小説 紅影②
前話https://tohyotalk.com/question/829033
酒場の中に、妙な静けさが落ちていた。
ラカールは水の入ったコップを持ったまま、窓の外を見ている。
まるで、何かを警戒しているようだった。
カルが腕を組む。
「……旅人だよな」
ラカールは答えない。
「なんでその剣知ってるんだよ」
しばらく沈黙が続いたあと、ラカールが口を開いた。
「その剣は封印物だ。
天哭(てんこく)と呼ばれている。そして」
少し言葉を選ぶようにして、
「持っているだけで、厄介なことに巻き込まれる」
ハルは眉をひそめた。
「は?天哭?」
カルは笑い、「脅しかよ」と言う。
「お前らが信じようが信じまいが関係ない。だが一つ言えることは、天哭紅剣は鋼天機構(こうてんきこう)に狙われている」
ラカールは二人を見ずに立ち上がった。
二人の間を通り、階段を登る。
ハルとカルはラカールについていった。
「ちょっと…」
母の声がしたが、ハルは気にしなかった。
店なけなしのバルコニーで、ラカールは静かに外を見ていた。
「鋼天機構ってなんだよ?」
ハルは尋ねた。
「機械人間の集まりさ」
そして小さく言った。
「……来る」
その瞬間だった。
遠くから叫び声が聞こえた。
「た、助けてくれ!」
村の方からだ。
ハルははっとなった。
「騒がしい。酔っ払いか?」
そう言ったカルの髪は風で揺れていた。
「敵襲だー!」
再び悲鳴が聞こえ、村の鐘が鳴り始めた。
「酔っ払いが暴れて、敵扱いになるか。面白い世界線だな」
ラカールは静かにそう言った。
カルは歯を噛み締めた。
「じゃあ、クマだ」
「おい」
ハルはカルに耳打ちした。
「この辺のクマはとっくに絶滅しているぞ」
「あぁ、そう?」
カルは階段を降りる。
「ちょっと外の様子見に行こうぜ。面白そうだ」
「わかった」
下では、母が包丁を持っていた。
「物騒だよ母さん」
「ちょっとアンタどこに行くの?」
「どこって、外だけど」
ハルはそう答えた。
「ちょっと、危ないでしょ!」
「危なそうだったらすぐに逃げるよ」
カルが酒場の扉を開けようとした時。
酒場の扉が勢いよく開いた。
1人の村人が駆け込んでくる。
顔は青ざめていた。
「襲われてる。黒い奴だ!」
「やはりか」
後ろから声がした。
「ラカール…?」
その時、外から声が聞こえた。
感情のない、機械のような声。
「紅剣を提出しろ」
ハルの背筋に冷たいものが走る。
窓に寄る。窓の外を見ると、暗い通りの向こうに黒い影が立っていた。
人の形をしているが、どこか不自然な雰囲気をまとっている。
足元には血を流して倒れている村人たちが見えた。
「死んでる…?」
「天哭(てんこく)紅剣を提出しろ」
同じ言葉を繰り返している。
カルが小さく呟く。
「……紅剣?」
そしてゆっくりソラを見る。
ハルの腰には、赤い刃の剣。
カルの顔色が変わった。
「ハル」
低い声だった。
「それじゃないのか?」
ハルは首を振る。
「違う」
「いや、絶対それだ」
カルは剣に手を伸ばした。
「渡せば助かるかもしれない」
「やめろ!」
ハルが押し返す。
「父さんの形見なんだ!」
カルが焦った声で言う。
「あの死体を見ただろ!渡さなきゃ殺される。でも渡せば助かるかもしれない」
その時。
ラカールが静かに言った。
「落ち着け」
二人が振り向く。
「その剣を渡したところで、果たして助かるかな」
カルが言い返す。
「でも――」
「言うことを聞いたところで殺される可能性もある。世の中はそう甘くない」
その時。
酒場の扉がゆっくり開いた。
黒い装甲の人物が入口に立っていた。
外の光を背にして、影のように見える。
「天哭紅剣を、提出しろ」
機械のような声。
(これが、機械人間?)
