって、理解し難い別の生き物のような存在であったはずなのに、あの微笑みだけは同じ世界のものだったから。

 知りたい。彼女がどこへ行くのか。聞きたい。彼女が何を見ているのか。

 少年は息を吸うこともせず、船から飛び降りた。

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その他2025/11/24 22:35:51 [通報] [非表示] フォローする
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