戯言を記録として残すトピック
皆さんは都会を絶対的なものだと勘違いしています
都会 というのは相対的評価によるものです
端的にいえば、いくら東北が田舎だとしても、中心都市である仙台が相対的に都会であることは不変的ですよね
では何故相対的に評価すべきなのか
極端に言うと、全世界が全てニューヨークの都心だった場合、そこに住む人はニューヨークを都会だと口にするのか
否。ニューヨークの都心が軒並み広がる場合、比較対象が見当たらず、そこを都会かどうか判断することが難しくなります。
私達はニューヨークに都心に住まないからこそ 比較対象があるからこそ ニューヨークを都会だと思えるのです
このように、絶対的評価ではそこが都会かどうか判断するのは難しい傾向があります
では、ここで仙台にスポットライトを照らしましょう
日本の重要地方都市 +首都圏
東京(横浜) 大阪 名古屋 福岡 札幌 仙台 広島
これが一般的でしょう
これらの選定基準として拠点性 中心性 周辺都市との連携・依存性 発展度 等が挙げられます
拠点性 や 中心性 は周辺との相対的評価で表すことは事実ですので、前述した論証の証明になのではないかと考えました
まあ、ここまできたら分かると思うんですけど、都会というのも絶対的にすると中々に評定基準の実施が難しいんですよ だからこそ相対的にすべき ということもあります
探していたはずのものは見つからなくても、手の中は空ではない 何のためでもない一歩が、そのまま自分であることの証になっていた 楽しさや意味は到達点ではなく、関わり方の中に生まれる 外側にある何か(成功・結果・理想の状態)にたどり着けば満たされる、という発想は自然かつ一般的だが、実際には「どう関わっているか」によって体験の質が決まる。だから行為そのものが変わると、結果を待たなくても充足が立ち上がる
もう一つ
結果や外的評価は不確実だが、行為への没入や関わり方は比較的コントロールできる。
だから結果中心よりも、過程に価値を見出すほうが、安定して満足を得やすい。
注意点がある。この状態は美しいが、常にそうであるべきものではないということ。
現実には、結果を目指すべき場面(仕事の締切や責任など)もある。
全偽 彼はまだ成長できるよ 天才になりえる
彼の心理の流れは大体こう
1. 内側に「成功したい」「優れていたい」という強い欲求や不安がある
2. それを安定させるために
→ 論理・知性・優位性を重視する
3. その結果
→ 人を選別する
→ 感情や配慮を軽視する
4. でも本当に大事な相手には
→ 傷つけたときだけ揺れる
彼の中では無意識に、
「価値がある自分でいないと不安」
という前提が動いている可能性が高い。
だから論理的な正しさ強く維持したり、「劣っている」と感じる領域(感情・対人)を軽視しやすい。
でも、彼は決して傲慢でもないし冷たい人間でもない。バランスの崩れた自己防衛にすぎない。
もう一つ
彼はおそらく、「論理的であること」と「正しいこと」を実質的に同一視している。
しかし、社会は少々違う。
論理は前提に依存するし、前提が偏ると、結論も偏る。それに、人間社会は論理以外で成立している部分が大きい。つまり彼は、論理の精度は高いが、前提の選び方が偏っている。そんな彼の未来は大体3つくらいに予想される
・より正確で洗練された論理思考になり、社会でも優れた人になる。
→これは、彼の周りが彼の理解者で多数だった場合。
・孤立する
→これは、彼の周りが理解に乏しい …一般的な知性と感覚を持った人が多数だった場合
・本来の人生と比べて損をする人になる
→各人の評価が分かれやすいため。これが一番現実的にありえる。
未来が善悪が分かれすぎている。不安定すぎる。対人や感情も理解対象として取り込めれば、一気に化けるだろうが、このままだと、理解できる人だけで世界を作ったり、選民的な思想に寄る可能性が指摘される。
まあ色々話して分かることがある
彼は「不安定な事柄を、“論理と優位性”で安定させている」傾向がある。まあそれが最初に言った心理の流れと合致つくわけだが
じゃあ、最後にアドバイス
君はまず「社会合理性と論理的合理性」を区別する必要がある。
論理的な合理性は最も必要なものではあるが、それを現実と照らし合わせるのは至難の技であると言うこと。
>>4
これは社会的なことではないが自己と照らし合わせたときお前よく「自分の習慣」を論理に取り入れない。それは「とーと禁止期間」などと言った割と純粋で表面的(よく言えば根本的)な実施は取り入れるが、それを「自分の生活や正確(怠けやすい時間帯や規則)」あまり考慮してないように見える。理論的に「この時間帯に勉強するのが得策だろう」とは語るが「自分の性格上、このときが何より勉強に取り組みやすい」など自分のペースをもう少し分析した上で実施した方がいい。だから「今日無理だった」「やる気が足りない」で済んでしまう。まだやれることはある。もう一つ意識した方がいいこととして「短期的には絶大だが、長期的に持続するか」というもの。これは勉強以外も然り。勉強で言えば、一時的に頑張れる方法じゃなくて、長期的にこうすれば取り組みやすい だとか 社会的に言えば、その行動は今後利益がでるか。責任を持てるか。ということ。
後は…
「その発言で得てるものより、失ってる関係性の方が大きくない?」と最後に問いかけて欲しい。全偽。
原爆とか障害者とか、自分の意見を発信することは素晴らしいが
特に論理的に考えられるであろう君には最後に問いかけて欲しい。それは主観的な事柄じゃなくて、客観的に、ね。 それで損をしたら、悲しいでしょ
以上。僕による1人全偽語りでした。