「話をしよう」
カルが一歩前に出た。
「今渡す!」
カルは振り返ると、ハルの剣めがけて突っ込んできた。
「おい…」
しかし、その瞬間。
黒い人物が素早く動いた。
血が、飛び散った。
カルが、倒れた。
剣で、背中を斬られたのだ。
酒場の中に緊張が走る。
ハルの声が震えた。
「カル……?」
黒い人物の視線が母の方へ移る。
「紅剣を提出しろ」
ゆっくり近づいてくる。
母は後ろへ下がり、包丁を構えた。
ラカールがハルを見た。
「おい」
真剣な声だった。
「聞け。絶対にその剣は使うな。俺の責任だ。俺がなんとかする」
ラカールは急に構えた。
「理式、歪算(わいさん)」
ラカールの指先から、淡い青白い光が零れ落ちる。
その瞬間、黒い者の前方の空間が、砕けた。
気づいた時には、黒い者は扉を超えて外まで吹き飛ばされていた。
ラカールも外に出、立ち上がった機械人間に飛び蹴りを加える。
その瞬間。
機械人間の右腕が、金属の軋む音とともに膨れ上がった。
まるで内部の機構が組み替わるように。
ラカールは唖然とした。彼の胴体は機械人間の右腕に強引につかまれ、店の壁まで投げつけられる。壁が粉々に砕ける。
ハルはそのような状況下でも、カルを見ていた。
「ハル…俺は、なんのために…」
カルの眼差し。そして、死。
死ぬと思っていなかった表情。剣を渡せば死なずに済むと、まさか後ろから斬られるなんて思っていなかったはずだ。
理不尽な死だ。
「京都の職人のもとで…」
過去の言葉は、続かない。
夢は、もう壊れてしまったからだ。
圧倒的暴力にさらされ、試し切りのように殺される弱者。
今の母とラカールは、それじゃないのか。
体温が、熱い。
体が赤くなっているのがわかる。
そして、紅剣に目が向いた。
(剣を抜く。そして素早く懐に回り込み、背後からヤツを、斬り捨てる!)
「おい!」
ハルはラカールを呼び掛けた。彼は立ち上がろうとしていたが、痛みでよろめいていた。
(歪算が出せない。理式が構築できなくなっている)
ラカールはハルを見やった。
「お前は母親を連れて逃げるんだ」
「でも、ラカールは!?」
「人の気にしてる場合じゃないだろう?いいから早く失せろ!」
機械人間は間合いを詰め、ラカールを殴ろうとする。
とっさにハルは素早く反応し、テーブルを踏み台にして機械人間に飛び蹴りし、着地する。
「俺も戦えばいいだろ!?」
「ダメだ…」
ラカールはかすかにつぶやいた。
「機械人間は無数の式の集まりだ。壊すのは、理式でしかできない。お前にソレを倒す方法はないんだよ!」
「あるさ!」
その瞬間。
ハルは剣を握った。
ラカールが叫ぶ。
「よせ!」
「うるさい」
剣を抜いた。
芸術的な紅い色が弧を描く。
黒い装甲の敵が動いた。
だがハルの体の方が速かった。
剣を振り下ろす。
敵の腕が吹っ飛び、今度は剣を振り上げた。
その動作。わずか0.3秒をきる。
世界が、遅くなった。
刃が敵に触れ、赤い液が飛び散った。
空気が裂けた。
音が遠くなる。
ただ、剣を振っていた。
「むやみに抜くな」
父の声がしたような気がした。
勝った。
倒した。
やれるじゃないか。
そう思った、次の瞬間。
剣が、さらに熱を帯びた。
「……?」
違和感。
止まらない。
手を離そうとするが、離れない。
剣が“握らせている”。
「なに、これ……」
視界の端で、別の機械が動いた。
まだいる。
まだ終わっていない。
――斬れる。
そんな確信が湧く。
踏み込む。
振る。
また一体。
簡単だ。
全部、斬れる。
体が軽い。
もっと速く動ける。
もっと――
「ハル…」
誰かの声。
振り向く。
そこにいたのは――
母だった。
剣は、もう振り抜かれていた。
ー
気がついた時。
もう太陽が昇っていた。
酒場の中は静まり返っていた。
黒い人物は残骸となって倒れていた。
壁の一部は崩れ、村の面影は無くなっていた。
村は壊滅的な被害を受けている。
そして。
床に倒れている母の姿が見えた。
ハルは近づく。
ラカールが後ろから言う。
「言っただろ」
静かな声だった。
「使うなって」
ハルの手の中で、紅剣が鈍く光っていた。
不思議と、涙は出てこなかった。
ただ出てきたのは、表しようのない喪失感と罪悪感。
守りたかったもの。自分で、壊してしまった。
その日、ハルは夕方まで土を掘った。
村人たちを静かに埋葬した。
カルも。
母も。
空は赤く染まっていた。
最後の土をかけたあと、ハルは剣を見る。
「この剣は、危険だ」
ラカールが横に立つ。
「だから…封印したい。そして、消し去りたい」
しばらくして、ラカールは言った。
「……なら鞘を見つけるしかない」
「鞘は世界のどこかにある」
ハルは立ち上がった。
瓦礫だけとなった村を振り返る。
帰る場所は、もうない。
こうして。
ただ、鞘を探す旅が始まる。
世界のどこかにあるはずの、封印の印を。
続

