小説 紅影②

2 2026/05/18 13:50

前話https://tohyotalk.com/question/829033

酒場の中に、妙な静けさが落ちていた。

ラカールは水の入ったコップを持ったまま、窓の外を見ている。

まるで、何かを警戒しているようだった。

カルが腕を組む。

「……旅人だよな」

ラカールは答えない。

「なんでその剣知ってるんだよ」

しばらく沈黙が続いたあと、ラカールが口を開いた。

「その剣は封印物だ。

天哭(てんこく)と呼ばれている。そして」

少し言葉を選ぶようにして、

「持っているだけで、厄介なことに巻き込まれる」

ハルは眉をひそめた。

「は?天哭?」

カルは笑い、「脅しかよ」と言う。

「お前らが信じようが信じまいが関係ない。だが一つ言えることは、天哭紅剣は鋼天機構(こうてんきこう)に狙われている」

ラカールは二人を見ずに立ち上がった。

二人の間を通り、階段を登る。

ハルとカルはラカールについていった。

「ちょっと…」

母の声がしたが、ハルは気にしなかった。

店なけなしのバルコニーで、ラカールは静かに外を見ていた。

「鋼天機構ってなんだよ?」

ハルは尋ねた。

「機械人間の集まりさ」

そして小さく言った。

「……来る」

その瞬間だった。

遠くから叫び声が聞こえた。

「た、助けてくれ!」

村の方からだ。

ハルははっとなった。

「騒がしい。酔っ払いか?」

そう言ったカルの髪は風で揺れていた。

「敵襲だー!」

再び悲鳴が聞こえ、村の鐘が鳴り始めた。

「酔っ払いが暴れて、敵扱いになるか。面白い世界線だな」

ラカールは静かにそう言った。

カルは歯を噛み締めた。

「じゃあ、クマだ」

「おい」

ハルはカルに耳打ちした。

「この辺のクマはとっくに絶滅しているぞ」

「あぁ、そう?」

カルは階段を降りる。

「ちょっと外の様子見に行こうぜ。面白そうだ」

「わかった」

下では、母が包丁を持っていた。

「物騒だよ母さん」

「ちょっとアンタどこに行くの?」

「どこって、外だけど」

ハルはそう答えた。

「ちょっと、危ないでしょ!」

「危なそうだったらすぐに逃げるよ」

カルが酒場の扉を開けようとした時。

酒場の扉が勢いよく開いた。

1人の村人が駆け込んでくる。

顔は青ざめていた。

「襲われてる。黒い奴だ!」

「やはりか」

後ろから声がした。

「ラカール…?」

その時、外から声が聞こえた。

感情のない、機械のような声。

「紅剣を提出しろ」

ハルの背筋に冷たいものが走る。

窓に寄る。窓の外を見ると、暗い通りの向こうに黒い影が立っていた。

人の形をしているが、どこか不自然な雰囲気をまとっている。

足元には血を流して倒れている村人たちが見えた。

「死んでる…?」

「天哭(てんこく)紅剣を提出しろ」

同じ言葉を繰り返している。

カルが小さく呟く。

「……紅剣?」

そしてゆっくりソラを見る。

ハルの腰には、赤い刃の剣。

カルの顔色が変わった。

「ハル」

低い声だった。

「それじゃないのか?」

ハルは首を振る。

「違う」

「いや、絶対それだ」

カルは剣に手を伸ばした。

「渡せば助かるかもしれない」

「やめろ!」

ハルが押し返す。

「父さんの形見なんだ!」

カルが焦った声で言う。

「あの死体を見ただろ!渡さなきゃ殺される。でも渡せば助かるかもしれない」

その時。

ラカールが静かに言った。

「落ち着け」

二人が振り向く。

「その剣を渡したところで、果たして助かるかな」

カルが言い返す。

「でも――」

「言うことを聞いたところで殺される可能性もある。世の中はそう甘くない」

その時。

酒場の扉がゆっくり開いた。

黒い装甲の人物が入口に立っていた。

外の光を背にして、影のように見える。

「天哭紅剣を、提出しろ」

機械のような声。

(これが、機械人間?)

「話をしよう」

カルが一歩前に出た。

「今渡す!」

カルは振り返ると、ハルの剣めがけて突っ込んできた。

「おい…」

しかし、その瞬間。

黒い人物が素早く動いた。

血が、飛び散った。

カルが、倒れた。

剣で、背中を斬られたのだ。

酒場の中に緊張が走る。

ハルの声が震えた。

「カル……?」

黒い人物の視線が母の方へ移る。

「紅剣を提出しろ」

ゆっくり近づいてくる。

母は後ろへ下がり、包丁を構えた。

ラカールがハルを見た。

「おい」

真剣な声だった。

「聞け。絶対にその剣は使うな。俺の責任だ。俺がなんとかする」

ラカールは急に構えた。

「理式、歪算(わいさん)」

ラカールの指先から、淡い青白い光が零れ落ちる。

その瞬間、黒い者の前方の空間が、砕けた。

気づいた時には、黒い者は扉を超えて外まで吹き飛ばされていた。

ラカールも外に出、立ち上がった機械人間に飛び蹴りを加える。

その瞬間。

機械人間の右腕が、金属の軋む音とともに膨れ上がった。

まるで内部の機構が組み替わるように。

ラカールは唖然とした。彼の胴体は機械人間の右腕に強引につかまれ、店の壁まで投げつけられる。壁が粉々に砕ける。

ハルはそのような状況下でも、カルを見ていた。

「ハル…俺は、なんのために…」

カルの眼差し。そして、死。

死ぬと思っていなかった表情。剣を渡せば死なずに済むと、まさか後ろから斬られるなんて思っていなかったはずだ。

理不尽な死だ。

「京都の職人のもとで…」

過去の言葉は、続かない。

夢は、もう壊れてしまったからだ。

圧倒的暴力にさらされ、試し切りのように殺される弱者。

今の母とラカールは、それじゃないのか。

体温が、熱い。

体が赤くなっているのがわかる。

そして、紅剣に目が向いた。

(剣を抜く。そして素早く懐に回り込み、背後からヤツを、斬り捨てる!)

「おい!」

ハルはラカールを呼び掛けた。彼は立ち上がろうとしていたが、痛みでよろめいていた。

(歪算が出せない。理式が構築できなくなっている)

ラカールはハルを見やった。

「お前は母親を連れて逃げるんだ」

「でも、ラカールは!?」

「人の気にしてる場合じゃないだろう?いいから早く失せろ!」

機械人間は間合いを詰め、ラカールを殴ろうとする。

とっさにハルは素早く反応し、テーブルを踏み台にして機械人間に飛び蹴りし、着地する。

「俺も戦えばいいだろ!?」

「ダメだ…」

ラカールはかすかにつぶやいた。

「機械人間は無数の式の集まりだ。壊すのは、理式でしかできない。お前にソレを倒す方法はないんだよ!」

「あるさ!」

その瞬間。

ハルは剣を握った。

ラカールが叫ぶ。

「よせ!」

「うるさい」

剣を抜いた。

芸術的な紅い色が弧を描く。

黒い装甲の敵が動いた。

だがハルの体の方が速かった。

剣を振り下ろす。

敵の腕が吹っ飛び、今度は剣を振り上げた。

その動作。わずか0.3秒をきる。

世界が、遅くなった。

刃が敵に触れ、赤い液が飛び散った。

空気が裂けた。

音が遠くなる。

ただ、剣を振っていた。

「むやみに抜くな」

父の声がしたような気がした。

勝った。

倒した。

やれるじゃないか。

そう思った、次の瞬間。

剣が、さらに熱を帯びた。

「……?」

違和感。

止まらない。

手を離そうとするが、離れない。

剣が“握らせている”。

「なに、これ……」

視界の端で、別の機械が動いた。

まだいる。

まだ終わっていない。

――斬れる。

そんな確信が湧く。

踏み込む。

振る。

また一体。

簡単だ。

全部、斬れる。

体が軽い。

もっと速く動ける。

もっと――

「ハル…」

誰かの声。

振り向く。

そこにいたのは――

母だった。

剣は、もう振り抜かれていた。

気がついた時。

もう太陽が昇っていた。

酒場の中は静まり返っていた。

黒い人物は残骸となって倒れていた。

壁の一部は崩れ、村の面影は無くなっていた。

村は壊滅的な被害を受けている。

そして。

床に倒れている母の姿が見えた。

ハルは近づく。

ラカールが後ろから言う。

「言っただろ」

静かな声だった。

「使うなって」

ハルの手の中で、紅剣が鈍く光っていた。

不思議と、涙は出てこなかった。

ただ出てきたのは、表しようのない喪失感と罪悪感。

守りたかったもの。自分で、壊してしまった。

その日、ハルは夕方まで土を掘った。

村人たちを静かに埋葬した。

カルも。

母も。

空は赤く染まっていた。

最後の土をかけたあと、ハルは剣を見る。

「この剣は、危険だ」

ラカールが横に立つ。

「だから…封印したい。そして、消し去りたい」

しばらくして、ラカールは言った。

「……なら鞘を見つけるしかない」

「鞘は世界のどこかにある」

ハルは立ち上がった。

瓦礫だけとなった村を振り返る。

帰る場所は、もうない。

こうして。

ただ、鞘を探す旅が始まる。

世界のどこかにあるはずの、封印の印を。

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その他2026/05/18 13:50:36 [通報] [非表示] フォローする
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